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中国古代史あれこれ  作者: kuroyagi
~序 中国古代史へのいざない~
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中国古代史~徐福伝説~

日本でも有名な「徐福」は、始皇帝時代の仙人であった。位は「方士」で、当時代でも特に有名な存在ではない。そのような人物が、なぜあの猜疑心の塊のような始皇帝に、二度も船を出させる事が出来たのか?また、何故徐福も危ない航海に二回も出たのか?

徐福が目指した東海には、その当時仙人が住まう「蓬莱」という島がある、という伝説があった。仙人はわりとチートな存在で、不老不死やら部位欠損を治すなど、様々な薬を持っていた。徐福は仙人の望む物を渡せば、始皇帝の望む不老不死の薬をもらい受けてくると、申し出たのだ。

始皇帝の側からみると、徐福の行動は願ったりかなったりである。始皇帝は不老不死を本気で願い、神仙に祈りを捧げ、健康に良いと言われる物を片端から摂取した。この中には、水銀入りの食事もあったとされる。不老不死を願っているのになんたる皮肉。始皇帝は悪名高き「焚書坑儒」を行っているが、政治の事が大きかったとは思うが、「怪力乱神を語らず」の儒者が嫌いなのもあったのではないだろうか。

一方徐福の側はどうか。まず金銭ではないだろう。金銭目的ならば、いくら監視がついていても一回目に遭難した時や、偽の島で仙人に会いに行くとかで、いくらでも行方を眩ます事が出来たはずである。また、忠誠心でもあるまい。忠誠を誓っているのなら、始皇帝は失敗に厳しい人間でもあるので、遭難した後でも蓬莱を探すだろう。それにも関わらず、処罰を恐れず帰還し、危険を犯してまで二度目の航海を目指した訳は、よほど始皇帝の側にいられない事情があったに違いない。

そのなかで、私はある作家さんの書いた「徐福は秦に逆らい続けた墨家の徒であって、仲間と共に東海に新天地を求めた」という話をみて、とても同意できた事を覚えている。映画にもなった墨攻にもあったように、東は物事を新しく始めるのに良い方角である。徐福は望む通り新天地たる日本についたのか、それとも違う目的があったのか、皆様はいかがお考えだろうか?

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