31.確認
縁側。
昼下がりのやわらかな風が吹き抜け、庭の草を静かに揺らしている。空は青く、虫も鳥もいない。相変わらずこの箱庭は、妙なほど静かだった。
湯呑みに入ったインスタントココアを片手に、俺はぼんやり庭を眺めながら口を開いた。
「……ふと思ったんだが」
隣で書類をめくっていたエリザベスが、視線だけこちらへ寄越す。
「またろくでもないことを思いついた顔ですね」
「失礼な。いや、666って構造だけ見れば、お嬢様だらけの女学園に男一人転入してくるテンプレみたいだなって」
エリザベスは一拍置いて、静かに言った。
「落ち着いてください。普通のハーレム学園ものはPTSD抱えながら敵部隊虐殺しません」
「そこを落ち着いてくださいの一言で流すなよ」
「事実ですので」
俺は少し身を乗り出した。
「いや、構造だけ見るとだいぶ近いんだぞ? 閉鎖空間、女子だらけ、男一人、派閥あり、重い感情あり、バトルあり」
「ええ」
エリザベスは平然と頷く。
「違いはそのバトルが命の取り合いで、しかも勝ち方がかなり陰湿なことですね」
「身も蓋もない」
「普通のお嬢様学園ものは、せいぜい決闘大会でライバルを倒して絆が深まります。こちらは旅団を消してPTSDが深まります」
「言い換えると最悪だな……」
エリザベスは書類を閉じ、今度は少し楽しそうに続けた。
「あと、普通のお嬢様学園の背景モブは『クラスメートA』で終わりますが、666の背景モブは化石ハンターの父を持つカンブリア紀ガチ勢だったり、衛生兵狩りが趣味の効率厨狙撃兵だったりします」
「背景に置いとくには濃すぎるんだよな、あいつら」
「ええ。モブどころか全員に人生があり、戦歴があり、思想があり、だいたい情緒に地雷があります」
「ネームド150人制の弊害だな」
「強みでもありますけどね。殿下がいろんな角度から見られるので」
「そこはちょっと気に入ってる」
「でしょうね。幼馴染から見た殿下、参謀から見た殿下、依存対象としての殿下、教祖としての殿下、危険思想の頂点としての殿下。だいぶ味変が豊富です」
「主人公の見られ方としてだいぶ終わってるのが混ざってるな」
「ですが事実でしょう」
「否定はできん……」
風が吹いて、縁側の外の草がまた波打った。
少し間を置いて、俺は湯呑みを揺らしながら言う。
「そもそも普通のお嬢様学園ものなら、貴族令嬢たちはもう少し健全だろ」
「そうですね」
「うちは150人中96人が貴族階級だぞ。一見かなりお嬢様学園だ」
「ええ。一見は」
エリザベスはそこで、妙に事務的な口調になった。
「中身は妾腹24、没落や名ばかり貴族22、旧ホーク派の懲罰組6、私の様な下級貴族も山盛りという、だいぶ地獄みの強い内訳ですが」
「改めて数字にするとひでぇな……」
「なのでお嬢様学園というより、貴族社会の歪みを煮詰めた吹き溜まりの方が実態に近いですね」
「言葉選びが辛辣すぎる」
「でもそのおかげで、殿下みたいな庶子の王子を見下すより『我らが王』と担ぎ上げる方向に転びやすかったわけです」
俺は小さく鼻を鳴らす。
「普通の学園なら、顔が良くても所詮は庶子、で見下される。そこからなんやかんやあって認められる、のテンプレが作動するんだろうが」
「ええ。ですが666は、正統派お嬢様共同体ではなく、あぶれもの令嬢の寄せ集めですから。その過程をショートカットして皆で偶像崇拝する方になった」
「一応ジェイドなんかは最初まさにそんな「庶子王子に頭下げるなんて!」みたいなノリだったのに、最終的にどうしようもない現実の前に心が壊れて変な方向へ悟り開いてたし」
「この世界、思想強い子に対する当たりが強いんですよ。作者の性癖が「極端な思想持ってた女の子がぽっきり折れる瞬間」に興奮する性癖ですから」
その時、脇の柱に立てかけていたAKS74Uが倒れた。何故だか銃自体から絶望感を感じた。何か変なものでも憑いてるのだろうか?
「……お嬢様学園に一人だけ混ざった男主人公が、なぜか選民思想と家族思想の核になってるの、やっぱりジャンルがおかしい」
「落ち着いてください。普通のお嬢様ものは、王子様枠の主人公が狭い隘路に旅団を閉じ込めて皆殺しにしたり、敵大隊を崖から突き落として壊滅させたりしません」
「もうこの作品、普通のお嬢様ものの定義を守る気ないだろ」
エリザベスは涼しい顔で言った。
「比較するたびに、666がアンチテンプレの煮凝りみたいだと再確認出来ますね」
「ひどい確認作業だな……」
「でも安心してください」
「何が」
エリザベスは指を一本立てた。
「花見もあります。風呂もあります。お嬢様もいっぱいいます。条件だけ見れば、ちゃんと女学園ものです」
「戦歴と思想とトラウマとセックスを削れ」
「そこを削ると666ではなくなります」
俺はしばらく黙っていた。
結局、それに尽きるのだ。
お嬢様は多い。
花見もある。
風呂もある。
閉鎖空間で、女子だらけで、男は俺一人。
ここだけ見れば、たしかにそれっぽい。
だがその中身は、戦争と死と裏切りと執着を煮詰めたものだ。
女学園ものの皮をかぶっているくせに、実態は軍記物で、群像劇で、半ばカルト宗教観察日記でもある。
俺はココアを一口飲んで、深く息を吐いた。
「……ごもっともなんだよなぁ……」
エリザベスは何も言わず、ただ小さく笑った。
ストックが切れたので、以降は不定期更新になります。




