表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
中国古代史あれこれ  作者: kuroyagi
~中国古代の王朝~
89/246

中国古代の王朝~「周王朝」 「春秋と戦国 その違い 戦争」~

申し訳ありません。今日は短いです。

前周とは違い、後周はあまり「後周」と言われず、東周といわれる。理由は前話の通り、一諸侯とされているからではないかと思う。実際史書にも、周の軍が加わった「連合軍」扱いであり、周王朝が「率いた」とは書かれなくなってくるのである。

 さて、後周はおおよそ「春秋」と「戦国」に別れると書いたが、両者の違いはなんだろうか。色々と違いがあるなかで、ひとつ違うのは戦争の形であろう。春秋時代はまだ諸侯が多く、諸侯一人が数千人から数万人を動員はできるが、生産能力がそこまで高くないので遠征は難しく、時期も農閑期に行われていた。また春秋時代くらいまでは、戦の趨勢を神に占いで伺っていた。余りにひどい占いが出たときは戦をやめる場合もあり、戦の時期や軍隊の規模、戦に至るまでの禊まで占いに従う事もあった。周王朝は神の軛は逃れたが、神自体を否定してはいない。文王が八卦を好んだように、占いの効用は認めていた部族なのであろう。春秋時代の戦はまだ牧歌的な雰囲気を残したものであったのだ。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ