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十二生肖異聞録  作者: 空川香
二章 月夜を舞う者
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2話 特殊管理局


 役所や銀行を思わせる広い室内には、人の話し声とパソコンを叩く音が響いていた。

 カウンターを挟んだ奥側では事務作業をする人がほとんどだが、反対側にいるのは長椅子に座って順番を待つ人、端にある喫茶スペースでお茶を飲む人と様々だ。

 また、事務作業をする人達のさらに奥には上半分がガラス張りになった壁で仕切られた部屋もあり、中では白衣を着た人達が書類を挟んだボードを片手に何かを話し合っている。近くには歯医者にあるような寝台やパソコンも設置されており、そこだけが別の空気を放っていた。

 そちらに気を取られていた都季を見て、カウンターを背に立った悠は態とらしく咳払いをしてから言った。


「こほんっ。それでは、更科都季様を、これより『依人継承組』として依人の名簿に登録します。また、月神の『保有者』としての特別入局登録もいたしますので、緊急の際には当局より通知が届きます。そちらを最優先としての行動をよろしくお願いいたします」

「は――」

「面倒だのぅ。堅苦しいのぅ」

「……つっきー」


 都季が「はい」と頷くより先に、肩にいた月神が心底面倒くさそうに答えた。さらに、都季の肩に体を預けて干されている洗濯物のような態勢になる始末。都季が窘めるようにあだ名を呼んでも、彼はそっぽを向くだけだった。

 こんなにもだらけた性格だっただろうかと記憶を探るも、あながち否定できないという結論に至り、都季は小さく溜め息を吐いた。

 月神曰く「面倒で堅苦しい」悠は、片手に持っていた書類を後ろのカウンターに置いて、不満を抑えることなく全面に出して言う。


「僕だって、好きでこんな堅っ苦しい言い方で面倒なことしてるんじゃないんですよ? 日本人は『形式』ってものを重んじるので、それに則ってあげただけです」

「すっごい上から目線だけど仕事だろ? 依人の管理とか、登録とか」

「管轄外」

「…………」

「とまではいかないんですけどね」

「どっちだよ」


 ピシャリと言い放った言葉をあっさり訂正する悠に遊ばれているのを感じた。もしくは八つ当たりだ。

 今、都季は魁のマンションを出て、十二生肖が幹部を務める『特殊管理局』に来ていた。

 恵月町の東北、北区でも端に近い場所にあり、ここからさらに東へ十分ほど歩けば天降神社がある。

 局の周囲に高い外壁はあるものの、見た目は近代的な五階建てのビルで、同じ敷地内の東側には三階建ての訓練所とグラウンド、西側には六階建ての寮が二棟と中庭が併設されている。

 ちなみに、茜は「訓練所に用事がある」と言って、出迎えた悠と一言二言会話してから別れた。

 局の主な仕事は今いる中央のビルで行われているとのことだが、魁と琴音、悠に続いて自動ドアを潜って入った一階は何の変哲もないロビーだった。一瞬、本当に幻妖や依人を取り締まっている場所なのかと疑ってしまうほどに。


 ――案外、見た目は普通なんだな。

 ――最初から怪しい雰囲気出してたら、依人になりたての人に怖がられますからね。


 悠とそんな会話をした都季だったが、受付の右手側にあった大きな扉を潜ると、暢気にしていた自分を殴りたくなってしまった。

 手前の役所のような雰囲気はまだ分かるのだが、奥の個室や受付を待っている人には普通とは違う部分がある。


(さすが、依人を管理している場所なだけはあるか……)


 ちら、と再度奥の部屋を見た都季は、平然とした顔で部屋に入った狼の顔をした人間に小さく息を吐いた。

 依人や幻妖しかいない空間であるせいか、ここにいる依人と思わしき人達はほとんどがその本性を露わにしている。

 部屋に入った際に魁から各場所の説明は聞いたが、狼頭の人間がいる個室は『識別室しきべつしつ』と言い、依人や幻妖の種族や細かい能力を調べているようだ。

 都季は自分もあの部屋で調べられるのかと思ったが、今回は事例が事例なので十二生肖権限で飛ばしてくれた。その代わり、登録の手続きは十二生肖が行うことになったのだ。

 そして、手前にある『管理課』と書かれたプレートが天井から下がるカウンターに行き、悠が事情を説明して以降、先の堅苦しい発言に至る。

 都季の肩にいるのが月神だと知った瞬間の周囲のざわめきも記憶に新しい。

 面倒臭がる悠を見かねた魁と琴音が軽く窘める。


「本来なら、依人の登録作業はここの管理課の管轄だけど、識別室飛ばすんだから仕方ないだろ。一応、俺ら上の役職だし」

「下手に調べて、月神に影響が出ても困るし……」

「はいはい。分かりました、分かってます。それに、僕らがやらなきゃいけないとこはもう終わったからいいですよ」


 あとの処理は任せたよ、と悠はカウンター越しに狼狽えていた女性に書類を渡して言った。

 女性が緊張した面持ちで頷いたのは、局のトップである十二生肖や月神を前に畏縮しているからだ。

 ただ、それは彼女に限らず周囲にいる他の局員も同様で、課長らしき人物も先ほどからこちらの様子をちらちらと伺っているのが見てとれる。

 そのことに気づいた琴音は、申し訳なさそうに視線を落とした。


「……ごめんなさい。普段、私達があんまり来る場所じゃないから……」

「役職は上でも、まだ高校生なんだから、もっと力抜いてくれって」

「い、いえ、そういうわけには……。十二生肖の皆様はもちろん、更科様は月神様の大事な御方ですから」


 萎縮しているのを直してもらおうと魁が言うも、彼女は余計に肩を縮めてしまった。

 月神は諦めたように溜め息を吐く。

 十二生肖を前にしてもあまり態度を変えずに接するのは、この局の中でも一部の部署のみだ。今いる部署は、普段から関わりが少ないせいで慣れていないのだから仕方がない。


「まあよい。昔からの染み着いた習慣のようなものだ。今さら変えようとして変えられるものでもあるまい」

「…………」


 月神は対応に慣れているせいか退屈そうに欠伸まで零している。

 ただ、都季は悠の表情が一瞬だけ険しくなったことに気づいた。


「ゆ――」

「ああ、そうだ。都季はまだ学生故、主な護衛はこやつらに任せて、残り三年は局には入らんからな」

「え?」


 突然、月神が都季の肩から飛び降りてカウンターに立ったかと思えば、何の脈絡もなくそう言った。

 思いもよらぬ展開に、都季が悠に「どうかしたのか?」と問うはずだった言葉は消えてしまった。もちろん、問われることを知らない悠が答えることもない。

 そんな悠は、月神の言葉に対して注意の意味も込めて返した。


「僕らも学生だから強くは言えませんが、さっきも言ったように、呼び出しには応じてくださいよ? 月神の存在は、いるだけで僕らの能力が向上するんですから」

「無論。だが、普段まで局で過ごすこともなかろう」

「つっきー……」


 表面上では頷いていた都季だが、本当は今までと同じような生活を送れるのかと心配だった。

 魁達は今までに近い状態にすると言ってはいたものの、それはあくまでも魁達が独断で言ったことに過ぎず、局からその許可が降りるかはまた別の話だ。

 だが、月神の配慮に感動したのも束の間。

 彼の一言でそれは粉砕された。


「我が外に出るのに良い理由にもなるからの」

「本音それだろ!」


 都季は、「良い退屈しのぎを見つけた」と言わんばかりの月神に思わず声を上げた。

 対する月神は反省をするどころか、今までを思い返して疲れたように言葉を続ける。


「局では話し相手には困らんが、来る日も来る日も同じ顔、同じ風景……しかし、外にはおもし――いや、異変があるかもしれぬ。それを知り、均衡を保つのも大事な仕事だ」

「もう本音漏れてるから。退屈なんだろ」

「左様」

「開き直るなよ!」


 ふんぞり返った月神に口調を強くすれば、カウンターの向こうにいた管理課の女性はひどく驚いていた。そう易々と神に語調を荒くする人がいないからだ。

 月神は「我に正面切ってああだこうだ言うのはお主くらいだの」とぼやきつつ、何かを思い出して急に話題を変えた。


「そういえば、紫苑の具合はどうだ? この前は姿を見せておったし、宝月も安定しているようだが……」

「虎兄は昨日から正式に復帰していたようです。都季先輩を助けたあの時から。……まぁ、いつもの如くイノ姐にぞんざいに扱われていたので、また傷が開いてるかもしれませんけど」

「今、訓練所にいるみたいで、イノ姐が迎えに行ってるっスよ」


 茜が訓練所に向かったのは、出社している紫苑を呼びに行ったためだ。

 昨夜、茜に雑に扱われていた青年のことだとは話の流れから一致させることができた。悠の発言からして、今まで怪我が原因で休んでいたようだ。

 都季は戦闘が終わるなりすぐに倒れてしまったため、まだ紫苑と挨拶をしていない。

 今後のことを考えれば会ったほうがいいのかと考えていると、月神が別の件を先に出したため、それは一旦後回しになった。


「ふむ。ならば、一度地下に行くぞ。紫苑の様子も見たいが、『分神』も気がかりだ」

「了解っス」

「ぶんしん?」

「『分』けられた『神』で『分神』な。月神の力から生まれた二柱の幻妖で、月神が局にいないときはあいつらが代行なんだ」


 移動を始めた魁達について行きながら問えば、簡単に説明をしてくれた。ただ、「月神から生まれた幻妖」と聞いてもどんなものか想像がつかない。

 魁の説明からすれば月神と同じような姿なのだろうが、その想像を月神本人が否定した。


「我の姿とはまた異なるぞ。意思などは我と通じてはおるがな」

「じゃあ、姿の違うつっきーが他にもいるって思ったらいい?」

「それで大丈夫だと思う。でも、普段は、仕事の時とちょっと違うかも……」


 力などは月神と同じでも、体は月神とは別だ。その上、月神から『生まれた』となればそれ相応の自我もある。

 琴音が言う仕事と普段が違うのはそのせいだ。

 すると、悠がその『普段』を月神を基にして例えた。


「片方はともかく、もう片方は月神の鬱陶し――無邪気さを二割増しにした感じですよ」

「おい」

「虎兄も復帰したことですし、徐々にですが気候も平年どおりのものになりますから、都季先輩は体調に気をつけてくださいね」


 悪口をほぼ言ってしまっている悠に月神が不満そうに声を上げたが、彼はさらりと流して都季に笑顔を見せた。

 再びロビーに戻ると、今度は右の突き当たりにあるエレベーターに向かった。

 魁達の姿や都季の肩にいる月神を見た局員が驚いたような顔をしていたが、すぐに平静を取り戻すとそれぞれのやるべき事に戻っている。

 慣れない対応や反応の数々に、都季はエレベーターを待ちながら小さく溜め息を零してしまった。


「大丈夫か?」

「うん、なんとか。魁達っていつもこんな感じなのか?」

「そうだな。最初は違和感あったけど、もう気にしてないな。さっき、改めて言ってみたけどあれだったし」

「『幹部』ってついてるとおり、平局員にとって僕らは上司ですからね。いるだけでプレッシャーみたいですよ」

「警邏の皆や、調律師さん、情報部の人は、まだ楽……」

「そっか。やっぱり、それだけ魁達は偉い立場なんだな」


 そう返しながら、再び小さく溜め息を吐く。

 ここに来て、魁達が十二生肖として周囲に尊敬や畏怖の対象となっているのはよく分かった。年齢でいえばあり得ない光景に、どこか現実離れしたものを感じる。未だに実感が湧かないのはそのせいもあるのだろう。

 悠はそんな都季の思考を読んだのか、降りてくるエレベーターの階数を表示するランプを見ながら言う。


「年下……しかも未成年の、僕に至ってはまだ高校生にもなっていない子供ですが、力は普通の依人を圧倒するほどはあります。だからこそ、彼らは僕達に畏敬の念を抱き、下にいることに納得しているんです」

「やっぱり、ここの職員の人は皆……」

「ええ。皆、依人か特体者ですよ。八割が混血組か継承組で、あとは血統組と特体者が少しずつですね。じゃないと幻妖相手の仕事なんてできませんよー。どっかの組織は別ですが」

「た、確かに」


 一般人に明かされていないのなら、働いているのは必然的に幻妖世界を知る人のみになってくる。さらに、幻妖の姿を視認できなければ仕事にならないのだ。

 愚問だったかと、都季は顔に熱が集中するのを感じた。悠の「どっかの組織」という言葉を追究する余裕もない。


「でもまぁ、自覚はないでしょうが、月神を保有する都季先輩も十分、周囲を圧倒しているんですよねぇ」

「え」

「さ、乗ってください」


 到着したエレベーターに自然な流れで悠が先に乗り込み、開くボタンを押しながら唖然としていた都季を促す。

 ハッと我に返った都季は慌てて乗った。

 自身が周囲を圧倒しているとはいえ、それは月神がいることが大きいだろう。


(そうだ。俺自身じゃない。つっきーは幻妖界の長だって話だし、圧倒するのも当然だろ)

「困惑しておるのぅ」

「うるさいな」

「はいはい。着きましたよ」


 都季の心情を知った月神がニヤニヤとしながら指摘する。言葉できちんと伝わるわけではないが、乱れた感情を読み取れば分かるものだ。

 それに拗ねたように返せば、悠がそれを宥めに入った。

 エレベーターの電光板が地下一階を示し、早くも扉が開く。目的の階はすぐ下だったようだ。

 ひんやりとした地下特有の空気が流れ込む。

 エレベーターから真っ直ぐ続く廊下は白く、リノリウムの床が天井の蛍光灯を反射する。照明が多いおかげで地上階と変わらない明るさだ。

 少し歩けば左側の壁に金属質の重厚な扉があり、「送還室」と書かれたプレートが掛けられていた。


「保護した幻妖はここで幻妖界に還すんだ。中には送還用の陣があって、そこからなら神降りの木を通じなくても還れるんだ」

「送還の仕事は、この向かいにある調律部にいる調律師の仕事の一つなんです。幻妖のことにはかなり詳しいので、機会があれば話してみてもいいでしょう」


 悠が視線で示した送還室の向かいには、「調律部」と書かれたプレートが掛けられた薄めの扉があった。

 扉の左側の壁は識別室と同じく上半分がガラス張りで、中の様子を見られるようになっている。

 室内では十人ほどの男女がパソコンを操作していたり、書類を片手に話をしていた。

 身に纏っている服はデザインこそ魁達と似ているが、色は白を基調としている。先ほどの事務関係の人達は普通のスーツであった辺り、制服は部署によって異なっているようだ。

 今は中に入って話すほどの時間はないが、日を改めて来るのもいいだろう。

 仕事をする調律師を見ながら歩けば、月神は室内を見渡して目的の人物がいなかったのか小さく息を吐いた。


「『彼女』は外出中か。忙しないのぅ」

「調律師って少ないのか?」

「二十人前後はいるけど、各部署の人数からしたらそんなに少なくもねぇよ。でも、この間の件でこっちもまだ何人か休んでるから、今動ける全員がここにいる感じだな」

「月神の言う人は警邏の人と一緒に外にいることが多いので、滅多に会わないかもしれません。局で会うより、外で会う確立のほうが高いと思いますよ」


 調律師に関しては無理に会う必要もないようだ。十二生肖もまだ会っていない人はいるが、今日は都合が合わず、紫苑だけが局に来ている。

 調律部を横目に進んだ先には金属の扉があり、横にあるパネルを操作して開く。

 数メートルの距離を開けた奥には、神社の本殿にあるような大きな扉があった。細かな彫刻の施された両開きのそれは、周囲の雰囲気と違っているせいか浮いて見える。


「この先が、月神の『器』を保管していた場所です」

「あの破綻組、ここから月神を盗み出したんだぜ? さっきの扉だけじゃなくて、中には分神や虎兄もいたのに、逆に感心したな」

「まぁ、あの時は、虎兄の怪我の影響で分神も力が安定していませんでしたし、人も出払っていましたからね。今は調律師か警邏の人が、最低二人は局に常駐するようにと伝えていますから、心配はありません」


 扉だけならまだしも、警備の目があれば安全性はより一層高まる。

 局に侵入しようとする依人は少ないだろうが、一度あった以上は対処をしなければならない。


「それじゃ、都季先輩。開けますね」

「う、うん」


 悠が声をかけてから魁と共に外開きの扉を開く。

 徐々に見えてきた扉の向こうは、仄かに青い光で満たされていた。




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