エピローグ
「昴お兄ちゃーん! 愛美ちゃーん! 陽菜ちゃーん!」
草を掻き分けて真っ暗な道を、赤いリボンで黒髪を結んだ幼い彩音が叫んでいた。先ほどまで、兄たちが居たと思った洞窟の中には誰もいなく、幼い彩音は傍に兄たちが隠れているのだと思った。だから、何度も三人を呼んでいた。しばらく呼び続けていたが、兄たちが出てくる気配はない。
もう一度、洞窟内を懐中電灯で照らしてみるが、やはり三人はいない。幼い彩音は、だんだんと怖くなってきた。
一度、祖父の家に戻り大人を呼んだ方がいいと判断して、祖父の家に向かって歩き始めた。
そこで、変化が起きた。洞窟が光ったように見えたのだ。
祖父の家まであと少しだった。でも、光った洞窟が気になった。昴が持っていたスマートフォンの光を出したのだと思った。
「昴お兄ちゃん?」
洞窟内から何か音が聞こえてくる気がした。幼い彩音は、兄たちが出てきたのだと思い洞窟に引き返した。もう一度、洞窟内が光った。それから、昴と愛美と陽菜が洞窟内から飛び出してきた。何か三人で話しながら走っている。
「昴お兄ちゃん! 愛美ちゃん! 陽菜ちゃん!」
三人に向かい幼い彩音は懐中電灯を揺らして自分の存在を教えたが、三人は幼い彩音に気が付かず走って行ってしまう。
彩音は三人を追いかけようとしたが、洞窟でまた何かが光ったのが見えた。
何かあるのだろうかと、彩音は洞窟に近づいた。懐中電灯で中を照らすと、誰もいない。何が光ったのだろう。洞窟内に恐る恐る入ると、地面に何か銀色のものが落ちていた。彩音は拾い上げて、懐中電灯で照らす。
「なんだろこれ?」
銀色のリングだ。何か内側に書いてあるがよくわからない文字だ。眺めていると、洞窟内が揺れた。
「きゃぁ」
激しい揺れに、彩音は地面にしゃがみ込む。光ると同時に幼い彩音はその場から姿を消した。
「行ったわね」
洞窟の奥に隠れていた、大人の彩音とシューアムとラッテは幼い彩音が、向こうの世界に渡るのをすぐそばで見ていた。
腹を撃たれているラッテの脇腹を押さえて止血をシューアムがシステムを使い行っていた。幼い彩音に持たせた銀色のブレスレットは、彩音が渡りをしてきた時持っていた物と同じものだという。
今、昴たちが救急車を呼びに行っている。ラッテに、彩音はシューアムから借りていた黒いブレスレットを渡す。シューアムの着けているブレスレットから、日本語を理解できるシステムを黒いブレスレットにインストールした。
これで、ラッテは日本語に不自由しない。ラッテは彩音の遺伝子を半分引き継いでいる。日本人の顔とは少し違うが面影は少しある。
「いい、ラッテ。記憶喪失の振りをするのよ。何もわからない、気が付いたらここにいたと、言い続けるの。病院に一緒に行くことはできないけれど、必ず後で会いに行くわ」
「わかり、ました」
ラッテは青ざめた顔でうなずく。しばらくすると昴たちが、大人たちを引き連れて戻ってきた。騒がしくなる洞窟内で彩音はシューアムが使っている姿を隠すシステムの中で隠れていた。
大人たちは血だらけのラッテを連れて家に戻っていた。昴が彩音とシューアムが隠れている場所を一度見たが、大人たちと一緒にラッテを運んでいった。
昴の言う通り、無事に日本まで帰ってくることが出来た。とりあえず、ラッテが救急車で運ばれて治療を終えてから、両親に会いに行こうと思う。
戻ってきたはいいが、六歳の彩音ではなく二十八歳に成長している。両親は大変驚くだろう。成長した彩音を受け入れられないかもしれない。
シューアムが彩音の頬に軽く触れる。
「アーネ、不安なのか?」
「少しね。でも、シュアがそばにいてくれるから」
彩音はシューアムにそっと抱き着く。
「俺も、何処でもアーネが居れば頑張れるよ」
彩音が小さく笑う。
「アーネ、愛しているよ」
シューアムが耳元で囁く。初めての言葉に彩音は驚いて体を起こしてシューアムを見た。やさしく笑う彼と目が合い彩音も微笑む。
「私も、シュアの事を愛しているわ」
祖父の家には夏休みに帰省中の親戚が一堂に会していた。その場所で、彩音は今まで起きたことを包み隠さず話した。昴たち三人も起きたことを一緒に話した。
誰もが何かの冗談を言っていると思い、話を信じなかったが、システムを実際に見せて、別の世界に行っていたと信じてもらう事が出来た。
久しぶりに会った両親は、彩音が大人になっていることに戸惑いを隠せない様子だった。昴が二人を宥めて彩音を受け入れるように話くれた。
撃たれて病院に運ばれたラッテは一命をとりとめた。それからが、大変だった。戸籍不明のラッテをどうすれば、日本で無事に暮らせるか考えた結果、記憶喪失の振りをさせて、警察に行方不明者として届を出すことにした。ハーフに見えるラッテだが、ブレスレットのおかげで日本語を不自由なく話すことが出来ることから、日本人だと判断された。病院で保護され治療が終わると施設に入れられることになった。保護者が名乗り出ないままの状態がこのまま続けば、家庭裁判所で戸籍を申請することで話がまとまった。
彩音はラッテの方が落ち着いた頃に、別の場所で同じように戸籍を申請しようと思っていた。シューアムは見るからに異人のため同じ方法は通用しない。本当の事を話せないので、無国籍のまま生活することになった。
彩音とシューアムは現在、祖父の家に居候をしている。本来の実家はマンションのため、シューアムが住む場所を作れないからだ。祖父の家は一軒家で、祖父母の二人暮らしで部屋は余っていた。一緒に住むのにちょうどよかった。
シューアムは元居た世界よりも技術の劣っている日本に驚いていた。だが、そのおかげでこちらにはない技術を作り、パソコンを使い祖父の名前を借りて商売を始めていた。彩音はそれを手伝う時もあるが、外で仕事ができないか探していた。
まとまったお金が貯まれば、家を一軒借りてラッテを呼んで一緒に住もうと思っていた。
シューアムは縁側でパソコンをいじるのが好きなようで、いつも洞窟のある林の方を見ながら仕事をしていた。
麦茶を二つ持ってそばに座る。
「お仕事は順調?」
「こちらの技術力を逸脱させないような、プログラムを組むのが、難しいな」
目立ちすぎるものを開発すれば、注目されてしまう。なので、程よく使える程度のものを考えて売るようにしようと思っていた。
「確かにね」
「でも、奥さんのためにしっかり稼ぐよ」
優しく微笑むシューアムに、麦茶を差し出す。
「ええ、頑張ってね。あなた」
彩音も幸せそうに微笑み返した。




