4話 水面下で動くもの
「お、おはようございまーす……」
「こんにちは」
『こーんにーちはー!』
都季は依月の事務室に恐る恐る入った。連絡はしているが、自分の不注意で遅刻をしているのだ。怒られても仕方がないが、恐いものは恐い。
一方で、あとに続いた蒼姫と、その肩にいる「シエラ」と呼ばれた真っ白い幻妖は元気よく挨拶をする。
シエラは蒼姫達が探していた幻妖で、蒼姫が従える守獣のひとりだ。アッシュと同じアルカスだが、まだ幼獣であるせいか大きさと外見は純白の毛に青い目をした超小型犬に似ている。耳はパピヨンのように大きく、目の下には青い逆三角形の模様が一つあり、ふさふさとした尾は胴と同じくらいの長さだ。
「更科、お前……サバイバルでもしてきたか? 蒼姫と蒼夜まで連れて」
「ちょっと、コードレスバンジーの後に追いかけっこと茂みにダイビングを……」
事務室にいた一人、茜が都季達に気づいて視線を寄越した。他にも従業員はいるが、幻妖を目にできないせいかシエラやアッシュには気づいていない。
茜は、顔や腕に擦り傷をつけ、なぜか服が汚れている都季を淡々とひやかした。
それに乗って説明する都季を見てか、蒼姫が前に出て面目なさそうに言う。
「申し訳ありません。私がもう少し早くに気づけば、このような事にはならなかったのですが……」
「ああ、構わない。ただ、何があったかだけ聞けるか? ……ほら、お前らは休憩終わったんだから、さっさと持ち場に戻れ。あと、花音……は、いいか」
時計を見れば、ちょうど休憩時間を終える頃だ。タイミングの良さに驚きつつ、テキパキと周りに指示を出していく。
花音は既に事務作業の手を止めて救急箱を取ろうと動いていたため、茜は言葉を途中で止めた。
「都季君はそこに座ってて。蒼姫ちゃん達もね」
「お手数をお掛けします……」
「ありがとうございます。では、失礼します」
花音に指されたソファーに蒼姫と蒼夜は並んで座り、都季もその正面に座った。
休憩していた二人の女性が事務室を出る際、チラチラと蒼姫と蒼夜を見ていたのは部外者であることや、整った顔立ちをしているからだろう。
花音は手早く救急箱を持ってくると、都季の隣に座って手当てを始めた。大きな傷はないため、傷口を洗ってから消毒をして絆創膏を貼れば問題ない。
茜はソファーに座った都季達に向き直ると、話の続きを促した。
「それで?」
「都季が依獣に拐われての。力を使って離させたはいいが、使う頃合いを誤って空中で落ちたのだ。それで、落下地点にいた精霊の眠りを妨げ、怒らせてしまったわけだ」
「元々、精霊さんは私達が探していた幻妖でして、逃げ疲れて眠っていたようなんです。そして、探している途中でシエラがはぐれてしまいまして……」
コードレスバンジーと追いかけっこの意味を知り、茜は「運が良いのか悪いのか分からんな、お前」と素直な感想を述べた。
蒼姫は蒼姫で、少し前の自身の失態を思い出して肩を落とした。守獣を扱いきれないのは、自身がまだ未熟な証拠だ。
そんな主人に対し、シエラは意気揚々と自身の行動を説明する。
『ボク、空から探してたんだけどね、蒼姫が知らない野郎と一緒にいたから、危ないと思ってね、この人に体当たりしたの!』
「こら、シエラ。『野郎』だなんて物騒な言い方をしてはいけません。それに、攻撃をするならば、もっとよく考えてやりなさいと言っていますよね?」
自慢気に語るシエラだが、蒼姫は言葉遣いや先の行動を優しく諭す。幼く、まだ世間を知らないからこそ、蒼姫が教えていかなければならない。同族であるアッシュも父親代わりとなっているが、人間界での暮らし方は、人間界の者に教わったほうがいい。
母と子に見るような光景を前に、手当てを終えた花音が笑みを零した。
「仲良いよね。蒼姫ちゃんと守獣さん達は」
「対等でありたいとは思いますが、調律師たる者、自らの幻妖を制御しきれないなんて、お恥ずかしい限りです」
「まぁ、シエラは特殊だからのぅ。契約の縛りも緩みやすいのだろう」
『えへー』
『これ。ぬしもしっかりせぬか。主からそう簡単にフラフラと離れてはいかん』
『うっ』
複雑な表情の蒼姫に月神がフォローを入れる。
当のシエラは照れたように笑うも、すぐにアッシュに注意をされてギクリと固まった。
「契約?」
「はい。幻妖を守獣として従えるには、その幻妖と契約を結ばなければいけません」
喚び出した者が幻妖に対価を支払い、力を貸してもらうように頼む。大抵の場合、主従関係になるのだが、中にはシエラのような親子や友人に近いパターンもある。
契約をすると、幻妖は人間界に留まることが許される。もちろん、普段は幻妖界にいるものもいるが、契約者のいる場所ならばどこへでも行けるようになるのだ。
ただし、幻妖をうまく使えなければ本来の力を半減させてしまう上、下手をすれば幻妖に自らが喰われてしまう。そのため、使用者は相応の訓練が必要だ。
「そういった観点からすると、やはり神使は別格ですね。もちろん、神使を使うにも本人の強い意志が必要ですが、そもそも十二生肖でなければ扱えませんから」
「へぇー。やっぱり、ナベもすごいんだなー」
「ピ?」
「ナベじゃねぇよ」
「いてっ」
茜のデスク下にあるベッドから牡丹が自らのあだ名に反応して出てくる。
とことこと足元にやって来た牡丹を抱え上げて感心する都季の頭に、消しゴムが勢いよく飛んできた。投げたのはもちろん、主である茜だ。
命中した額を擦る都季に、「早く着替えてこい」と茜が苛立ったように促した。
「しまった! 遅刻してたんだった!」
「今さら気づくとはな……」
「つっきーはここにいてよ?」
「ああ、動かん」
ソファーの間にあるテーブルに乗った月神は、もはや移動するのも億劫になっていた。
バタバタと更衣室に入った都季を見てから、茜も一息吐いて席を立った。
「さて、と。あたしも店に出なきゃいけねーし、二人も表に出るといい。茶くらい出す。アイツを助けてくれた礼だ」
「一瞬、喧嘩売られたのかと思った」
「蒼夜がやりたいんなら相手してやるが?」
「いえ、結構です」
今まで黙っていた蒼夜が一瞬だけ体を硬直させたかと思えば、誤解があったようだ。
茜が親指で従業員用の出入り口を指しながら言うも、蒼夜にきっぱりと真顔で断りを入れられた。
そして、蒼姫達は従業員用の出入り口から出て表の扉から入り直す。陽も落ちかけた今、店内の客は疎らだった。窓際のテーブル席に男女二人ずつの高校生と隣の席に三人の女子大生がいる程度だ。
蒼姫達が店内に入ると、ちょうど着替えた都季が肩に月神を乗せてホールに出てきた。
「いらっしゃいませ。お席にご案内しますね」
「はい。お願いします」
「…………」
「なんだ、蒼夜?」
はにかむ都季に蒼姫が笑顔を浮かべる一方で、蒼夜は物言いたげに月神を見たまま固まっていた。
月神は蒼夜が言いたい内容を薄々感じ取りながらも訊ねれば、「いえ、特に何も」とぼかされた。
じとっと見てくる月神から視線を外した蒼夜は、小さく溜め息を吐いて心の中で呟く。
(馴染みすぎだろ……)
幻妖の頂点たる月神が、これほどまで人に馴染んでいるのが蒼夜にとっては違和感がある。数は多くはないが、局で見た彼の姿は成人男性のものであり、もっと厳格で神聖さを纏っていたからだ。
案内されたカウンター席に蒼姫と蒼夜が並んで座り、アッシュもテーブルの下に座る。シエラが蒼姫の肩からテーブルに乗ろうとしたが、「飲食店ではダメです」と蒼姫に注意され、仕方なくといった様子で椅子に座った。
だが、椅子に座るとシエラは頭頂部がややテーブルから出るだけで、上の様子を見ることができない。前足をつこうにも、体勢を維持するのは時間が経てば辛くなる。
『見ーえーなーいー』
『下にいろ』
『やーだー!』
シエラとアッシュの姿は一般人には犬に見えるように術を施したため、一般人からすれば犬が吠えあっているようにしか見えない。
その証拠に、窓際のテーブル席にいる二組はこちらを見ながらくすくすと笑っていた。
『ボクもここがいい!』
「シエラ、騒がしいですよ。膝にきなさい」
『主。あまり甘やかすな』
駄々を捏ねるシエラを見兼ねた蒼姫は、彼を膝に乗せてやる。視線の高さが変わり、シエラの顔がテーブルから出た。
満足したシエラが大人しくなったものの、今度はそれを見たアッシュが蒼姫を窘める。
すると、シエラが勝ち誇った顔で言った。
『アッシュは自分だけ下だから嫌なんだよ』
『いいや、身の程を弁えろと言っている』
『蒼姫のお膝はボクの特等席だもんね!』
『…………』
涼しげな顔でシエラの言葉を否定したアッシュだったが、空気を読まない上に懲りないシエラの一言でピシリと固まった。
アッシュの纏う空気に苛立ちが混じるのを感じた都季は、慌ててペット用の椅子を店の隅から持ってきた。四角い箱のような物が乗っており、足下にペットを置いておきたくない飼い主には利用を勧めているのだ。
「あの、アッシュにこれ使いますか?」
「わざわざありがとうございます。アッシュ、これに座ってください」
『……我は犬ではないが、致し方あるまい』
複雑な表情をしたアッシュは、最後まで難しい顔をしながら椅子に飛び乗った。
カウンターを挟んで二人と二匹の前に立った茜が飲み物の注文を聞き、その間に都季がレジや片付けに動き回る。
「はい。ミルクティーとコーヒー。アッシュとシエラはこっちな」
「ありがとうございます」
「いただきます」
蒼姫と蒼夜の前に飲み物が、シエラとアッシュの前にはペット用の器で水が出された。周囲にいるのが幻妖の事を知る者だけならまだ注文を聞いたが、一般人もいる前ではそれもできない。
仕方がないことだが顔を曇らせたシエラを見て、茜は二つの皿に分けたクッキーをそれぞれ出す。
その瞬間、分かりやすいほどにシエラの表情が輝いた。
『わぁい! クッキー!』
『……犬用ではあるまいな?』
「は? ……あ」
アッシュは目の前のクッキーを嗅いだあと、茜に目を鋭く細めて訊ねた。
そこで、茜はアッシュがペット用の食べ物を嫌っていることを思い出した。主である蒼姫を見れば、彼女もペット用のクッキーであることには気づいているのか、目で「人用と言ってください」と訴えてきている。
「ああ、大丈夫だ」
「あれ? 店長、それって――」
「更科。そこの洗い物頼んだ」
「え? あ、はい」
レジから帰ってきた都季が会話を聞いていたのか、真実を素直に明かそうとした。
それを遮って言えば、事情を知らない都季は困惑の色を浮かべつつ、すぐに洗い場へと移った。
一方、アッシュは先ほどよりも喜色を滲ませつつも日頃の文句を口にする。
『最近、主が人の物は「かろりー」がどうの塩分がどうのと言って、犬用を食べさせようとしてくるのだ』
「『メタボ守獣』なんて聞いたことがありませんよ」
(あれ、デジャヴ)
少し前、都季も誰かに向かって似たことを言った気がする。
肩からカウンターに飛び移った月神を見れば、彼はシエラとアッシュに出されたクッキーを手にして食べようとしていた。
『ボクのー!』
「一つくらい構わんだろう」
(「それ、犬用クッキーだよ」って言ったらどうなるんだろう)
シエラと月神がクッキーを巡って争いを始める。端から見ればクッキーに犬がじゃれついているようだが、たまに客のペットにもおやつで遊ぶ犬がいるためか、従業員には不審に思われなかった。
ふたりを見ていた都季は、場の様子から察して真実を口にはしなかったが、帰ってから言ってやろうと心に決めた。反応が今から楽しみだ。
賑やかなふたりをよそに、茜は蒼姫達に訊ねる。
「最近どうだ? 調子は」
「ここのところ忙しいですね。私の力不足もありますが、それだけではないような状態です」
「木の様子に反して、幻妖の活動は活発になっている」
『今は歪みが増えているからのぅ。それも影響しているのだろう』
歪みから溢れ出る空気は澱んだものだ。都季も目にしたことはあるが、人間が触れても身体が重くなったりと異常が表れる。また、幻妖には身体の異常はもちろん、力の暴走の元にもなりかねない。
局の地下に保管されている神降りの木は、人間界と幻妖界を繋ぐ門の役割を担っている他、霊力を大地に流して両世界のバランスを整えているが、まだ小さな木であるからか月守の補助がいる。
しかし、その影響を受けるはずの幻妖は弱まっている気配を見せない。先ほどの精霊もその一端だ。
そこで、会話を聞いていた都季は琴音の言葉を思い出した。
「前に、卯京さんから聞きました。楪さんのいる部署の人達は、歪みを直したり、シエラ達みたなものの調査とか送還をやっているって。前は刻裏も助けてもらいました」
「私達のことは『蒼姫』や『蒼夜』とお呼びください。……そうですね。主にそれが仕事になります」
「前にあたしらが石に幻妖を封じていただろう? あれは幻妖を局に持ち帰るためのモンで、そいつに異常がないかとか調べるんだよ。あと、歪みの調査もな」
客は帰っているが、従業員はいる。彼女達の目を気にして都季が極力用語を伏せて言うも、蒼姫や茜は気にした様子もなく幻妖関連の用語を使っていた。
何か術を施したのか、それとも後で記憶を消すのかは分からないが、ひとまず気にすることはないようだ。
「もちろん、一つの個体ですべて調べるのは負担が掛かるので、ある程度で済ませていますけどね」
「この二人はコンビで別の任務にも当たってるから、蒼姫の仕事は普通の調律師とは少し異なる。もちろん、蒼夜も」
蒼姫が苦笑いを浮かべたのは、やはり調査が手間取るからか。いろいろと気苦労も多いのだろう。茜の言う「別の任務」のことも含まれているようだが。
「蒼夜さんは、店長達と同じ警邏部なんですよね?」
「ああ。ただ、警邏と言っても、俺達みたいな機動隊は個人で動いたり、調律師と組むことが多い。副隊長っていう肩書きも、あくまでもいざという時の指揮者を気にしてだしな」
「機動隊の任務は特別だからのぅ。例えば、幻妖や依人を悪用する者の摘発、潜入捜査、あとは……危険破綻組の追走と討伐」
『ボクのー!』
「「…………」」
呆けていた都季の肩に、シエラからクッキーを奪取した月神が乗る。
平和な様子に反して月神の表情は固く、蒼姫達も視線を落としていた。
ただならぬ空気に、都季は恐る恐るその理由を訊ねる。
「あの、危険破綻組って――」
「あくまでも例えだ。『いれば』の話だからの。いたとしたら、こうしてのんびりとはしていられんよ」
「そっか。それもそうだよな」
「更科。客来たぞ」
「わ、すみません。いらっしゃいませー!」
都季の問いに月神が被せて返す。さらに、話を終わらせるように茜が店の外に見えた影に気づいて言えば、彼はすぐに入口に向かった。
その肩でクッキーを齧った月神が異変に気づく。
「おい、都季。おかしい」
「まさか、歪み?」
眉を顰めて深刻な声音で言う月神に胸がざわついた。まさか、精霊を相手した後でまた幻妖の相手をしなくてはならないのか。
だが、クッキーをまじまじと見ていた月神から出た言葉は、予想の斜め上をいくものだった。
「いや、この菓子……味が薄いぞ」
「人用じゃないからな」
「『なに!?』」
都季はあくまでも小声で手短に言ったつもりだが、アッシュの耳の良さの前では無意味に等しかった。
月神と声を重ねたアッシュに茜は片手で顔を覆う。
すると、テーブルにアッシュが両手をついて怒りを露にした。たかが犬用、されど犬用。アッシュの中では激昂するレベルのようだ。
『ぬし、謀ったな!』
『えー? おいひいよー?』
「アッシュ、シエラ。行儀が悪いですよ? アッシュはテーブルに足をつかない、シエラはちゃんと飲み込んでから話してください」
『ふあーい』
『しかし!』
「アッシュ」
『うぐ……』
シエラは文句もなくクッキーを頬張っているが、アッシュはやはり犬扱いを受けているようで納得がいかないようだ。さすがに主である蒼姫に叱られては、それ以上の追及はできないが。
それを見た茜は、多少なりとも騙したことには変わりないせいか、罪悪感が芽生えた。
「あー……大丈夫だ、安心しろ。うちのは基本的に犬用でも人用に近いんだ」
『……本当か?』
「ああ(嘘だけどな)」
「めんどくさ」
「蒼夜。……ほら、アッシュ。試しに私のを食べてみてください」
しょぼくれてテーブルに顎を乗せていたアッシュがちらりと茜を見やる。
もちろん、嘘なのだが、プライドを粉々に砕かれたアッシュを立て直すにはこれしかない。
なおも勘繰る様子に蒼夜がうんざりすれば、蒼姫が名前を呼んで窘めた。
そして、蒼姫はアッシュの前にクッキーを差し出す。
やや間を開けてから一口で平らげたアッシュは、咀嚼して飲み込んだ後、満足したように呟く。
『美味いな』
「それで、こっちがアッシュ達のです」
『……うむ。少し薄いが、変わらんな』
(元々、味覚は発達してないから分からないだけだろうが)
「犬用」という先入観のせいでやや不満げではあるが、食べられないわけではないようだ。
生体に関する事実を知る蒼夜は、内心で突っ込みつつ溜め息を吐いた。
「で、話は戻るが、『例の組織』の調査はどうなんだ? 龍司から少し聞いたが」
「龍司さん、ですか」
「蒼姫」
「分かっています。……そちらの調査に関しては、やはり、詳しく調べるのは難しいですね。私達のことが知られているようで、既に警戒されていました」
落胆とも安心とも取れる呟きを漏らした蒼姫だが、すぐに気を取り直して答えを返した。
二人が調査をしていたものに関しては、逐一、局に報告している。だからこそ、龍司が茜に知らせることができたのだが、それ以上の成果は得られていない。
「そうか……。まぁ、当然と言えば当然か。奴らだってバカじゃあるまい」
「今は悠が別ルートから調べているが、そっちもどうなるかはな」
「悠が? 龍司から聞いた中にはいなかったが、加わったのか?」
「はい。ちょうど、精霊さんの保護に動く前に悠から連絡がありまして、『代わりに調べるから精霊の方に行って』と指示がありました」
「なるほど。なら、何か『ツテ』があったんだろうな」
茜はなんとなしに言ったが、蒼夜にしてみれば疑念のきっかけに過ぎなかった。
僅かに眉間に皺を寄せた蒼夜は、返答によってはすぐに行動に移しそうな空気を纏いながら訊ねる。
「気になってたんだが、アイツ、組織と繋がってたのか?」
「いや、接触はあったかもしれないが、繋がりはない。それに、繋がってるなら『代わりに調べる』なんて分かりやすくは言わねぇよ」
「……そうか」
「悠には、一度裏切ったからには、疑われることは覚悟しておけと言ってある」
「「!」」
「身の潔白を証明するには証拠もなけりゃ真実も分からない。特に、アイツの場合はな」
記憶を操作できるからこそ、すべて疑われてしまう。
ただ、審問の記録や月神、一部の依人の記憶は消せないため、操作したとしても隙があればすぐに暴かれる。悠の能力は非常に便利だが、下手をすれば使用者さえ陥れる諸刃の剣だ。
「ま、次に何かやらかしたら即刻処分だ。その点じゃ、生きたいと思っている間は、アイツが十二生肖の中で最も局に歯向かう可能性が低い」
「ならいい」
「『十二生肖の中で最も』、ですか。まるで、他の誰かはまた反抗しそうな言い方ですね」
「よせよ。先代のじじいでもあるまいし」
納得した蒼夜に対し、蒼姫が珍しく茜の揚げ足をとった。
重箱の隅をつつくような言葉に、茜はうんざりしたように溜め息を吐く。先日の会議でも頭が痛くなる思いをしたところだ。
蒼姫は小さく笑みを浮かべてから、目を伏せて言う。
「すみません。十二生肖でないにしろ、『前例』がありますからね。気になるものは調べておかないといけません」
「誰にもそんな意思はねぇよ。けど、その『前例』が統率してる機関も動いてるんだってな?」
「はい。今日、更科様を拐った依獣も彼らのものです」
「しかも、ナンバー二直々だ」
「それはまた性急だな」
「依獣」と聞いた時点で薄々予感してはいたが、まさかそこまで高い地位の者が出てきていたとは思わず、つい目を見張ってしまった。
「彼らは動けば何事も早いですから。うかうかしていると、あっという間に取り返しがつかなくなってしまいますよ? それこそ、破綻のことも含めて」
「護衛、ついとくか? 魁達はたまにいないようだし」
「……いや、構わん。いざとなればあたしが動く」
少し考えたのちに出された結論には理由がある。
それをここで明かすわけにはいかない様子に、蒼姫達も追究はしなかった。
蒼姫はまだ湯気の立つミルクティーを一口飲んでから、小さく息を吐いた。




