13話 夢見
(……ここは、どこだろう?)
目を覚ますと、都季は真っ暗な場所にいた。
昨日は一夜を止めるための話し合いをして、内容がまとまったところで休もうとなった。
夜も遅くなったため、都季だけでなく琴音も泊まっている。ベッドが二台ある客室に魁と都季、魁の部屋を琴音が使うことになった。
現状から察して夢の中であることは確かだが、感覚が現実に近いために起きていると錯覚しそうだ。
少し離れた場所に四角くくり貫かれた白い空間を見つけ、そちらに向かって歩く。
やがて、見えてきた白い空間はどこかの会議室のようだ。灰色のカーペットに白色の長机が横に二台、縦に六台並んでいた。長机は四人が座れるようにイスが置かれている。
正面の壁にはホワイトボードとスクリーンがあり、そこには町の地図が映し出されていた。
都季は知らない場所だが、そこにいた人達は知っている顔がほとんどだった。
「茜さんに魁に卯京さん、悠も……あれ? 十二生肖の皆がいる……?」
前に立つのは茜で、長机にバラバラに座るのは十一人の若い男女だ。四人ほど知らない人もいるが、知っている顔ぶれから察するにいるのは全員が十二生肖だろう。なぜか龍司の姿はないが、一夜の姿はあった。
「なんでこんな夢を見てるんだ?」
「『夢見』か」
「うわぁっ!?」
「でっ!?」
突然、左肩から聞こえてきた新たな声に、まさか自分以外の人がいるとは思わなかった都季は驚いた。思わず肩の存在を振り払ってしまったが、聞こえた悲鳴はすっかり馴染んだものだ。
床を見れば、落とされた月神が伏せていた。
「つ、つっきー? なんでお前がいるんだ?」
「いたたた……。お主、いくら驚いたとはいえ、この仕打ちは酷かろう」
「ごめん。まさか、夢の中で夢だと分かってる他の人に会うとは思わなくて」
殴ってしまった月神に謝りつつ、手をついて体を起こした彼の隣に膝をつく。手で掬って持ち上げてやれば、月神は鼻を摩りながら周りを見た。
いつの間にか歩いていた黒い空間は消え、入ってきた場所はただの壁になっている。
都季達がいるのは会議室の前方の隅だ。
月神は座っている面々を見ていき、ある人物に視線を止めて目を細めた。
「紗智がおる辺り、これはあの策の前かのぅ」
「策……もしかして、紗智さんが死んだっていう、あの?」
「左様。策を話しているところかのぅ」
日に日に暴走が激しくなる破綻組や幻妖を一網打尽にするための作戦。その内容が明らかにされたところか。
「紗智」と月神が名を口に出した女性は、前から二列目の向かって右端にいた。千早と姉弟であるせいか、やはり顔立ちは千早と似ている。胸の辺りまである茶色の髪は後ろで一つに結わえられ、琥珀色の目は何かを考えているのか机に落とされたままだ。
会議がどこまで進んでいるのか、声が聞こえないために分からないが、話を聞く人達の表情はやや険しい色が多い。
すると、それまで無音だったそこに、突然、激しい音が響いた。
「紗智一人で!? おいおい、ふざけんのもいい加減にしろよ。一人にやらせてどうすんだよ!」
紗智の隣にいた一夜が机を叩いて立ち上がったかと思えば、全員の異論を代弁するかのように声を上げた。
都季も作戦の内容は聞いている。転送能力を持つ“午”の紗智が依人や幻妖を一手に引き受け、まとめて局の調律師の元に飛ばすというものだと。
一人で受けるには、失敗したときに命の危険が伴う。
誰もがその危険を知りつつも声を上げなかったが、唯一、一夜だけが反対の声を上げたのだ。
「十二生肖には、基本的に反対の言葉はない。それが最善だと思えばだがな。例え、命の危険があろうとも、それ以外に方法がないならば受け入れるのが常だった」
「でも、裏支はそうじゃないんだな」
「左様。まぁ、異論を上げるからには相応の代替策を用意せねばならんが、何も言わないよりは良い場合もあるからの」
裏支の立場は十二生肖の補佐が主だ。それは、時に十二生肖の行き過ぎた行為の抑止にもなる。
だが、今回はその制止も聞き入れられなかった。
「落ち着け、一夜。それに、先代達にとっても苦肉の策なんだよ」
「じゃあ、せめて、誰か一人でも――」
「一夜。大丈夫よ」
「紗智……」
苦い顔で宥める茜に食い下がる一夜を止めたのは、他ならぬ作戦の主体となった紗智本人だ。
彼女は前に立つ茜に確かめるように訊ねる。
「茜ちゃん。それって、私にしかできないんでしょ?」
「まぁな。小規模なら他にも同じ能力の奴が何人かいるから、一応、漏れがあったときのために近くに配備しておく。けど、ちまちま移したんじゃ効率が悪いし、逃げられる可能性も高い。だから、お前の能力で一気に移動させるんだ」
「なら、やりたいな」
「本気かよ!?」
あっさりと策を受け入れた紗智に、一夜がまた声を上げる。
すると、隣の机にいた長い銀髪の女性が紅の目を鋭く細めた。顔立ちはこの中でも飛び抜けて美人だが、だからこそ、その一睨みは迫力がある。
また、彼女の口から出た一言も辛辣だった。
「くどい」
「っ」
「もちろん、あたしだって完全に納得はしてない。でも、これ以外に破綻組や幻妖を止める方法なんてある? アンタが『貴重な自分の霊力』を捧げるって言うなら話は別だけど」
皮肉めいた言葉に一夜の顔が歪む。
血統組である十二生肖は、親族であればその役を引き継げる。だが、転生組である裏支は親族が一般人であることも多い。
一夜の場合は継承組の家系だったため、家族と引き離されることはなかったが、親族が“猫”の役を引き継ぐことはできない。
いつ、どこに現れるか分からない裏支の霊力は、転生組でありながらも血統組と同等の力があると言われている。それを破綻組が得れば、一時的には暴走も収まるだろう。その間に取り締まる方法もあるにはある。
苛立つ彼女を宥めに入ったのは、彼女の前の席にいた花音だ。
「麗ちゃん、落ち着いて。ここで揉めてもしょうがないよ」
「そうだぜ。龍司もあんな状態だし、他にいい策が出ないのも仕方ないだろ? 俺らがバラバラに対処したって今のままなんだ。巳神だって、このままだと表の仕事にも支障をきたすだろ?」
花音に加えて隣の紫苑も宥めに入れば、「麗」と呼ばれた銀髪の女性はまだ不満げではあるものの、ふんっと鼻を鳴らして口を閉ざした。
麗の隣では、緊迫した状態にも関わらず眠そうな顔の少年がいるが、それが常なのか誰も指摘してはいない。ふわふわしたクリーム色の髪は、今もふらふらと動いているままだ。
だが、さすがに茜が痺れを切らせた。
「おい、璃空。起きろ」
「りっちゃーん。起きないと鳴鳴の毛が剃られるよー?」
「お、起きます……!」
璃空と呼ばれた少年は、麗とは反対の隣にいた胡桃色の髪の少女が放った一言で目を覚ました。
瑠璃色の目は焦りに満ち、もう寝る心配はないだろうと茜は彼から視線を外した。
また進む会議を横目に、都季は月神に確認の意を込めて訊ねる。
「あの人達も十二生肖なんだよね?」
「そうか。まだ会ってはおらなんだな。銀髪のが“巳”の巳神麗。今、茜に叱られて起きたのが“未”の羊鳴璃空。『鳴鳴』というのはあやつの神使だ。璃空を起こしたのが“酉”の大酉奏だ」
「じゃあ、あの三人がまだ会っていない十二生肖なんだ」
「ああ。また機会があればと思うておったが、まさか先に夢で見るとはな」
向こうからすればまだ都季とは会っていないため、都季だけが先に知る形になった。
ただ、個人の特徴が強いせいか、都季は会った時にまともに会話ができるのかと不安を覚えた。
そうこうしている内に会議は終わってしまった。
部屋から出て行く人達の中、一夜は紗智を引き止める。
「本当にやるのか?」
「もう決まったことだからね」
「……絶対に、帰って来いよ」
「うん。必ず帰って来る」
不安げな表情の一夜を見て、紗智は安心させるために優しく微笑む。一夜が掴んだ手に掴まれていない方の手を重ねて、しっかりと頷いた。
これから訪れることを、都季は見てはいないが知っている。だからこそ、目の前の光景に胸が苦しくなった。
一夜ではないが、紗智を引き止めたいと思ってしまうほどに。
「辛いならば、覚まそうか?」
「……ううん。いい。最後まで見る」
「……そうか」
込み上げる感情を抑えながら、月神の申し出を断った。
一夜と話をするならば、事実から目を背けてはいけない気がした。見られるすべてを見ておかなくてはいけないと。
風景が切り替わり、周囲が会議室から外へと変わっていた。
言われなくとも、今から作戦が実行される時だというのは分かった。
(俺は、見ないといけない)
これからの光景を想像して、足が震える。
怯みそうになる自身を叱咤した都季は、手を強く握りしめた。




