プロローグ
虫の知らせというものを、彼女は信じていなかった。
なにせその日はとても良い天気で、悪いことなど起きる気配はどこにもなかったのだ。
楽しく買い物をした少女もその伯母もすこぶる上機嫌だった。
空がとても青くて、吹く風は優しくて、暖かくてとても穏やかな日だった。
買い物から帰ってくると、生家から手紙が届いていた。
大好きな父と兄からの手紙だと少女は喜んだ。いつもどんなに忙しくても、二人は手紙を欠かさなかった。
しかし、その手紙に書かれていたのは、父のどこかおおざっぱな文字でも、兄の几帳面で小さな文字でもなかった。
手紙には他人行儀な言葉と見知らぬ文字で、少女の父と兄が亡くなったことが記されていた。
虫の知らせというもを、彼は信じていた。
なにせ自分の大好きな師が告げる虫の知らせは、必ずと言っていいほど当たるのだ。
師は船を指さして、隣に立つ青年に告げた。
「……なにか良くないことがおきます。大勢の人の命が危険にさらされるような、良くないことが」
だから、師は青年に「この船にしましょう」と言った。
青年は頷いた。
豪華な装飾の施された、美しい船だった。
乗り込むのは誰もが皆、綺麗に着飾った裕福そうな人々ばかりだ。
「もしなにかあったら、貴方が守ってあげなさい」
「はい」
「私との約束は守れますか?」
「はい」
そして、青年は船に乗り込んだ。




