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十二生肖異聞録  作者: 空川香
四章 未来を願う者
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9話 後見人


 茜が訪れることは、都季はもちろん、誠司も聞いていない。

 それでも誠司に驚きの様子が見られないのは、先ほど窓の外を見た際、茜の到着に気づいたからだ。

 七海は何事もなかったかのように、月神に突きつけていた拳銃を懐に仕舞った。ここで下手に刺激をしては厄介になる。

 しかし、茜の視界にはしっかりと入っており、怪訝な顔をして七海を睨んだ。


「おい、そこの眼鏡。今、何を――」

「お、お待ちください! 困ります!」


 明確な敵意を剥き出しにした茜に、七海も体の向きを変えて応戦態勢に入る。

 だが、慌てて部屋に飛び込んできた慶太が茜の前に立ちはだかり、緊迫した空気はあっさりと崩された。


「岸原、下がりなさい。問題ありませんよ」

「やれやれ。ここも騒々しいのぅ」


 誠司に制された慶太は困惑しつつ、「失礼しました」と言って入口の横まで下がる。部屋から出なかったのは、何かあったときに対応するためだ。

 未だピリピリとした空気の中、誠司は小さく息を吐いて言う。


「『依人及び特体者保護責任委託書』。それを、彼女は十二生肖の“亥”である亥野茜さんに渡しているのですよ」

「あ、茜さんに!?」


 茜は口を開かない。ただ、真っ直ぐに誠司を見据えていた。

 開いた口が塞がらないとはまさにこのことか。

 唖然とする都季を見て、誠司はさらに続けた。


「ええ。なので、葬儀の後、引き取るはずだったとお聞きしませんでしたか?」

「聞き、ました。茜さんから。でも、そんな書面まであるなんて知りませんでした」

「書面がある手前、引き取りに行く行為は正解です。ただ……まさか、あの場で百澄が出てくるとは、さすがの彼女も思ってもみなかったでしょうね」

「…………」


 一瞬だけだったが、茜の眉間に皺が寄った。それ以上は何も言うなとでも言うかのように。

 都季は都季で、今の事態を頭で整理できると視線を落とした。


「ご自分の身が、たった一枚の紙でたらい回しにされているようで、嫌ですか?」

「……少し。でも、依人や特体者は、それだけ危険が多いわけですし、仕方がないのかもしれません」


 家を出ればある程度は自由だと思っていたが、実際はそうではなかった。仕方がないことだが、どこか腑に落ちない。

 すると、誠司は満足したように口元に笑みを浮かべた。


「なかなか、理解の良い方のようですね。では、それを終わりにしましょう」

「へ?」


 意気揚々と述べた誠司は、今までで一番楽しげだ。駆け引きを繰り広げた先の、最後の山場のように。


「あなた自身が、委託書を無効にするのです」

「お、俺が?」

「はい。先も言ったように、委託書は本人の意志が最優先です。満十八歳以上であれば、場合によっては委託書の破棄ができるようになりますが……あなたはまだ十六になる年ですからね。あくまでも無効にするだけです」


 無効と破棄の違いが分からなかったが、疑問を察した誠司が「無効は、書面に書かれた人とは別に保護責任者は必要な状態のままです。破棄をすれば、自立して生活していく、という状態になります」と説明をしてくれた。

 委託書が無効になれば、保護責任者として名乗りを上げるのは百澄だ。それも、都季が百澄からの保護の話を聞いた上で無効にする以上、百澄の申し出は断れない。


(依頼人を明かしたのは、そういうことか……)

「百澄があなたを受け入れる態勢は整っています。ただ、あなたが一言、『戻る』と言ってくだされば、委託書は再びただの紙切れへと変貌します」

「でも……」


 脳裏にこびりついた記憶は良いものではない。唯一、一人だけ優しく接してくれた人はいたが、その人は都季が家を出る二年前から姿を見せなくなった。

 月神への危機がなくなったことも相まって、落ちつけない場所へまた戻るのかと思うと頷けない。


「窮屈な、辛い場所でしたか?」

「…………」

「百澄は後悔していますよ。あの日、頷くのではなかった、と」

「そんなの、自分達の名誉が傷つきたくないからじゃ……!」

「否定はしかねますが、肯定もできません。言ったでしょう? 『後悔している』と」


 自分達が体裁ばかりを気にして行ったことで、大事な娘を失い、さらには都季の居場所を奪ってしまった。そう後悔しているならば、以前とは変わっているのかもしれない。

 それでも、完全に信用はできないのだ。

 言葉を失った都季を一瞥した茜は、深い溜め息を吐いてからまた誠司を見据えた。


「総長殿。もういいか? これ以上の彼との面談は拘束と見なすが」

「……分かりました。今日はここまでにしましょう。ただ、我々からも後見人たるあなたの『審査』を要求します」

「お好きにどうぞ。……行くぞ、更科」

「えっ? あ。は、はい!」


 誠司が鋭く茜を見て言うも、彼女は怯む様子もなく言い返して踵を返す。

 名前を呼ばれて我に返った都季は、慌ててその後に続いた。


「おい、都季。我を忘れるでない」

「ご、ごめ――」


 不満を漏らす月神が都季の肩まで飛べば、待っていた茜によって扉が閉められる。

 そこで漸く、入口近くで待機していた慶太は大きく息を吐き、肩の力を抜いた。


「凄まじい霊力でしたね」

「阿呆。あれは神だ。俺達がどうこうできる相手ではないだろう」

「……七海先輩。一人称が素になっています。総長はいらっしゃいますよ?」


 溜め息混じりに言った七海も緊張していたらしい。幾分か砕けた雰囲気になったものの、ここは総長である誠司のいる部屋だ。

 慶太の指摘ではっとした七海は、すぐに姿勢を正すと誠司に向かって頭を下げた。


「申し訳ありません。以後、気をつけます」

「構いませんよ。慣れ親しんだ者の前でくらいは楽にしておきなさい」


 誠司もまた、疲れたように息を吐いた。

 普段から隙を見せない誠司の珍しい一面に、七海と慶太は顔を見合わせて目を瞬かせる。

 それだけ、月神の存在感は依人を圧倒していたのだ。


「あんなのと常に一緒にいるなんて、更科様はやっぱり巫女様の末裔ですね」

「……そうだな」

「こちらも打てる手は打ちました。あとは、亥野茜、更科都季の身辺調査に移ります。他の者達にも伝えてください。もちろん、特殊精鋭部隊のみで」

「了解しました」


 返事と共に一礼をした七海に合わせ、慶太も一礼した。

 二人が退室した後、誠司はソファーの背凭れに体を預けて右腕を目頭に乗せる。仕事は片づいていないが、全身が重く、ソファーから立つのも億劫だった。思いの外、精神を削られたようだ。

 閉じた瞼に浮かんだ人の姿に、振り払ったはずの胸の痛みがまた沸き起こった。


「できることなら、俺も関わりたくはないのだが……」


 局に関われば、必然的に『あの人』は出てくるだろう。

 しかし、これも避けては通れぬ道だ。

 誠司は感情を押し殺すように大きく深呼吸をしてから、ソファーを立って机に戻った。




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