中国古代の王朝~「周王朝 春秋時代」 宰相 倒行逆施 その三十三~
闔閭にとって伍子胥は、「恩人」だけではすまない相手だったであろう。太子光と名乗っていた頃から、伍子胥は野に下ってまで闔閭を支え続けた。おそらく伍子胥は、自分が側にいれば王や他の跡継ぎ候補に警戒されると踏んだのであろう。それでも機が熟するまで9年も待ち続けたのである。復讐を早く遂げたいならば、王に取り入るなり、他の候補を探すなりいくらでもできたはずだ。しかし、伍子胥は闔閭を信じ、あまつさえ、王の暗殺の実行犯となる人物を紹介までしたのである。更に伍子胥は闔閭の側近となってからは、孫武も推挙している。
確かに伍子胥には復讐の為の手段として、闔閭と呉に早く力をつけてほしいという私欲はあったであろう。それでも伍子胥の闔閭と呉に対する貢献は大きく、またその思いは温かなものであった。闔閭としては伍子胥の功績に報いるためにも、後嗣を決める役割に伍子胥のウェイトをかけたかったのではないか。
また、古今東西世界は違えど、先代の顕臣は次代のものにとって煙たがられるものである。伍子胥とて闔閭亡き後は、どのように処されるかわかったものではない。また、闔閭との関係を鑑み、伍子胥の激情ともいえる感情を考えると、伍子胥は闔閭に殉死する可能性もある。むしろその危険性が極めてたかい。それを危惧した闔閭が、後嗣争いに伍子胥を噛ませて、伍子胥の影響力の強さで後嗣が決まったように臣下にみせれば、伍子胥は後嗣からも感謝され、群臣にも力を見せることができる。闔閭はそう考え、あえて後嗣を決めず、いつでも伍子胥を頼った者を後嗣とするように考えていたのかもしれない。
この時伍子胥を頼り、後嗣の座につこうと野心を抱いていたのが「夫差」である。彼が呉の王となったとき、誰もが大きな夢を抱いていたであろう。呉の最後の王となる夫差と伍子胥の物語は、幕開けは穏やかな物であった。
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