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21.許婚

 廊下を、湯気が残る濡れた髪のままマルタが歩いてきた。着ているのは何故かあった浴衣だ。


 浴場の戸を閉めると、少しだけ冷えた空気が肌に気持ちいい。

 

 手には風呂上がりの牛乳瓶。 縁側に腰を下ろして、ぐいっと一口飲んだ。

 

「よう、お前らお疲れ」

 

 先に座っていた面々が顔を上げる。

 

「いやあ」

 

 マルタは満足そうにアリスと肩を組んだ。

 

「久しぶりのスカイのアレ……最高だったな♡」

 

 牛乳瓶を片手に言う台詞ではない。

 

 アリスがすぐに突っ込んだ。

 

「風呂上がりに牛乳飲みながら言うセリフじゃないんだよなあ、それ。ま、あの後スカイのスカイが元気過ぎたのは事実だけど」


「気持ち良かったが……可愛い顔して化け物だな。ありゃ。性欲だけゴブリンなんだよ……」


 マルタは呆れた顔で続ける。あの後、浴室でナニがあったか……具体的な描写は読者の脳内妄想に任せる。

 

「……あんたさ。婚約者に負傷とPTSD報告したら婚約破棄されて、泣きながら「私なんてもう女じゃないんだ……」とか言ってた頃とは大違いだね」


  アリスの声にマルタは顔をしかめた。

 

「うるせぇや」

 

 牛乳をもう一口。

 

「あれは精神的にボロボロだったんだよ。マリッサにもキアにもケアされたし。それに何より今はもうスカイと寝れたし、だいぶ復活したわ」

 

 その一言に、エレナが思わず声を上げる。

 

「復活の仕方ぁ!!」

 

 縁側に笑いが広がる。

 

 マルタは気にした様子もなく、瓶を傾けたまま遠くを見た。

 

「……しかし、元婚約者か」

 

 ぽつりと呟く。

 

「あいつも王都落ちた後、どうなった事やら」

 

 エレナが横目で見る。

 

「え、なに。元カレへの未練でもあるの?意外とそういうの引きずるタイプ?」

 

 マルタは即座に鼻で笑った。

 

「まっさか」

 

 肩をすくめる。

 

「ただ単にあいつどうなったかな? っていう興味だ。そもそもヤってすらいない、家の権力で徴兵忌避して逃げ回ってた卑怯なチキン野郎を元カレ扱いするなよ。ただの親が決めた許婚だ」

 

 フローラが吹き出した。

 

「酷い言い草!」

 

 しかしすぐに頷く。

 

「でもまあ、わかる。でも、あの手の臆病貴族令息令嬢って、王都から逃げ遅れたパターン多そうだよな」

 

 エレナが腕を組む。口調は少し皮肉っぽく。

 

「逃げるって言ってもねぇ。王都って最後の最後まで落ちないはずだって皆信じてたし」

 

「中央のお貴族様なんて正常性バイアスの権化みたいな連中だし」

 

 アリスとフローラが苦笑する。

 

「うん。砲撃音が聞こえてきて初めて気づく、みたいな。実際、王都じゃ決戦の数日前まで舞踏会をしてたらしい。知らぬが仏ってのも考えものだな……」


 牛乳瓶片手に、マルタは回想した。負傷した時、そして側近のマリッサを失った時は、愛国心を煽られて自ら志願したのを心底後悔したものだが……今にして思うと、志願しなければしないで、後悔していた気がする。


 思い出すは燃え落ちる王都の地獄絵図。あの渦中に「貴族令嬢」として自分がいたら、多分、捕まって嬲りものにされた後、雑に殺されて終わっている。


 いや、最終的には死んだわけだが。まあ、なんやかんやあって復活出来たから良しとする。

 

「自分は特権階級だからどうにかなると思って動かない……」

 

 エレナの言葉にマルタは肩をすくめる。

 

「あるあるだぁね。王都の連中、舞踏会じゃなくて、武道会をやっとくべきだったな」

 

 マルタは皮肉を込めたジョークを一つ言うと、飲みかけの瓶を縁側に置いた。

 

「ま、ここに閉じ込められちまった以上、もう奴が生きてても死んでても関係ないさ」

 

 空を見上げる。

 

「どのみち、二度と会うことはない」

 

 しばらく静かな時間が流れた。

 

 その空気を破ったのは、アリスだった。

 

「……なんか最近のマルタ、口悪いよね」

 

 首を傾げる。

 

「元伯爵家出身的にはだいぶ砕けてるというか」

 

 マルタは肩をすくめた。

 

「戦争で生き残ったらこうなるんだよ。そもそも伯爵家の令嬢がM21で100人以上殺害とかやらんだろ普通」

 

 アリスは笑った。

 

「まあ、それもそうだけど……。いや、666にゃ結構いる気もするな。人殺しが得意になっちまった貴族令嬢」

 

 それから、アリスは少しだけ意地悪そうに言う。

 

「もしかして婚約破棄の原因ってさ、『貴族らしさ』が抜けてきたからだったりして?」

 

 マルタの動きが止まった。

 

 一瞬だけ、本当に一瞬だけ。

 

「…………」

 

 エレナが横から覗く。

 

「図星か?」

 

 マルタは顔をしかめた。

 

「……あいつ」

 

 低く呟く。

 

「戦場で生き残った女は下品になるとか抜かしてたな」

 

 アリスが即答する。

 

「うわ、そういうとこだよ。そういう婚約者様は徴兵忌避して逃げ回ってたんでしょ?」

 

「そりゃ捨てられて正解じゃん。戦争でPTSD抱えて帰ってきた許嫁に言うセリフじゃない」

 

 エレナもこの元婚約者の物言いには呆れている。


 フローラも頷く。

 

「うんうん。むしろスカイ様に拾われて正解」

 

 マルタは鼻を鳴らした。

 

「……ふん。言われなくても分かってるさ」

 

 少しだけ視線を落とす。

 

「捨てられたのは悔しかったけど……」

 

 そして小さく笑った。

 

「今思えば、あいつと夫婦生活とか絶対無理だったし」

 

 アリスが肩を揺らす。

 

「それに比べれば、今の生活どうよ? 両手に花どころか、8人の女の子とやりたい放題してるハーレム男だけど」

 

 マルタは牛乳瓶を再び手に取る。そして一気に飲み干した。

 

「最高だよ。…………ハーレムについては、元々レベッカが唾つけてたものに横恋慕してるのはこっちだしな」

 

 空の瓶を置く。一応、この女、レベッカに対する負い目もあるのである。

 

 夜風が銀髪を揺らす。そして、少しだけ笑った。

 

「ここも、ここもスカイと永遠に過ごせるって意味なら悪くない」

 

 エレナが顔を引きつらせる。

 

「重っ!!」

 

 フローラが肩を叩く。

 

「依存度上がってきたなあ……」

 

「お前らにだけは言われなくないぞ」

 

 マルタは気にした様子もなく、縁側に寝転がった。胸元が開いたが、どうせお互い風呂でもベッドの上でも裸なんて見せ合ってる相手だ。対して気にしない。

 

 空には星が出始めていた。

 

 牢獄のような箱庭。それでも彼女たちは笑っている。

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