2023年10月3日(火)
和葉が復学してから1ヶ月ほど経過した。そろそろ学校のリズムにも慣れてきたころだった。
夕食のあと、こたつでノートを開いていた和葉に声をかける。
「そういえば、学校の健康診断。受けられてないだろ」
鉛筆を止めて、和葉が顔を上げた。
「そういえば……そうですね」
「遥さんが言ってたんだが、病院で一度ちゃんと診てもらった方がいいって。成長期だし、今の状態を記録しておいた方が安心だろ。明日、放課後に時間を取ってくれてる」
和葉は少し口を引き結んで、それからおずおずとうなずいた。
「……わかりました」
***
翌日の放課後、病院のロビーは落ち着いた空気に包まれていた。
受付を終えて、和葉と並んで座る。膝の上で両手を重ねている指先が小さく震えていた。
「……大丈夫か」
「は、はい……」
声だけは平気を装っているが、顔はこわばっている。
名前が呼ばれると、小さな声で「行ってきます」と言って診察室に消えた。
***
しばらくして、中から看護師が出てきた。
「すみません、弓削さん。採血でかなり怖がってしまって……」
胸がざわつき、立ち上がった。
診察室に入ると、白衣の遥さんが腕を組んでこちらを見ていた。
「ちょっとだけ力を貸してあげて。ほら、見て」
椅子に座った和葉は、注射器から目を背けて震えていた。俺を見るなり、必死に手を伸ばしてくる。
「い、いつきさん……! ち、違うんです。ただ……“刺さる”のを想像すると、体が勝手に強張っちゃって……」
俺はその手を握りしめ、目を合わせた。
「平気だ。すぐ終わる」
和葉は必死に唇を噛んで、針が刺さるのに耐えていた。
手のひらに伝わる汗の感触が痛々しかったが、なんとか終えることができた。
***
注射器を片付けながら、遥さんがふっと笑った。
「血液検査の結果は数日後ね。じゃあ、このまま身体測定するけど……弓削さんも一緒でいいのかしら?」
「っ――!」
俺の手を握って離さない和葉を見て、遥さんが目を細める。
数秒の沈黙のあと、和葉は顔を真っ赤にして、俺をぐいっと部屋の外に押し出した。
「……外で待っててください!」
扉の向こうからかすかに聞こえる遥さんの笑い声が、やけに耳に残った。
***
検査を終えて外に出ると、空はすっかり夕方の光に染まっていた。
並んで歩きながら尋ねる。
「特に問題なかったか?」
「血液検査の結果はまだだけど……他は大丈夫って言われました」
和葉は少し照れたように笑って続ける。
「……先生に、“この前、一緒に銭湯入ったときより健康的になったね”って言われました」
「そうか」
胸の奥の緊張がふっとほどけていくのを感じた。
***
夜。和葉が風呂に入っている間、机の上に置かれた身体測定の紙に目が留まった。
何気なく視線を落とし、数字を追っていた時――
「……いつきさん、それ……!」
脱衣所の戸が開き、濡れた髪をタオルで押さえた和葉が立ち尽くしていた。
慌てて駆け寄り、俺の手から用紙を奪い取ると、真っ赤な顔で睨んでくる。
「み、見ちゃったんですか!?」
言葉に詰まりながらも、俺は小さく息をつき、視線を合わせた。
「……健康的でいいじゃないか。自信を持て」
穏やかに言った途端、和葉は顔を真っ赤にして頬をふくらませた。
「……もぉ、そういうことじゃないのに!」
ぷいっと横を向く仕草が、かえって愛らしかった。
すみません、だいぶ夜ふかしをしてしまい、この時間の更新となりました。
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本日もご覧いただき、ありがとうございました。




