14話 反逆の末路
一夜の薙いだナイフと悠のクナイがぶつかり合い、僅かに火花が散った。
予期せぬ事態に、悠は舌打ちをして一夜のナイフを押した反動で後ろに飛び退いた。都季の前にいる、倒れたはずの龍司との距離が近づく。
一夜と龍司に背を向けないように体の向きを横にし、クナイを一夜に近い右手に構えたまま、起き上がった龍司に訊ねた。
「何をしたんですか? 辰兄。前の人格出てますよ?」
「構うか。ただ、貴様の能力の弱点を思い出しただけだ。貴様自身か神使、もしくは息の掛かったものに『注視』していなければダメだということを」
そう言いながら、いつもより殺伐とした雰囲気の龍司は、外した眼鏡を片手で掛け直す。
悠の能力に掛かる条件は、龍司が説明したとおりであり、十二生肖ならば誰でも知っている。しかし、悠から目を逸らせば何が起こるかは分からない。油断ができないからこそ、注視しておく必要があった。
悠が能力を発動して、戦い方を奪われた龍司も確かに倒れていた。だが、彼は今、錫杖を手に平然と立っている。
倒れたのは演技だったか、と悠は内心で小さく笑みを零した。
「僕を注視しないように、眼鏡を外したってわけですか」
「ああ。簡単なことだが、正視のアイツらには難しい。けれど、今はここに一夜がいる」
「俺が来ないと思っていたなら大間違いだ」
一夜が持つ能力の一つは『能力の無効化』。発動の条件は「『誰』にされた『何』を無効化するのか」を一夜が認識しておく必要があるが、今の状況ではわざわざ聞くまでもない。
まだ倒れたままの茜達だが、あと数分もしないうちに目を覚ますだろう。
ただ、待っている暇などないと判断した龍司は強硬手段に出た。
「起きろ、紫苑」
「いでっ!」
龍司は近くにいた紫苑を一瞥すると、無防備な背中を錫杖で突いた。もちろん、力はほとんど加えていないが、目を覚ますには十分な痛みだ。
紫苑の悲鳴に続けて、魁も肘を突きながら上体を起こした。茜や千早、琴音も同様に目を覚ましている。
「このやろ、容赦なく能力使いやがって……。ぜんっぜん動けなかったぜ」
「魁! 大丈夫か!?」
「なんとかな。ただ……」
辛そうに体を起こす魁に駆け寄って手を貸せば、ぎこちない笑みで返された。足の怪我が痛むのか、立ち上がる時に一瞬だけ顔を歪めていた。
そして、悠の奥にいる一夜を見ると複雑な表情で言葉を続ける。
「まさか、“猫”の能力に助けられるとは思わなかったけど」
「おいおい、危うく本当の駄犬になるとこだったんだぜ? ちょっとは感謝してくれよ」
一夜は相変わらず悠から視線を外さないが、意識はこちらにも向いていたようだ。言葉だけは余裕が滲んでいるものの、緊迫した表情には余裕が見受けられない。
いくら悠の能力を無効化しているとはいえ、一夜が別の能力を使えば無効化の効力は切れ、悠の能力が再び効果を発揮する。それが一夜にまで掛かれば、解く手段がなくなるのだ。
そうなる前に、と茜が指示を出した。
「もうこっちも容赦はいらねぇな。一斉に掛かれ」
「……そうこなくっちゃ」
「悠?」
茜の言葉に、小さく笑みを浮かべた悠。
都季には、それが本気になったことへの喜びではなく、安心したようなものに見えた。
その理由が何かを考えるよりも早く、茜達による一斉攻撃が始まった。
都季の前から動かない龍司は術を中心に攻める。茜と紫苑、魁が神使で悠の行動範囲を狭め、一夜、琴音、千早が神器での接近戦だ。
悠は攻撃を防ぐ一方で反撃に移れていない。人数を考えれば当然だが、悠は神使と神器の両方を一度に出せる唯一の十二生肖だ。さらには配下であるネズミもいる。それを呼べば、数で優位に立てるのは悠になる。
しかし、悠は神器を一つ手にしているだけで攻撃はせず、配下を呼ぶどころか、肩に乗せたままの御黒にも指示を出していない。
傷ばかりが増える悠を見て、都季は嫌な予感がした。
――先輩。何かを変えるには、何かが犠牲にならなくちゃいけないんです。
――相打ちになればいいところでしょうね。ま、僕が犠牲になるってことですか。
屋上で聞いた悠の言葉が、今の状況を説明するのにぴったりだ。
やけにあっさりとしていたが、あれが本望であり、当然であると思っているならば納得がいく。
(もしかして、悠は死ぬ気なのか……?)
だが、自身で命を絶てば局の革命もできず、意志の強さも伝わらない。下手をすればうやむやにされてしまう。
だからこそ、謀反にも似たことをして印象に残し、例え反撃ができるとしてもやらないのではないか。自分ではなく、誰かの手に掛かって死ねば、悠の存在は記憶をいじられない限りは相手にも残り続ける。
合点のいく答えに、結末を考えて体の芯が冷えた。
「どうする? 都季よ。このまま何もせずに傍観するだけか?」
「お、れは……」
月神に声を掛けられて、はっと我に返る。自然と握りしめていたのか、手のひらに食い込んでいた爪の跡が痛い。
動いているのは十二生肖や裏支である一夜だけだ。この場で、都季だけが何もせずにただ立っている状況だった。
けれど、都季には悠を止める術が思いつかない。戦闘に加われるだけの身体能力も武器も持ち合わせていない。
そうこうしている内に、悠は後ろから気配を消して忍び寄った千早に押し倒されて拘束された。
「こ、の……っ!」
未だ抵抗を見せた悠の眼前で、錫杖の石突きが地を強く突いた。悠の前に立って見下ろす龍司によるものだ。
「大人しくしなさい」
「龍司、カッコいー!」
「単細胞は黙ってろ」
「……はい」
龍司からの冷たい視線を受けた紫苑は、はしゃいでいた空気が一変。肩を落として静かになった。
紫苑には龍司を茶化す気はなかったのだが、いかんせん空気を読めていなかった。前回も似たようなことがあったが、彼は学習能力が低いのだろうか。
黙った紫苑を一瞥した龍司は、一度深呼吸をしてからまた悠へと視線を戻す。
「月神の盗難幇助、および反逆行為で捕縛します。処罰は追って――」
「どうせなら、今ここで処罰してくださいよ」
「…………」
淡々と述べていた龍司も、悠の発言で口を閉ざした。
「処罰」という言葉で理性が戻ったのか、先ほどまでの殺伐とした以前の龍司の雰囲気はなく、罰することに戸惑う現在の穏やかな龍司だ。
しかし、悠はその躊躇いすら切り捨ててはっきりと続けた。
「十二生肖にはその権限がある。そして、十二生肖の反逆行為は即『処分』です」
まるで自身のことを物のように扱う悠に、都季は言葉を失った。
替えが利く存在だと言ってはいたが、それを目の当たりにすると様々な否定の言葉も喉で詰まる。
悠からすれば、望んだ結果かもしれない。だが、手を下す側は別だ。
誰もが尻込みする中、茜の溜め息がやけに大きく聞こえた。
「そうか。お前が望むなら、それが一番いいのかもな」
「……ええ。最善の処置です」
試すような言い方だったが、悠はそれを受け入れている。
今まで抵抗していたのが嘘のように大人しい悠を見て、再び溜め息を吐いた茜が決断を下した。
「なら、せめて一瞬で終わらせてやるよ。千早、悠を起こして離れとけ」
「…………」
悠を押さえていた千早は、戸惑いながらも悠の背中から退くと、腕を掴んで起こしてやる。その腕を離すのを躊躇っていたが、ぐっと感情を押し込めるとゆっくりと離れた。
拘束が解かれたというのに、悠に逃げようとする素振りは見受けられない。
「牡丹」
「ピッ!?」
「……悪いな。――形態変化、神器」
茜の行動に驚いたのは牡丹もだ。おろおろとした牡丹の頭を撫でて宥め、その姿を槍へと変える。
切っ先を悠に向けたのを見て、声を上げたのは魁だった。
「イ、イノ姐!」
「邪魔すんな、魁」
「嫌だ!」
「ああ?」
茜と悠の間に入った魁は、今にも泣きそうな顔をしていた。
一緒にいた期間が長いからこそ……悠の性格や、茜がやろうとしていることで悠だけでなく、彼女もどうなるかを知っているからこそ、納得がいかない。
「だって、悠は俺達のことも考えて、一人でやってきたんだぞ!? これ以上、俺達の中から犠牲者を出しちゃいけねぇからって! イノ姐だって、もし、このままやっちまったら……とやかく言われんのは、イノ姐なんだろ?」
声が震えた。茜の気迫に圧されたからではなく、この先を考えたからだ。
十二生肖に処分の決断を下す権限はあるが、どうして処分したかの調査は行われる。再発を防ぐ目的を兼ねて。
今回の場合、先代からの言及を受けるのは、間違いなく手を下した茜になる。それは決して優しいものではない。
しかし、そばで見ていた龍司は、茜を止めるのではなく魁を窘めた。
「例え私達を想ってのことであろうとも、他者の意見も聞かずに単独で行ってしまった結果です。私も一部聞いているので、然るべき処罰は受けますよ」
「なら、私も、同じ……。知っていたけど、誰にも言えなかった。だから、私も、悠と同じ」
「そんな……! なぁ、虎兄!」
龍司の言葉を聞いてか、琴音までもが歩み出た。
魁が縋るように月守である紫苑を見るも、彼は顔を悲痛に歪めてゆっくりと首を左右に振った。
「魁……お前の気持ちも分かる。でもな、けじめってのも大事なんだよ」
「納得でき――」
「テメェは誰の味方で、誰を守りたいんだ!」
「っ!」
まだ食い下がる魁を一喝したのは茜だった。
魁は都季を守るために悠の捕縛に当たったのではないのか。ならば、捕縛したあとについても予測はできていたはずだ。
「まだなんでも守りたいって思って、それが可能だと本気で思ってんなら、今すぐ役を降りろ」
「で、できるできないは、やってみないと分かんねぇだろ!?」
「できねぇからこうなってんだろうが! 中途半端に生かされる悠のことも考えろ!」
「考えてる! だから、今まで一緒にやってきた奴を、ただ局に反抗しただけで殺されるなんて酷い話だろ!? 今は解決したって、またいつか同じことが起きるかもしれねぇし!」
いつもなら茜に怯む魁だが、今は一歩も下がらなかった。
それを見ていた都季は、自身の思考がやたらと冷静なことに気づいた。そして、自身のすべきことにも。
「なぁ、つっきー」
「なんだ?」
「……何もしないで、ただ待つのは嫌だって、自分で言ったんだよ」
「そうだったのぅ」
月神は都季の言葉を思い返して頷く。
今回のことも、悠の説得は自分がやってみせると言った。茜が渋々ながら頷いたのは、都季達にできることとできないことがあると知らせたかったからだろう。
確かに、このままでは何も解決しない。
「だから、つっきー」
「うん?」
「力を貸してくれ」
悠に何を言っても無駄だとよく分かった。すべて守れるわけではないことも。
意を決して数歩前に出た都季に、月神は短く「分かった」とだけ返した。
一方、都季と月神の会話を知らない茜は、未だ悠の前から動かない魁に痺れを切らせた。
「紫苑、一夜。魁を離せ」
「なっ!」
「若いのは悪かないが、青臭いのは時と場合によるな」
「離せよ!」
「……悪いな、魁」
二人に両腕を掴まれて、引き摺られるようにしてその場を退かされる。
再び対峙した悠は、なぜか苦笑していた。
「何がおかしい」
「いえ。あの人は本当に、素直な人だなぁって。愚直とも取れますかね」
「確かにな。……何か、言い残すことは? それくらいは聞いてやる」
「言い残すこと、ですか。そうだなぁ……。できることなら、局を今よりも良い状況にしてください」
「……分かった」
願うことは誰もが同じだった。
ただ、やり方が違うだけで、こうも争ってしまう。
茜が槍を構え、地を蹴る。
突きの態勢に入った槍を見て、悠は目を閉じた。瞼の裏に浮かんだミオの姿に、やっと会えると心が落ちつく。
(君がいない世界に、思い残すことなんてない)
魁が悠の名前を叫ぶ声が遠くに聞こえる。普段ならうるさいと文句を言うはずなのに、最期になった今はそれさえも出ない。
切っ先が悠を捉えようとした瞬間、今度は茜の奥から鋭い霊力が迸った。精錬されたそれは、十二生肖であれば逆らいがたい力が込められている。
「――やめろぉぉぉぉ!!」
空気を切り裂く叫びは、都季のものだった。




