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十二生肖異聞録  作者: 空川香
四章 未来を願う者
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5話 再始動するもの


 翌日、三限目の体育を終え、空腹感を抱えながら教室に戻った都季達を迎えたのは、学年の違う悠だった。


「お帰りなさーい。体育なんでしたっけ?」

「俺の席占領してんじゃねーよ」


 スマホを見ていた悠が座っているのは魁の席だ。昼食をここで摂るつもりなのか、机には弁当箱を入れているのであろう袋が置かれていた。

 魁の指摘を流してスマホを机に置いた悠は、動く気配を見せずに笑顔で都季に訊ねる。


「僕、昨日は別の用事でいなかったんですけど、大丈夫でしたか?」

「それ、何かあったって知ってる上で訊いてるよな?」

「あ、バレた」

「笑顔で言ってる時点で分かるから」


 悠の表情はどこか楽しげで、誰から聞いたかはともかく、昨日の騒動を知っていると分かった。何も知らないなら、見た目は無傷の都季にわざわざ心配の言葉は投げないはずだ。

 すると、都季の肩に乗っている月神が彼の肩を軽く叩きながら主張した。


「悠よ。こやつ、案外単純ではないぞ」

「失礼な」


 悠に呆れつつ、月神に言い返しつつも自身の机から昼食の弁当を持って魁の席の隣に座る。

 ちょうど、琴音も着替えを終え教室に帰ってきて都季達の元にやって来た。

 悠に気づいた彼女は辺りを見回して、都季のそばに自らの席の椅子を運んで座った。そして、魁の前の席――琴音からは隣になる席を指しながら言う。


「こっち、空いてるから」

「そうそう。よく見ろ。なんで俺が立ってるんだ? おかしいだろ」


 席の主は魁だ。彼は未だ席に座れず、悠の隣に立ったままだった。

 琴音や魁に言われ、悠は指された椅子を一瞥すると他人事のようにあっさりと返した。


「そうですね。魁先輩も早く座ったらどうですか?」

「どの口が言ってんだ。どけ」

「えー。ケチ」


 しらばっくれる悠を退かそうと肩を押せば、彼は口を尖らせながら前の席に移動した。ちなみに、ここの席の主はいつも別クラスの友人と食べているので問題はない。

 悠が座ったのを見た都季は、昨日の経緯を簡単に話した。帰りに依獣に捕まったことから、蒼姫達に会ったことを。

 昨日、魁は局からの呼び出しで都季と合流することは叶わず、今朝も魁は寝坊、琴音は別件で、悠は表の仕事の都合のために迎えはなかった。そのため、一連の出来事を話すのが今になってしまったのだ。


「ホント、都季先輩って捕まるの好きですね。囮捜査してるわけじゃないのに」

「わざとじゃないんだけど……」

「ぼやっとしておるからだ」

「つっきーだって、掴まれるまで気づかなかっただろ」

「責任転嫁とはいい度胸だのぅ」


 魁の机に乗った月神は、ニヤリと笑みを浮かべて都季を見上げる。

 何かを企んだ顔に嫌な予感を覚えた都季だったが、間に入った魁によって言及はできなかった。


「まあまあ、二人とも。助かったんならいいじゃねーか。蒼姫さん達も“ベストタイミング”だな」

「ええ。“グッドタイミング”ですね」

「あれ?」

「大丈夫。あながち間違いじゃない……」


 惜しい発言の魁に悠は溜め息を吐く。

 困惑する魁はぽつりとフォローした琴音に任せ、悠は昨日、調べていた件について話すことにした。


「僕は昨日、ある組織のことを調べていたんです」

「組織?」

「はい。都季先輩は、月神を取り込むきっかけの破綻組を覚えていますか?」

「ああ、覚えてる」


 彼は消滅したと聞いたが、今でも顔だけでなく、声さえも記憶に残っている。消滅した破綻組を覚えているのは、月神の影響だと聞いた。

 周囲には悠のファンもいるが、ざわついていることや僅かに距離を開けているおかげで会話を聞かれることはない。もし、聞いた者がいれば琴音がすぐに気づき、悠が消去に当たれる。


「あの人を消したのも僕なんですけど――」

「っ、ごほっ! げほっ」

「うわ、汚な」


 ハッキリと告げられた事実に驚いた途端、口にしていた卵焼きが気管に入って噎せた。

 やや体を引いた悠は、相変わらず感情表現が素直だ。彼の中にはオブラートというものがない。

 そんな悠を注意したのは魁だった。


「悠。驚かせてやんなよ」

「大丈夫?」

「う、うん……。ごめん」


 まだ噎せていた都季の背を琴音がさする。そのおかげか、咳はゆっくりと収まってきた。

 都季は一度深呼吸をすると、気を取り直して悠に訊き直す。


「破綻するって分かるのか?」

「確実には分かりません。ただ、可能性は高いだろうとは思っていましたが」


 本人が有する霊力の強さや本人の精神状態、周囲の環境を鑑みれば、力を得て彼がどう動くか、その結末がどうなるかは経験則で分かる。悠はまだ十二生肖としては三年目だが、受け継いだ記憶は数百年分だ。

 ただし、それが確実なものかは断言できないが。


「それで、あの人には、僕以外の誰かが接触していたようなんです」

「別の人が?」

「おかしいと思ったんですよね。証拠隠滅しなきゃと思って消しに行ったんですけど、普通に会話はできていたんです」

「…………」


 人を自らの手で始末したというのに、悠の「消しに行った」という言葉は、まるで世間話をするかのように軽い。破綻組となれば処分することが多いとはいえ、元は自分達と同じ人間だ。

 言い様のない恐ろしさに、都季は自然と視線を落とした。


「『逃げる』という意思もあったし、『次こそは』って未来の思考もあった。普通、あの状態になれば逃げることはないです。あとがないと本能で悟って、ひたすら向かってきますから」

「廃工場のときのが、良い例……」


 あとがないからこそ、逃げずに立ち向かってくる。それはあの廃工場でも見受けられた。一部は逃げていたが、それはまだ進行が進んでいなかったのだろう。

 魁は当時を振り返り、別の違和感を指摘した。


「あれなー。そもそも、破綻組があんなに集まったのもおかしいんだよな」

「そうなんだ?」

「ああ。『破綻組ってこんな多くいたんだ』って驚いたくらい」

「まとまりがあった点もおかしいのぅ。あやつらが正常にまとまるとは思えん」


 破綻組は破綻が進行すればするほど、意思疏通が難しい。集団で動けば、どこかで同士討ちが起こってもおかしくはないのだ。

 それが、目の前に同じ目的があるとはいえ、結束してきたのは意外だった。


「で、いろいろと蒼姫さん達が調べた結果、前々から名前が出てきていた一つの組織が浮かんだんです」


 悠は机に置いていたスマホを手に取ると、一つの画像を出してから机に置き直した。

 都季は画面を覗き込む。魁や琴音は知っているのか、遠目に見るだけだった。


「黒い……ドラゴン?」

「通称、『ラグナロク』。破綻組だけの集まりです」

「ラグナロク……」


 悠が呟いた組織の名は、どこかで聞き覚えがある。

 何だったかと記憶を探れば、先に答えを出したのは悠だった。


「北欧神話の名前を冠してるなんて、ちょっと中二病が入ってるでしょ?」

「そっち!?」


 確かに語源を考えてはいたが、最後の感想はいらなかった。

 悠は都季の突っ込みは取り合わず、まるで忌み物を出していたかのように早々に画像を消してスマホを片付けた。


「どうも、この集団の長が破綻組を一つにしているみたいです」

「意思疎通が難しいのに、どうやって一つにしているんだ?」

「それはこっちが聞きたいですよ。長は二十年ほど前に現れた依人のようですが、捕獲に向かった調律師や警邏に、最低でも重傷を負わせるほどの力の持ち主みたいです」

「『最低でも』?」

「規模は幻壊事件より小さくとも、死者の数は今までで一番なんですよ」

「!?」


 悠の表情と声音は、先ほどまでとは打って変わって真剣そのものだ。

 幻壊事件が過去で最も酷いものだと思っていたが、それを上回るとはどれほどのものか。都季には想像ができなかった。


「ただ、それも巫女と月神が片付けたはずなんですけどね」

「母さんと……つっきーが?」

「月神。あなたにまだお話を聞いていません」

「…………」


 接触したことのある月神なら、ラグナロクのことを知っているはずだ。

 全員の視線を受けた月神は、腕を組んでしばし考えた後、ゆっくりと口を開いた。


「……あれは、確かに結奈と我が倒したはずだ」

「けれど、また出てきました。まさか、蘇生能力でも備わっていると?」

「ンな、あり得ねえモン持ってるやつがいんのか?」

「継承組ならばないとは言い切れません。僕ら血統組や転生組ならば多少の能力予想はできますが、継承は何の能力が発現するかは分かりませんからね。オリジン種の能力が発現する可能性だって捨てきれません」


 悠の最もな意見には魁も口を閉ざした。正体が掴めない以上、様々な可能性を考えておく必要がある。

 また四人が月神へと視線を移した。

 難しい顔をした月神は、辟易したように口を開く。


「あやつの能力は、実のところ分からんのだ」

「分からない?」

「我と結奈と対峙したはいいが、あやつ、いつかのお主みたく、まるで本気を出さんかったのだ。『倒してくれ』と言わんばかりにな」

「…………」


 例に出されたからか、悠の追究が止まった。

 能力と呼べる能力を出していないのは、何か考えがあるのかと当時は月神も警戒した。だが、いくら考えを巡らせても納得のいく答えは出ず、結果的に平和は訪れたため、深くまで調べもしなかったのだ。


「片がついたと放置してしまったことが悔いだのぅ。……だが、出てきたならば、今度こそ能力を引きずり出し、二度と起こらぬようにするまでだ」

「つっきー……」

「それには、お主が結奈以上に強くならねばならんのだがな」

「うっ」


 頼もしい言葉に感動したのも束の間。痛いところを突かれてしまった。

 項垂れる都季を見て、黙々とご飯を食べていた琴音はあることを閃いた。


「蒼姫さんなら、術、いっぱい知ってる。龍司さんも知ってるけど、ちょっと難しいのじゃなくて、簡単なの……依人なら、誰でも使えそうなもの」

「うん?」

「えっと……」


 途切れ途切れな琴音に聞き返せば、彼女は言葉を探して視線を泳がせた。会話が苦手なのは仕方がないが、聞き返すのも申し訳なく思えてくる。

 すると、見かねた悠が助け船を出した。


「要は、蒼姫さんに師事を請えばいいんじゃないですか? ってこと」

「蒼姫さんに?」

「はい。術とか幻妖の知識に関してはスペシャリストだし、教えるのも上手ですよ。まぁ、辰兄が忙しいっていうのもありますが」


 琴音は安心したように息を吐いた。最初の頃よりは話せるようになってきたが、やはり、まだうまく言葉がまとめられない。

 一方、最近の龍司の様子を思い浮かべた悠は、また手が空いたら手伝おうとこっそりと心に決めた。


「そっか。じゃあ、蒼姫さんにお願いしてみようかな」

『まぁ、シエラに邪魔されて終わるのがオチだよねー』

『ねー』


 突然、悠の袖の下で黒い光が小さく発したかと思えば、机に二匹のネズミが現れた。もちろん、周囲の生徒には視えないため、騒ぎになることはない。

 机で互いの顔を見合わせて頷く御黒と茶胡に、悠は深い溜め息を吐いた。


「君らさぁ、勝手に出てこないでくれる?」

『『えー! やだー!』』

「お主も、自身の神使を使いこなせるようにならねばな」

「……そういえば、ラグナロク以外にも気をつけてほしい所が――」


 耳が痛い言葉に話題を変えようとした悠だったが、タイミング悪く予鈴が鳴った。

 嫌な沈黙が流れる都季達と違い、周囲は授業の準備に動き始める。

 悠は軽く笑みを浮かべると、素早く荷物を片付けて席を立った。


「じゃ、続きは放課後ってことで」

『まったねー』

『ねー』

「ちょ、ちょっと待って。とりあえず、何に気をつければいい?」


 悠の袖を掴んで引き止めれば、彼は虚空を見つめてやや考えてから、すっぱりと言い放った。


「全部」

「全部!?」

「失礼しましたー」


 先ほどとは違い、表の仕事用と分かる爽やかな笑顔で颯爽と去っていく。その背に周囲からの黄色い声が上がれば、小さく手を振って答えていた。

 呆然とする都季の肩を魁の手が叩く。


「放課後まで俺らもそばにいるから、大丈夫だって」

「……そうだな」

「では、我は蒼姫達に頼んでおこうかの。ついでに、ラグナロクについて局に集まっている情報を聞いてきてやろう」

「うん。ありがとう」


 いろいろと言いたいことはあったが、もう授業が始まってしまう。

 言葉を飲み下した都季は、月神が消えたのを見ると仕方なく自分の席に戻った。





 恵月町北区に構える恵月学園の正門横に、一台の黒塗りの車が止まった。

 フロントガラスから、斎は学園を眺めて懐かしむように目を細める。


「いやー、学校とか久々やわぁ。懐かしいわー」

「桜庭副長っておいくつでしたっけ?」


 助手席にいた慶太は、まだ若く見える斎の口調に違和感を覚えて首を傾げた。

 斎はハンドルに両腕を重ねて置き、学園を見たままで答える。


「次の二月で二十六や。俺は大学も行っとったけん、最終学歴から言うたら大体四年か。……ん? そう思ったらそんなにか」

「あー、四年()経ったなら、さすがに懐かしいですよね」

「なっちゃーん。慶ちゃんが年寄り扱いしてくんねんけどー」


 耳を疑って見た慶太の表情はあくまでも普通だった。何の悪意も感じられない言葉ゆえに鋭いナイフとなっている。

 助手席の後ろに座る七海に縋りつけば、彼は眉間に皺を寄せながら後輩の慶太を注意した。


「岸原。今は任務中だ。遊ぶのは後にしろ」

「え」

「分かりました」

「分かったん!?」


 七海の注意の仕方も問題はあるが、素直に頷いた慶太にはもっと問題がある。先輩の指示を素直に聞くことは良いことだが、時と場合にもよるのだ。

 愕然とする斎だったが、バックミラー越しに目が合った七海はさらに追い討ちをかけた。


「あと、副長は俺を名前で呼ばないでください」

「名前っていうかあだ名やん」

「なお嫌です」

「七海ー」

「…………」

「……かわええのになー」


 溢れ出した殺気にすぐさま正面を向いた。呟きには低い声で「嬉しくありません」と返されたが。

 その時、授業の終了を伝える今日最後のチャイムが鳴った。

 よし、と小さく言ってから、斎は自らの座席の後ろをバックミラー越しに見る。


「いっちゃん。さっきから黙りっぱなしやけど、ちゃんとおるかーい?」

「…………」

「またゲームかいな」


 斎の後ろにいたのは、胸辺りまである茶色の髪を襟足で一つに結った青年だ。

 あだ名を呼ばれた彼はイヤホンを外し、プレイしていた携帯ゲーム画面から顔を上げる。翡翠色の目が気だるげに斎を見返した。返事はしなかったが、彼は元々、『特定の状況』を除いて喋ることがないのでいつもどおりだ。

 だが、喋らない上に隠れていたため、危うく存在を忘れるところだった。


「ほな。――特務自警機関副長、桜庭斎の名の下に命じる。雲英七海、岸原慶太、城木しろき伊吹いぶきの三名は俺に従い、対象を保護せよ」

「「了解」」

「……!」

「……うん。いっちゃん、タイミング悪くてごめんな?」


 伊吹の肩が跳ねたかと思えば、画面には「GAME OVER」の文字が出ていた。




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