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閑話~三國志と古代中国史 その十二~
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そして孫策が、時流に乗った「英雄」であったことも、江東の人々を熱狂させ旗下に馳せ参じさせる事となった要因であろう。時は当に乱世、中国大陸にとっても200年ぶりの群雄割拠の時代である。漢帝国の腐敗から始まり、黄巾の乱が勃発することで大陸各地は混乱の坩堝と化した。各地にはそれぞれの勢力が自分たちの正当性を主張し、誰が賊で誰が英雄かも分からぬ玉石混淆の状況である。曹操が「乱世の姦雄、治世の能臣」と呼ばれ喜んだように、「治世の能臣」より「乱世の姦雄」が必要とされる、そんな時代であった。
そんな中揚州は、この時代では比較的穏やかな状況であった。やはり長江という天然の要害は、戦乱をもたらすには厚い壁なのであろう。この時代には能臣であれ姦雄であれ「英雄」が必要であるのに、揚州にはその「英雄」の出現がまだであった。しかし、そんな中でも時代の熱は確認に人々に届きつつあったに違いない。その人々の熱と期待を一身に背負い、連戦連勝を続ける孫策は、遠い祖先の故郷といえる「呉」の地に「英雄」の「種」として舞い降りたのである。
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