22.食事
夕食の時間。
長机にずらりと並べられたトレイ。湯気は立っている。匂いもそれなりにする。
――だが。中身はどう見ても。
「今日も見慣れたブラックバニア陸軍標準レーションだな」
チーズ、乾パン、謎肉と謎野菜の煮込みペースト、インスタントココア。それを俺はある種の安心感さえ覚えつつ眺める。
ネクロディアが呆れ顔で浮かんでいる。
「いや、君ら昨日も今朝もこれ食べてたじゃん。食材は倉庫に山ほどあるんだから、もっと良いもの作りなよ……」
俺は迷いなくチーズを口に運ぶ。
「いや、身体がこの味に慣れちまったからな」
塊のそれを、ちぎっては口に運ぶ。
塩気が強い。油っぽい。妙に粉っぽい後味。
「ああ……この感じ、飯って感じがする」
アリスが淡々と呟く。
「美味しいか美味しくないかで言ったら……間違いなく不味いんだけどね」
メアリーが続ける。
「でも普通の食事に逆に違和感が……」
オリヴィアが小さくため息をつく。
「衛生兵、それも侯爵家の人間がそれを言ったらもうお終いですわ……もう666の貴族組は社交界に戻れませんわ……」
それに対し、インスタントココアかき混ぜながら、ジュリアが真顔で言う。
「戻る予定もないだろ。王都は丸焼き。そもそも私ら死んでるんだから……」
「…………」
クリスティーナは乾パンを無言で砕いてココアに沈めている。
マリーは謎ペーストをつついている。
「これを食べてると安心する自分がいる……。戦場じゃ食事が唯一のご褒美だったわよね」
ポーリンがそれに合わせて小さく笑う。
「3食を落ち着いて食べられるって、それだけで嬉しかった」
ネクロディアが眉をひそめる。
「いやいやいや。今は戦場じゃないよ? 肉も野菜もスパイスもあるんだよ? なんでわざわざそれ?」
シャーロットが控えめに手を挙げる。
「……明日はカレーでも作ってみる?」
ミカエラが即座に乗る。
「いいな。乾パンにかけて……」
俺はぴたりと動きを止めた。
「それ、結局レーション飯じゃね?」
一瞬の沈黙。全員が互いの顔を見る。
「……」
「……」
「……あ」
微妙に気まずい空気。
ヴィクトリアがぼそりと。
「進化してるようでしてない」
レベッカがうなずく。
「適応って怖い」
ネクロディアが頭を抱える。
「せっかく箱庭で文明リセットしてあげたのに、君らの舌が戦場仕様から戻らないってどういうこと……」
俺は乾パンを噛みしめる。
固い。口の中の水分を奪われる。
でも。落ち着く。
「なあ」
全員が顔を上げる。
「これ食ってるとさ」
少しだけ、間を置く。
「明日も戦える気がするんだよ」
それは習慣だった。否、儀式だ。
あの一年、これを食べて、銃を握って
殺して
殺して
殺して
殺しまくって
朝を迎えた。
レベッカが静かに言う。
「身体が覚えてるんだよね」
オリヴィアが苦笑する。
「貴族の晩餐より、こちらの方が生きている実感がありますわ」
シャーロットが柔らかく言う。
「でも、たまには違う味も試してみよう?」
ジュリアが頷く。
「少しずつね」
ネクロディアが腕を組む。
「まったく……地獄の牢獄にしたら、適応するとか言い出したと思ったら、今度は勝手に軍隊生活継続してるし」
俺は最後のカンパンを口に入れた。
「軍隊生活じゃない」
スプーンを置く。
「習慣だ。伝統だ」
そして、小さく笑う。
「まあいい」
湯気の消えかけたトレイを見つめる。
「急に全部変える必要もないだろう。ブラックバニア人はな、今時絶対王政を続けるくらいには、本来保守的なんだ。なんでも無理やり変えれば良いってもんでもない」
花見もした。
風呂も入った。
祝砲も撃った。
でも夕食はレーション。完全な日常には、まだ遠い。
だがそれでいい。
「ねぇ、ブラックバニア人ってマゾなの?」
「うっせえや」




