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32.奉納

 その頃の第六小隊。屋敷の一室。


 昼下がり。


 窓から差し込むやわらかな光の中で、四人は思い思いにくつろいでいた。


 アビーは椅子に腰掛けてライトノベルを読み、リーゲルは黙々と庭で摘んだ好みの名もなき花達を生け花にしており、エデンはベッドに寝転がって、CDプレイヤーに繋がれたイヤホンから好きな音楽を聴きながら天井を見ている。


 彼女が聴いているのは、いかにもお嬢様が聴くような優雅なクラッシックではなく、激しいヘビィメタルである。シャカシャカという重低音がイヤホンから漏れ出している。この箱庭では親や婚約者の目を気にせずに好きな音楽を聴けることを彼女は気に入っていた。


 そんな中、ジェイドだけが妙に神妙な顔で口を開いた。


「ところで……殿下の性癖……あれ、マジ……?」


 アビーがすぐさま顔を上げた。


「お嬢様がマジとか言わないでくださいまし」


 リーゲルは手元を見たまま、淡々と答えた。


「……マジ。女の子のパンツのクロッチに異様に執着してる。殿下の部屋にはレベッカ達のパンツが100枚以上コレクションされているってもっぱらの噂」


「ほんと……アレさえ無ければねぇ……」


 アビーが思わず突っ込む。


 エデンは半眼のまま、片耳だけイヤホンを外して様子をうかがっていたが、そのうち、自身も会話に加わる。


「……まあ、公然の秘密だよね。殿下の性癖がゆがんでるの。あの美少女めいた顔で下着に鼻の下伸ばしてるだけならまだ可愛い、ギャップ萌えになるけど、パンツの染みまで来ると途端に「マジモン感」が出て来るのよ」


 ジェイドはそこで黙り込んだ。


 完全にスカイの脳死信者化した最近では珍しく、神妙な顔で黙考に入った彼女に、エデンが目だけでちらと視線を向ける。


「お、百年の思想もさすがに冷めたか?」


「いや」


 次の瞬間、ジェイドの目がかっと輝いた。


「素晴らしい!」


 部屋の空気が凍った。


「……は?」


 リーゲルが珍しく露骨に眉をひそめる。アビーは本を閉じ、エデンはゆっくりと起き上がった。


 ジェイドは一人、陶酔したように語り始める。


「きっと殿下は、我々には想像も出来ない感性をお持ちなのだ!! 凡俗には理解不能な高みへ到達した結果、そこへ至ったに違いない!」


「ウッソだろお前……」


 リーゲルの声が低く落ちる。


「解釈の仕方が最悪なんですよ」


 アビーも本気で引いていた。だがジェイドは止まらない。


「こうしてはいられない! 殿下の為に、月に一度、ここの隊員たちが自らの下着を奉納する日を設定しましょう!」


「奉納!?」


 今度はアビーの絶叫が響く。


「いや待って、なんでそこまで制度化しようとしてるの……?」


 エデンが本気で呆れた顔をした。ジェイドはそんな三人を見回し、胸を張る。


「ノブリス・オブリージュだ! 我々はアンポンタンな高位貴族のボンボンどもとは違うという事を示さねばならない!」


「示す方向が狂ってる」


 リーゲルが即答する。


「まずは範を示すべく、我々第六小隊の四人が今はいてるパンツを今すぐ殿下に捧げに行きましょう!」


「行かねぇよ!?」


 アビーが立ち上がる。旧ホーク派らしいお嬢様らしさは消えていた。


「……」


 エデンは顔を覆った。リーゲルは無言で困ったように額を押さえる。


「……さすがの殿下も、アポなしで凸ってパンツ脱いで置いていったらちょっと引くと思う」


「そんなはずはない!」


 ジェイドは断言した。


「私だってな。反省はするんだぞ。……今にして思うと、「母は自分を生んだせいで不幸になったんだ……」と思ってる年下の男の子に血筋マウント取るとか、だいぶ嫌な女だったぞ。昔の私」


「まぁ……それはそう」

 

 それについては自分も似たようなものなので強く言えないアビー。


「だからな。こうして罪滅ぼしとして殿下の好きなものを捧げようとだな……」


「いやー……殿下「そこまでは言ってない」って顔するよ。多分」


 エデンの冷静な一言に、ジェイドは不敵に笑った。


「ふふ……まぁ見ていなさい。偉大なる理解者とは、常に一歩先を行くものなのです」


 三人はほぼ同時に思った。嫌な予感しかしない。


 ***


 数時間後。スカイの私室。


 ノックもそこそこに扉が開いた。


「邪魔するでー」


 机に向かって事務仕事をしていた俺は、顔も上げずに返す。


「邪魔するなら帰ってー」


「ふふ、言葉の綾ですよ、殿下」


 ジェイドは当然のように部屋へ入ってきた。


 手には妙にふくらみのある小さめの紙袋を抱えている。


 俺はようやく顔を上げ、半眼になる。


「おめぇも大概、お嬢様らしさを捨てたよなぁ。初対面の時は「選ばれた血を引く私が、こんな庶子王子の風下に立つなど!!」とか言ってツンツンしてたのに」


「ふ……「目覚めた」のですよ。私は。あの頃の私は死にました。血の貴重さなど戦場では何の役にも立ちませんでした。殿下こそが真の救世主……」


「思想に殉じて死んだ親が聞いたら泣いて喜びそうだな……で?」


 俺は紙袋を指差した。


「何それ。プレゼントでも持ってきたか?」


「左様」


 ジェイドは得意げに頷く。


「本日は殿下に、ささやかな献上品を」


「え……本当にお前が俺に? なにそれ、爆弾?」


「そんなチヌーク姉妹みたいな事しませんよ」


「そこを比較対象に出すのもどうなんだ」


 ジェイドはにっこり笑うと、机の前まで歩み寄り、紙袋をひっくり返した。


 ばさっ、と軽い布の音がした。


 机の上に転がったものを見て、思わず表情が固まる。


「あの……ジェイドさん?」


「はい」


「これ……どう見てもパンツなんだが」


「第六小隊の脱ぎたてパンツでございます」


 ジェイドは胸を張った。


「殿下、好きでしょ? こういうの」


「ファッ!?」


 思わず素っ頓狂な声が出た。俺は困惑しつつ机の上を見下ろす。


 確かにパンツだ。しかも四枚。


「いやね、信者としては神に贄を捧げるのも使命かと」


「贄ってお前……」


 俺は頭を抱えた。俺がネクロディアみたいになってどうするんだ。


「そこまで言うと普通に怖いんだが」


 ちなみに箱庭で倉庫に補充される下着は年相応の可愛い綿系が多い。この4枚もそういう系統だ。ネクロディアの善意(?)か妙に俺の性癖に刺さる様なものが多い。


 あいつに性癖把握されてるのはだいぶ癪だが。


 じろりとジェイドを見る。


「お前本人のはともかく、他の三人のは?」


「言いくるめました」


「言いくるめた!?」


 こいつ……ネタキャラ枠の癖に教祖適正が高い!?


「すげーな、お前……」


「お褒めに預かり光栄です」


「褒めてねぇよ」


 ジェイドは相変わらずにこやかだった。むしろ、ここまでは想定済みと言わんばかりの余裕すらある。


「お気に召しませんでしたか?」


「いや……」


 俺はそこで机の上の四枚を見た。 その中の一枚。黒いショーツを手に取る。少しだけ沈黙する。


 それから咳払いを一つ。


「……貰えるものは、もらっておく」


「でしょうとも」


 ジェイドが満足げに頷く。


「いや、そこはツッコめよ」


 俺は自分で言ってから、自分で頭を抱えた。


「違うんだよ。ここで「いらねぇ」って突っぱねるのも、なんか角が立つだろ? 別に俺の欲望由来では無いぞ?」


「殿下はお優しい」


「全肯定されると、それはそれでやりずらいな……」


 ジェイドは机の上の4枚のパンツを指さしながら、実に晴れやかな顔をしていた。


「このピンクのがアビーの。白がリーゲル。ライムグリーンがエデンの。そしてまさに今殿下が手にとっておられる黒が私のです。どうぞ存分にお楽しみください……」


「いや、そんな慈愛に満ちた目で「お楽しみください」とか言われてもかえって困るんだが……」


「ほら、嗅ぐなり舐めるなり被るなりなんなりと……」


「本人の前でする勇気はねぇよ!!」


「なんなら私は今ノーパンです」


「はけよ?!」


「Comeoooooon!!」


「カモーン!! じゃねぇよ?! もう少しシチュエーションってもんを考えて?!」


「……せっかくですから、これを機に月例行事として制度化をしてはいかがでしょう。666の全隊員から奉納として使用済みパンツを徴発する軍紀を……こんな所までついてきた連中です。皆従う事でしょう」


「待てや。流石にまずいだろ。それは……」


「ですが」


 何で若干残念そうなんだよ。


「……考えてもみろ。150人が狂乱しながら贄として俺にパンツをささげる光景を。アステカの生贄の儀式もびっくりな地獄絵図だ」


「……残念です。殿下がお喜びになる顔を見たかったのですが」


 珍しくジェイドがしゅんとした。


 だが目はまったく死んでいない。むしろ次の布石を打つ顔をしている。


 俺はその顔を見て、心底げんなりした。


「お前、絶対また何か恐ろしいこと考えてるだろ」


「ふふ。信仰とは、常に前進するものです」


「やめろ。その前進方向が嫌すぎる」


 俺はため息をつきつつ、机の上の四枚をそっとまとめる。


 やっぱり受け取るんかい、と自分でも思ったが、もう今さらだ。


 その様子を見て、ジェイドは満足そうに一礼した。


「では私はこれで。ああ、殿下」


「なんだよ」


「他の三人にも「殿下はパンツにむしゃぶりつきながら、深く感謝していた」とお伝えしておきますね」


「やめろ!! 盛るな!!」


 扉が閉まる。


 部屋に一人残された俺は、机の上の紙袋と四枚の可愛らしい下着を見つめ、しばし遠い目をした。


「……あいつ、やっぱり危険人物だろ……」


 だが、その呟きとは裏腹に、しっかりとそれらを順にくんかくんかしていた。

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