Side:和葉 2023年9月30日(土)
「いらっしゃい」
番台に腰かけたおばあさんが、にこにこと手を振ってくれた。
「今日は友達も一緒かい? いいねぇ、和葉ちゃん」
「こんばんは。……はい、学校の友達です」
そう答えると、歩と朱鷺子が目を丸くした。
「え、顔なじみなの?」
「……常連さん?」
私は少し照れながらうなずいた。
「いつきさんとよく来てたので」
おばあさんは「礼儀正しくてね、ほんと助かるよ」と笑って、のれんの向こうを指さした。
「ゆっくりしておいで」
「はい!」
頭を下げて、私たちは脱衣所へと入った。
***
脱衣所は石けんの匂いが漂い、木の床はほんのり湿っていた。
三人並んで服を脱いでいると、歩が私の下着をひょいと持ち上げる。
「ちょ、ちょっと! 返して!」
慌てて伸ばした手より早く、歩がタグをのぞき込んで叫んだ。
「なになに……えっ、70E!? やっぱりすごっ!」
「――っ!」
顔が一気に熱くなり、慌てて奪い返す。
「見ないでってば!」
「だって、プールのときも思ったけど……やっぱり立派だなって!」
ケラケラ笑う歩に、朱鷺子がため息をついた。
「……そういうのは大声で言うものじゃないわよ」
「うぅ……」
顔をタオルで隠す。恥ずかしいけれど、不思議と嫌ではなかった。
……でも、もし男湯のいつきさんにまで聞こえていたらと思うと、胸がドキドキした。
***
洗い場に腰を下ろすと、歩がタオルを泡立てながら元気に言った。
「ねえ、背中流し合おうよ! ほら、ドラマとかでよく見るやつ!」
「えぇ……ここで?」
思わず声が裏返る。
「別にいいじゃない。自分じゃ届かないところもあるし」
朱鷺子は落ち着いた声でそう言った。
「ほら和葉、行くよ!」
「わっ、ちょっと……!」
歩に豪快にゴシゴシされて、思わず声が出る。
「歩、強い……!」
「えへへ、きれいになれー!」
朱鷺子の手つきは控えめで、くすぐったいくらい丁寧だった。
「……力加減は?」
「うん、大丈夫。すごく気持ちいい」
最後は私の番。
遠慮がちにタオルを動かすと、歩は「もっと強く!」と笑い、朱鷺子は「十分よ」と少し照れたように言った。
笑い声と石けんの香りが混じり合い、胸の奥が温かくなる。
ただ一緒に体を洗い合っただけなのに、距離がぐっと近づいた気がした。
***
湯気に包まれながら湯船に肩まで浸かる。
体育祭で張り詰めていた体が、ゆるゆると解けていくのが分かる。
「はぁ〜、気持ちいい!」
歩が大きく伸びをし、ちゃぷんとお湯を揺らした。
「ほんと。疲れが流れていくみたい」
朱鷺子も目を細めている。
私も胸まで沈んで、ほっと息をついた。
けれど、歩がふいにこちらを見た。
「ねえ和葉。弓削さんのこと、好きなんでしょ?」
「うん。好きだよ」
迷いもなく、あっさりと答えていた。
二人が同時に目を丸くする。
朱鷺子が首をかしげて問いかけた。
「……それはどんな“好き”なの?」
「うーん……人として感謝もしてるし、すごく尊敬もしてるし……お父さんみたいな気もするし、お兄さんみたいでもあるし……」
自分でも言いながら首をひねる。
「だから、よく分からない。でも大事なのは間違いないよ」
「なんか、ぜんぶ混ざってる感じ?」
歩が笑って言う。
「……そうかもね」
お湯の熱のせいか、胸がじんわり熱くなった。
***
湯から上がると、脱衣所の扇風機が心地よい風を送ってきた。
髪をタオルで押さえながらロビーへ向かうと、いつきさんが自販機の前で待っていた。
「好きなの選べ。今日は俺のおごりだ」
「じゃあ、オレンジジュース!」
「私は牛乳で」
「……いちご牛乳ください」
それぞれ瓶を手渡され、「ありがとうございます!」と三人で声をそろえる。
いつきさんは「気にするな」と短く返した。
長椅子に腰を下ろして並んで飲む。
歩は「ぷはーっ!」と豪快に笑い、朱鷺子は静かに頷き、私はいちご牛乳の甘酸っぱさに頬を赤くした。
(……こういうところが、ほんとにずるいんだから)
***
銭湯を出ると、夜風が火照った体に心地よかった。
商店街の角で歩と朱鷺子が「またね!」と手を振り、それぞれ家路につく。
残ったのは、私といつきさん。
並んで歩く足音がやけに大きく響いて、胸がまたドキドキする。
「……いつきさん」
「ん?」
「……ありがとう」
それだけを伝えると、視線を落とした。
「気にするな」
短い返事に、心の奥がふわりと軽くなる。
見上げた夜空に白い月が浮かんでいた。
その光に照らされながら、私たちは並んで歩いていった。
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