13話 十二生肖失格
飛来した光の刃は容赦なく悠を飲み込み、背後にあった柵も容易く破壊した。
「悠!」
「ダメだ!」
土煙が舞う中に飛び込もうとした都季だが、魁に慌てて引き止められた。
都季は掴まれた腕を振り解き、光の刃を放った主がいる方向へと振り返った。
「なんで……なんで、あんなことするんですか!?」
短く聞こえた声は聞き慣れたもので、攻撃をしたのが誰かは分かっていた。
後ろにいたのは千早と、彼の能力で一瞬にしてここまで辿り着いた茜と紫苑、龍司だ。
攻撃の主……槍を片手にしている茜は、険しい表情のまま都季を見ていた。だが、小さく息を吐くと淡々と言ってのける。
「失礼、“保有者殿”。交渉決裂かと思われる。十二生肖が“亥”、亥野茜。“子”である子峰悠を十二生肖失格者と見なし、捕縛に当たる」
「茜さん……?」
茜の雰囲気が普段の様子から一変している。まるで別人のように。
都季を「保有者」と呼び、感情を殺して事務的な文言を述べている。
「以後、全責任は私が取る。現在、ここにいる十二生肖は“子”の捕縛に当たれ」
「「「了解」」」
「ちょっ……!」
茜の指示に頷いた龍司、紫苑、千早が都季の横をすり抜けて前に出る。
それを止めようとすれば、顔を悲痛に歪めた魁に肩を掴まれて後ろに引かれた。その手は先ほど腕を掴んだ時よりも強く、少し震えている。
「都季。俺達だって嫌だ。悠も助けたいし、そのつもりだった。でもな、お前を犠牲にするわけにはいかねぇんだよ」
「魁……」
「更科君は、下がって」
「でも!」
琴音も今にも泣きそうな顔をしている。
辛さをぐっと押し殺して歩み出る彼女達に都季は食い下がるも、今度は月神が止めた。
「都季よ。言うただろう? 無理なこともあると。なんでも話し合いだけで解決はしないのだ」
「じゃあ、諦めろって言うのか?」
「誰も諦めろとは言うておらぬ。お主は自分が何をやればいいかを考えておけ」
悠は、お主が思うほど簡単にやられるような男ではない。
月神はそう付け足したが、悠が対峙するのは自分と同等の力を持つ十二生肖が五人だ。各々が神器を出しており、果たして悠の身が無事で済むのか怪しい空気が漂っている。
早く方法を考えなければと頭を働かせるも、焦りばかりが先立って考えがまとまらない。
(局を変えたいと願うのは同じなのに……)
やり方の違いだけで、ここまで拗れてしまうものなのか。最も、悠の場合はミオという少女の件が大きく絡んでいるのだが。
自分で思いついておきながら、誰もが納得するやり方などあるのかと再び自問する。
考えているうちに、都季は悠の行動に疑問を覚えた。
(悠なら、その気になればさっさと局を変えられたはずじゃないのか?)
“子”は記憶操作の能力を持つ。可能な範囲を超えるのかもしれないが、小さなことから手をつけていけば不可能ではないはず。
記憶操作に月神が邪魔だったとしても、犠牲を厭わないと言うのならば、月神が都季の体で力を安定させて姿を現す前に片付けられたのではないか。戦いを知らない都季ならば、隙はいくらでもあったはずだ。
「悠は、本当に変えたいのか……?」
「……あーあ。皆さん、本気出したんだ」
都季が疑問を口に出したのと、漸く晴れた土煙の中から水の膜で攻撃を防いだ悠が現れたのは、ほぼ同時だった。
悠の属性は水。単体ではあるがその分、純度は高く、威力は他に水属性を持つ十二生肖より強い。
悠は傷一つなく、宝月をクナイへと変えていた。
「さすがに、骨が折れそうですね」
「また折る気ですか」
軽い口調の悠に龍司が普段の調子で返す。錫杖を握り直したことで、金環が擦れて小さく鳴った。
琴音が真っ先に地を蹴る。両手に持つ小太刀が緑色の光を纏ったかと思えば、悠の足元から木の根が生え、全身を包み込んだ。
しかし、水に有利なはずの木は、すぐに水の刃で切り裂かれた。
「属性的に有利な琴音先輩なら、止められるかもしれません。でも、あなたと僕では覚悟に差があります」
「っ!」
「――追憶」
「あ……」
僅かに琴音が動きを鈍らせた隙に、悠は能力を発動させた。
琴音の脳裏に過去の記憶が次々と現れる。
生まれた頃から始まったその内容は、ただ懐かしいと思うものばかりではなかった。
「にぃ、さん……」
記憶に映る青年の優しい表情と手。彼に対する様々な感情が入り混じる。
琴音が口に出した言葉で、茜は何が起こっているのか、これからどうなるかを察した。
今、琴音は悠の能力で過去をさ迷っている。彼女の過去……特に十二生肖の継承の時を思い返せば、彼女は再び襲い掛かる辛さに力を暴走させるかもしれない。
「ちっ! ――形態変化、神使! 牡丹、天雨だ!」
「ギィ!」
茜はすぐさま槍を牡丹へと変化させて指示を出す。
空気中の水分が集まっているのか、先ほどより湿度が増した。
茜の属性の性質は陰。対象の感情の沈静化や能力効果の低下がある。その性質を持つ雨を降らせれば、琴音の暴走を食い止められるはずだ。
しかし、雲一つない空に雨粒が生まれて降ろうとした瞬間、悠の肩に黒いネズミ、御黒が姿を現した。
「――氷結、爆」
「このやろ……っ!」
「彼の性質は陽です。茜さん、激昂するのはあまりお勧めしませんよ」
「分かってる!」
牡丹が生み出した雨粒は、悠によって一瞬で凍結させられた。かと思えば、凍った雨粒は中心から爆ぜて散った。
爆破によって降り注いだ破片を、紫苑と魁によって顕現した雪丸と暮葉の炎が防いだ。
陽の性質は陰と違い、対象の感情を高ぶらせたり能力を増幅させてオーバーヒートさせる。能力の増幅は加減されれば良い効果だが、上がりすぎた力は暴走する危険性をも孕む。
そのため、宥めた龍司の言葉が最もではあるのだが、余裕の顔を浮かべる悠に苛立ちが募った。
「琴音はいざとなれば我が抑えよう。お主らは悠に集中しておれ」
「了解っ! よっしゃ! 雪丸、こっちもやるぜ! ――炎樹!」
「半端は下がってください」
「一夜といいお前といい……誰が下がるかよ!」
意気込んだ紫苑を悠が一蹴するも、それは先の一夜にも同じような言葉を言われた紫苑にとっては地雷だった。
雪丸が地面を前足で強く叩けば、太い木の根が生えた。それに青い炎を口から吐いて纏わせると、悠に向けてしならせる。
「――水輪」
『…………』
炎を纏ってしなる根を跳んで避け、肩にいる御黒に次の指示を出す。だが、御黒はすぐに実行には移さなかった。
これだから内輪揉めは面倒だ、と思いながら御黒を呼んだ。
「御黒」
『う、うん!』
催促して漸く、悠の前に複数の水の輪を出現させた。
神使にも自我はある。親しい者と訓練ではない戦闘は望んでいないだろうが、ここは辛抱してもらうしかない。
「邪魔です」
「おわっ!?」
「――地焼!」
水の輪が紫苑を捕らえて体を絞めつける。続けて飛来した水の輪は、側面を刃のように鋭くさせて紫苑に迫った。
しかし、魁の指示を受けた暮葉が紫苑の前方の地面に炎を走らせ、水の輪を蒸発させた。後ろから来た水の輪は千早の薙刀が切り裂く。
「やっぱり、数が厄介だなぁ。寅兄の能力で動きにくいし」
「なら、さっさと降伏するんだな。どう足掻いたって、お前には――」
「じゃあ、手っ取り早く忘れてもらいます」
茜の言葉を遮った悠は、片手を高く上げる。
都季は、少し前に魁が言っていたことを思い出した。悠を敵に回すと厄介だと。
その理由を思い出したのは都季だけでなく他の人達もだった。
「まさか」
「大丈夫です。一瞬で終わるんですから。怖くなんてないですよ? だって――」
愕然として呟いた都季だったが、悠は口元に笑みを浮かべるとパチン、と指を鳴らした。
直後、千早と琴音、龍司の神器が手から離れ、その場に膝をつく。茜や紫苑、魁も同様に地面に倒れた。
異変に気づいた神使が主に駆け寄るも、体は光の玉へと変わり、宝月に戻されてしまった。
「自分が何者かすら、忘れるんですから」
悠は記憶操作を得意とする。それは、戦う方法すらも消してしまうことができるということだ。
ただ、唯一立っている都季には月神がついているせいか、記憶操作はできなかった。
「あー。やっぱり、月神には敵わないですか」
「当たり前だ。我を誰と思うておる」
「どっちつかずで、優柔不断な神様かな?」
「貴様……」
素直に返した悠は、一見するといつもと同じだ。大きく違うのは、都季達に対して殺気を纏っているところか。
やはり、どうすることもできないのか。
都季は視線を落とし、手を握りしめた。自分の無力さが歯痒い。
「本気、なんだな?」
「何度も言っているじゃないですか。本気です」
無邪気に笑う悠は、相変わらず、いつもの人をからかう時と変わりない。しかし、その目は本気だった。
「もう邪魔はいないし、あとは一対一でのんびりやりましょう」
「っ、つっきー。もう――」
諦めて、悠を捕まえたほうがいいのか。
そう口に出しかけた都季の耳に、シャン、と金属が擦れる音が届いた。少し前に聞こえたものよりも、強い音で。
「それはどうだろうか」
「っ!?」
「よう、ネズミ。悪足掻きは楽しんでるか?」
都季の前に人影が立ちはだかった。
さらに、悠の背後……見晴台の向こうにある崖からは、不敵な笑みを浮かべた一夜が飛び出した。




