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十二生肖異聞録  作者: 空川香
一章 裏側を知る者
18/28

18話 衝突


「つっかれたー」


 客のいない依月のフロアで、魁は手近な席にどかっと座った。琴音や悠も疲労を滲ませ、琴音は魁の近くの席に、悠はカウンター席に座って一息吐く。

 破綻組の取り締まりを終えた魁達は、報告のために依月に来ていた。

 今日、依月は定休日で店を閉めているが、茜は店の二階にある居住スペースにいるため、連絡さえしていれば店に入れてくれる。

 窓のロールスクリーンをすべて下ろしている今、外からの視線を気にすることもない。

 悠はカウンターに突っ伏しながら魁のぼやきに頷いた。


「ホントですよ。『警邏部』の人達は何してんの? 寝てんの? 依人にやられた後から、ずっと僕らだけが動いてばっかなんですけどー。大体、あんなのに簡単に倒されるって、どんだけ甘い訓練してるんですか。復帰したら叩き直してやる」

「おーい、悠。本音だだ漏れ」

『警邏の人達が聞いたら胃を痛めそう』

『胃潰瘍!』

「事実だし」


 警邏部は局にある部署の一つで、依人や幻妖の取り締まりが主な仕事だ。最前線に立つために戦闘が多い部署でもあり、十二生肖もここに属している。

 だらしなく両腕を伸ばして突っ伏す悠を、テーブル席にいる魁が呆れたように軽く叱った。


「俺らも警邏だぞ? 動かないとダメだろ」

「だぁって、僕ら以外に働いてます?」

「荒んでんな……」

「ぐだぐだ言ってんじゃねーよ。第一、局の人数が少ないから任せろって言ってたのお前だぞ」

「むー」

「んなこと言って許すのはお前のファンだけだからな」


 口を尖らせる悠の頭をカウンター越しに雑に撫でる茜だが、最近の異様なまでの破綻組の増加には首を傾げたくなる。

 今まで破綻組を取り締まるのはせいぜい、二日か三日に一度あるかないか。大抵は幻妖相手が多いのだ。

 悠は乱れた髪を手櫛で整え、前髪を左右に分けて小さな薔薇が付いたピンで留めた。


「女かよ」

「ファンの子から貰ったんですー。魁先輩も使います?」

「いらねぇよ!」


 元々、前髪が長い悠は、よくヘアピンを変えたり留め方を変えている。その数は同じ物を見るのが一ヶ月近くはないほどだ。

 一度、「邪魔なら切ればいいのに」と言ったが、彼は「せっかくピンを貰っているのに勿体ない」と伸ばしたままにしている。

 二人のやり取りを魁の向かいで聞いていた琴音は、ふと、何かに気づいて入口を見た。


「……更科君?」

「都季がどうか――」


 小首を傾げる魁の言葉を遮ったのは、けたたましく開いた扉の音だった。

 店に現れたのは帰ったはずの都季だ。肩で息をし、その表情は焦りや不安、憤りが混ざっている。

 店休日なのに依月に来たのは、まず茜に話をしたかったからだ。ロールスクリーン越しに明かりがついているのが分かり、店の入口を開けるのに躊躇いがなくなった。


「っ!」

「琴音、大丈夫だ。こっち来い」


 条件反射的に都季の心を聴いてしまった琴音が青ざめた。

 茜が優しくも緊迫した声音で呼べば、素直にテーブル席を立って彼女の元に駆け寄った。

 ただならぬ雰囲気に悠は一瞬だけ顔を険しくさせた後、いつものような笑みを浮かべ、空気を和らげようと席を立って茶化し気味に言う。


「どうしたんですか? 都季先輩。怖い顔しちゃってー。琴音先輩が怖がっちゃってますよ?」

「全部、聞いた」

「何をです?」


 扉がカラン、とベルを鳴らしながら閉まった。営業中と違い、音楽の流れていない店内には足音すらよく響く。

 店内に進んだ都季は魁のいるテーブルの隣に立った。

 都季の体から刻裏の霊力の残滓を感じ取り、琴音を除いた三人が揃って顔を歪める。

 だが、今の都季にそれを取り合っている余裕はない。


「巫女がなんで死んだのかも、その子供がどうしているのかも」

「狐さんに何を吹き込まれたか知りませんが、あの人の話を鵜呑みにしないほうがいいですよ」

「じゃあ、なんで話してくれなかったんだ!? 俺が知っちゃいけないことだったか!?」

「落ちつけ、更科。琴音が怯えてる」


 茜は震える琴音を抱きしめながら、優しく頭を撫でてやっていた。他者の心が聴こえる彼女にとって、人の感情は時に凶器と同じだ。

 その様子に申し訳ない気持ちにもなったが、込み上げた感情はもはや都季自身でも制御できなかった。


「今まで黙って流されてきてた。でも、刻裏の話が本当なら、最初から全部仕組んでたんじゃないのか?」

「仕組んで……って、おい、魁。なんの話だ?」

「いや、えっと……」

「俺の両親を見殺しにした上に、俺を利用してたのかよ!?」


 しんと静まった店内。車が外を走る音だけがやけに大きく聞こえた。

 誰もが口を閉ざし、空気だけが重く圧し掛かる。

 その静寂を破ったのは、嘲笑うように言葉を放った悠だ。


「ふざけたこと言ってんじゃないですよ」

「え……?」

「悠!」


 普段の柔らかい笑みはどこにもなかった。あるのは、都季を侮蔑する冷たい瞳だけだ。

 御黒と茶胡が悠の変化に小さく鳴いてカウンターに移動した。


「今までのことは全部僕らが仕組んでいたことで、都季先輩を利用してた? わぁ、まるで何かの物語みたい。ホント……寝言もほどほどにしてくださいよ」

「悠、どうしたの……?」

「もし、僕らが仕組んでいたなら、月神が貴方の中に入ったことは早々に局の全員に共有します。必死に隠すほうがバカみたいじゃないですか」

「おい、やめろ」


 月神が都季の中にあると知らない茜は怪訝な顔をしただけで、咎めることはしなかった。

 制止する魁を無視して、苛立った様子の悠は都季に歩み寄って続けて言う。


「もう気づいているみたいですけど、決定的な事実を言いましょうか? 何をしたって、貴方は逃げられないという根拠を」

「悠、もういい加減に……」

「先輩のご両親は僕らと“同じ”です。正確には、父親は政府と局の繋ぎ役。母親は巫女の血筋。『何も知らない一般人』なんかじゃない。それを話していなかったのは事実ですから、責めるなら責めればいい。でも――」


 刻裏の話から察してはいた。けれど、言葉として突きつけられ、何かが崩れるような音がした。

 悠の顔には、憤り以外にもなぜか悲しみが混じっている。


「被害者面して逃げようったって、貴方は元々“こちら寄り”の人間なんだから無駄だよ。仕組んでいなくても、いずれこっちに来るんだ」

「黙れ、悠!」

「っ!!」

「魁!」


 怒鳴った魁が悠の肩を掴んだ直後、鈍い音と椅子の倒れる激しい音が響いた。

 魁が悠を殴り飛ばした音だと都季が理解したのは、斜め後ろで倒れる悠の姿を見てからだ。

 慌てて悠に駆け寄った琴音は、彼の背に手を添えながら起き上がるのを手伝う。厨房から出てきた茜だけは、ただ腕を組んで状況を見守っていた。

 都季は頭が冷静になっていくのを感じた。そして、自身が何を言ったのかを。


「……ごめん」

「都季! ちょっと待っ――」

「待つのはお前だど阿呆」

「ぐえっ」


 店を出る都季を呼び止めようと魁が手を伸ばす。

 だが、あと少しのところで襟を掴まれ、手は空を切った。蛙を潰したような声が漏れ、咳き込みながら引き止めた主を……いつの間にか背後に立っていた茜を振り返った。


「げほっ。な、にすん、だ……よ……」

「お前らはあたしに隠れてコソコソと何をやってるかと思ったら……なぁ? 魁」

「は、ははっ……」


 振り返った先にいた茜は、綺麗な笑みを浮かべていた。こめかみに青筋が見えさえしなければ奇跡に近い笑顔だ。

 ぎこちない笑みで返せば、襟首を掴む手に力が入った。


「なぁ、月神が誰の中に入ったって?」

「うっ」

「……破綻組が持ち出した日、都季先輩が彼とぶつかって、その時に入ってしまったんです」


 もう隠す必要はないと、悠はそっぽを向きながら言った。口の端が切れて流れた血を手の甲で拭う。殴られた左頬はまだ痛むが、怯んだ魁では事情説明が難しいと思ってのことだ。

 つい先ほど激昂していた魁は、今や叱られる子犬に見えた。


「煉に探らせてたが、アイツ黙ってやがったな」

「煉さんは、悪くない。私達が、ちゃんと話していれば……こんなことには、ならなかった」


 都季を危険な目に遭わせることも、疑心暗鬼に陥らせることもなかった。

 それについては茜もフォローのしようがなく、深い溜め息を吐いた。

 すると、魁が気まずそうに茜を横目で見ながら顔を顰める。


「でもよ、都季の両親があの人達だってのは初耳なんだけど。会った時の都季って霊力とかとは無縁だったし、話に聞いてもないから、てっきり境遇と苗字が同じだけかと思ってた」

「あの事故は僕らも継承する前ですし、不都合な記憶は引き継ぎませんからね」

「都季が巫女の血筋だって知ってるのは、十二生肖でも一部だけだ」

「え?」


 悠に関しては先代までの記憶を部分的に受け継ぐため、都季について存在くらいは知ることができる。辰の龍司も同様に受け継いでおり、初対面のように接してはいたが最初から都季のことを知っていたはずだ。

 しかし、茜も知っていたとなれば、今まで一般人の相手と同じように接していたのはなぜか。

 訊ねようとした魁だが、茜は早々に話を切り上げた。


「とにかく、詳しい話は後だ。今は……っと、なんだ?」


 ポケットに入れていたスマホが鳴り、茜は魁から手を離して取り出すと、ディスプレイに表示された名前を確認してから電話に出る。

 通話の相手は、いつもの穏やかな口調とは違って堅かった。


《龍司です。少し厄介なことになりましたよ》


 十二生肖同士であれば支証を使って通信はできるのだが、周囲に一般人が多い時などは不自然な姿になるため、スマホを使うようにしている。

 龍司はどこか外にいるのだろう。時折、車の走る音が聞こえてくる。


「それは更科が月神を取り込んでるレベルか?」

《あはは。やっぱり、彼は取り込んでいましたか》

「笑い事じゃねーよ。今、アイツは一人でどっか行っちまったんだ」

《……それはまた、一大事ですね》


 笑った龍司に呆れつつ、彼の言葉を待つ。月神に関して察していた上で厄介なことが起こったと言うからには、都季とは別件のようだ。

 龍司は再び声音を引き締める。茜も魁達に聞かせるべきと判断し、音を外部にも聞こえるようにスピーカーへと変えた。


《取り締まった破綻組から聞いたのですが、どうやら巫女の子供の正体が広まっているそうです》

「で?」

《手っ取り早い話が、殺して力を奪おうとしている模様ですよ。ついでに、月神の力も手に入れられて一石二鳥、と》

「んな無茶な……」

《初めは、巫女の血筋の力を奪えば月神から力を引き出せると考えているのかと思いましたが……なるほど。器がどこにあるかも知られていそうですね》


 月神の力は元人間の破綻組が受け入れられるようなものではない。それは茜達、十二生肖であっても同様だ。都季は器が体内にあるからこそ、なんとか保有できている状態だ。

 どこから誤った情報が広がったかは、まだ龍司も掴みきれていない。しかし、都季の警護をもっと厳重にするか、もしくは局で一時保護が必要と判断して向かっている途中だった。


《破綻組はどんどん集まってくるとのことですし、まだ取り締まりきれていない人達もいます。今、私も向かっている途中でしたが、先に更科さんを見つけるよう、警邏に新しく指示を出しましょうか?》

「いや、警邏には引き続き破綻組を追わせろ。厄介な巫女の子供はあたしら十二生肖で探す」

《承知しました》


 電話を切れば、共に話を聞いていた魁達が神妙な面持ちで茜を見ていた。

 溜め息を一つ吐き、茜は入口へと歩きながら言った。


「他の十二生肖にも連絡はする。こうなった以上、黙ってはおけない」

「……分かった」

「けど、更科はお前らの友達なんだろ? 見ず知らずの奴に保護されるよりはよっぽどマシだ」

「イノ姐?」

「“友達の更科”はお前らに任せる。あたしらは“巫女の子供”を探す」


 どちらも結果的には『更科都季』という一人の少年に当たる。しかし、誰が見つけるかでその後が大きく違う。

 十二生肖が見つければ、今後は巫女の子供として都季は局で保護される。そうなれば友人として接することはまず無理だ。茜が敢えて「友達の更科」と言ったのは、魁達が見つければ局への保護は見送るということだろう。ならば、今までどおり「友人」という形は残る。

 入口に手をかけながら、茜は挑戦的な笑みを浮かべた。


「都季に信用してほしけりゃ、あたしらより先に捕まえてみせな。“番犬さん”」

「なっ!」


 戸締まりよろしく、と投げられた鍵を琴音がキャッチする。困ったように魁を見れば、彼は呆然と固まったままだった。


「……魁」

「あー……なんか、大人には敵わねぇなー」

「……そうだね」

「――宝月制限解除。形態、神使」


 喚び出された暮葉は白いシェパードだ。魁の手にじゃれつき、今か今かと指示を待っている。

 その頭を撫でてやり、気を引き締めると同時に決意を固めた。


「暮葉。都季を探してくれ」

「ワンッ!」

「琴音は……悠が落ちついたらでいいから」

「うん」


 殴ったことが申し訳ないのか、魁は悠の名前を出すと視線を外した。

 悠も都季に厳しい言葉を使った手前すぐに動く気になれず、顔を顰めて床を見つめている。

 魁が店を出て、二人と二匹だけになった。

 御黒と茶胡が二匹で協力して、水に浸したハンカチを悠に渡す。水を絞りきれていないせいで、二匹は勿論、カウンターから床、近くのイスとテーブルが濡れている。


『冷やして』

『痛い』

「……ありがとう」


 ハンカチを受け取ると、二匹は体についた水滴を弾き飛ばすために遠慮なく体を振るった。

 飛んできた水滴に嫌な顔をしつつ、ハンカチを口元に当てれば傷が小さく痛んだ。

 琴音は倒れたイスを直し、悠に座るように促す。茜に叱られないためにも濡れた箇所を拭きながら、漂う沈黙を珍しく自分から破った。


「ねぇ、悠。あの言葉……自分に?」

「…………」


 どれかは言われなくとも分かる。都季に当たるように使った言葉は、すべて自分に言っているようだった。ここからは逃げられないと、自分で自分の首を絞めていた。

 口を固く閉ざした悠の心は、今までに聴いたことがないほどに多くの感情が混ざっている。

 何を言っても無駄だろうが、それでも琴音は宥めるように言った。


「月神は、悠達を選んだ。それは変えようのない事実」

「琴音先輩、今は聴かないでください」

「どう足掻いたって、もう元には戻れないんだよ」

「っ、琴音先輩は! 先輩は……っ、辛くないんですか!?」


 顔を上げた悠の表情は、今にも泣き出しそうなほどに歪んでいた。

 琴音もつられて顔を顰めてしまったが、すぐに俯いて襲いかかる感情を振り払う。自身まで飲まれてしまっては収拾がつかなくなる、と。


「僕らは十二生肖は所詮、人柱だ。何かあったら命を懸けて月神を守らなきゃいけない。どうして? なんで僕らが……今まで何人、犠牲になったと思ってるんだ!?」

「悠……」


 記憶が受け継がれてきたからこそ、悠には今までの十二生肖の苦しみが分かる。また、任務中に亡くなった人がいることも、責任の重圧に耐えきれずに自害した人がいることも。

 他の十二生肖に比べて若い悠にとって、継承された時の辛さは他人では計り知れない。


「なんであの人だけ逃げられるんだよ! 本当は一般人じゃないのに……なんにも知らないくせに、なんで……」

「それは、当たり前だよ」

「え?」


 自信のない喋りが多い琴音が、少し強い口調で言った。彼女は座ったままの悠の隣に立つと、困惑の色を浮かべた悠を真っ直ぐに見据えて言葉を続ける。


「言わないから、分からないし、ぶつかるの。更科君は、きっと、全部知ったら全部受け止める。今は、いろんなことが一気にきて混乱しているだけ」


 知らされていなかった事実を刻裏から聞かされて、どうして黙っていたのかという小さな疑問から、都季は疑心暗鬼になった。

 都季の両親について琴音達は知らなかったが、茜達は知っていた。ならば、出会った時に話していれば、違った未来があったかもしれない。


「そんなこと、分からないじゃないですか。今までのは、ただ状況に流されてきただけって可能性もあるんですよ」

「ううん。更科君は、私達と同じように、いろんなことを乗り越えてきているから……月神が入った時だって、仕方ないけど受け入れてる。月神に馴染んでる。流されるっていうのは、『面倒だから』とか、『空気を読んで』とかだけじゃなくて、『受け入れたから』っていうのもあると思う」


 幻妖の世界は非現実的で危険が多い。順応性が高いとしても、そう簡単に慣れたり受け入れたりはできないはずだ。しかし、都季は「月神」という意味の分からないものの器が入ったと聞いて、さほどパニックを起こさずに話を聞いてくれている。

 琴音は依人を知って拒絶する一般人を多く見てきた。もちろん、悠や魁もだが、表面上で「大丈夫だ」という人も実は怖れていたのだと知っている。そして、それが遠からず表面化し、問題になることも。そのたびに、悠が記憶を弄って消してきた。

 記憶を弄ればいいと、自分達も安易に考えて悠に押し付けていたのだと、琴音は今さらながらに反省した。


「私は、更科君に全部話すよ。言葉が上手くないから、ちゃんと伝わるかは分からないけど……でも、知ってほしいから」

「知ってもらって、どうするんですか?」

「それは……更科君次第。巫女の末裔として局に入るなら、全力でサポートするし……今までどおり、月神を取り込んでしまっただけの友達なら、月神が離れるまで守る」

「拒絶される、っていう予想はないんですね」


 いつの間にか、悠は頬杖をつきながら琴音を冷静に見ていた。

 琴音にその予想はなかったのか、目を瞬かせている。やがて、少し恥ずかしそうにはにかんだ。


「それは……ない、かな」

「どうして?」

「だって、更科君は人に拒絶される辛さを知っているから」

「…………」


 さすがの悠も言葉を失った。そして、都季が両親を失ってからどこにいたのか、そこでどんな扱いを受けていたかを思い出した。

 だが、それだけで都季を信じられるかと問われれば、悠の出す答えはNOだ。


「例えば、いじめを受けた人がその後、他のいじめに加わらない可能性は百パーセントではありません」

「……そうだね」


 辛さを知っているからといって必ずしもしないとは限らない。自身の保身に走れば同様の真似をすることもある。

 悠の話に頷きつつ、琴音は視線を落とした。


「あの人が魁先輩を手当てしたっていう話、知ってます?」

「うん」


 それがきっかけで都季と魁、琴音は話すようになった。

 今まで一般人との交流をほとんど持たなかった魁が、初めてできた普通の友達だと喜んでいたのを思い出す。また、他のクラスメイトとも話すようになったと。

 悠はまた嘲笑を零した。


「バカですよね。人間不信になりかけの人が、他人の手当てをするんですよ」

「……そうかもね」


 都季の記憶を覗いた時に見た、彼の中学時代の交友関係を思い出す。

 最初は同情心と好奇心から寄ってきたクラスメイトが、都季が母方の実家でどのように扱われているかを知った瞬間、手のひらを返して彼を集団の輪から弾いた。不幸中の幸いと言えるのは、いじめでよくある教科書やノートを捨てられたり破かれたり、暴行されたりなどの実害がなかったことか。

 しかし、仲間外れにされることが続いたことで、彼は自分から他人との関わりを避けるようになった。

 だというのに、煉と喧嘩をして怪我をした魁のことは放っておかなかったのだ。


「あの時、『無視』っていう一種の拒絶をしなかったからこそ、都季先輩が同じ真似をする人じゃないってことも分かっています」


 半ば投げやりな言葉に琴音は顔を上げる。

 発言が恥ずかしかったのか、悠はテーブルに手をつくとわざと大きな音を立てて席を立った。不思議そうに見てくる琴音に、半ば諦めたように言う。


「惑わされやすい、厄介な先輩のお友達を探しに行きますよ」

「……うん!」

「魁先輩に仕返ししないと気が済まないし」

(魁、逃げて!)



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