2023年7月29日(土)
土曜の朝。和葉は友達とプールへ出かけていった。
玄関で「夕飯は食べてから帰ります」と告げる彼女を見送り、扉が閉まる。
リビングに戻ると、やけに静かだった。
掃除でもしようかと思ったが、床も机もピカピカだ。洗濯物も畳まれているし、流しにも食器はない。
「……真面目すぎるんだよな、あいつ」
苦笑してソファに腰を下ろすと、御子神さんが足元にすり寄ってきた。毛並みを撫でてやると、律儀に喉を鳴らす。
「……お前は変わらずだな」
しばらくじゃれてやったあと、久しぶりにゲーム機を起動した。学生時代はよくやっていたが、最近は控えていた。
だが画面を前にしても、どこか集中できない。
「……静かすぎて落ち着かないな」
和葉の存在が、どれだけ日常に溶け込んでいたのかを改めて思い知らされた。
***
夕方。スマホに着信が入った。
「もしもし、弓削か! 今から小鳥遊と飲みに行くんだけどよ。お前も来い」
彼方の豪快な声だった。
「……ちょうど退屈してたところです。行きますよ」
和葉も友達と外食するようだし、断る理由もない。指定された居酒屋へ向かった。
***
「乾杯!」
彼方はビール、小鳥遊は日本酒。俺はウーロン茶を掲げた。
「弓削、お前は飲まねえのか」
「未成年が待ってる身で、酔うわけにはいかないですよ」
「先輩らしいですね」小鳥遊が小さく頷く。
料理をつまみながら会話が進む。彼方がふと思い出したように言った。
「そういや、この前あいつを見かけたぞ」
「……義父ですか」
「ああ。スーツ着て歩いてた。就活中って感じだったな。面接帰りかもしれん」
「……そうですか」
少し胸がざわつく。
小鳥遊が箸を置いて、落ち着いた声を出した。
「今は自分のことで精一杯でしょう。ただ、油断は禁物です。接触してきたらすぐに連絡を。法的な手はもう整えてあります」
「……ありがとうございます」
二人の存在が、心強かった。俺一人ではない。和葉を守るために、こうして支えてくれる大人たちがいる。
***
さらに時間が経ち、二人の頬も赤くなってきた。
「で、和葉ちゃんは今日は?」と彼方。
「友達とプールに行ってます」
「なんだ、彼氏とデートとかじゃねえのか? あの子モテそうだろ」
「……あー、わかります」小鳥遊が相槌を打つ。
「クラスの一番ってわけじゃないけど、二番手三番手あたりで地味目な男子から人気出るタイプ」
「……そういう下世話な話はやめてください。女友達と三人で行くって聞いてます」
俺が釘を刺すと、二人は酔いのせいか大声で笑った。
その笑いが一段落したところで、小鳥遊がぽつりと、急にトーンを落としてつぶやいた。
「……俺も学生時代に女子とプール行きたかったな」
「こいつ勉強一筋だったからな!」彼方が肩を叩く。
俺は一拍置いて口にした。
「……そういえば、今度は一緒に行きましょうって誘われたな」
「……っ!? なんですか先輩、その喧嘩いくらですか!? 言い値で買いますよ!?」小鳥遊が真顔で叫ぶ。
「アッハッハ! こいつ本気で嫉妬してやがる!」彼方が大爆笑する。
「冗談だ。……いや、誘われたのは本当だけど」
「うわぁぁぁ!」小鳥遊が頭を抱え、さらに彼方がテーブルを叩いて笑った。
俺は苦笑しながら、ウーロン茶を口に運んだ。
***
ちょうどその頃、スマホにメッセージが届いた。
『そろそろ帰ります』
和葉からだ。
「悪い。迎えに行くんで、先に失礼します」
「おー、父ちゃんだな!」
「独身のくせに……子煩悩ですね」
「ハハッ、お前は酒入るといつも余計なこと言うな!」彼方が笑い飛ばす。
そんな声を背に、俺は店を後にした。
***
駅で合流すると、和葉が友人たちを紹介してくれた。
歩は人懐っこく「こんばんは!」と頭を下げ、朱鷺子は緊張したように会釈する。
「こちらこそ、仲良くしてくれてありがとう」
軽く挨拶を交わしたあと、友人たちと別れる。
和葉が少し迷ったように視線を落とし、そっと手を差し出してきた。
一瞬驚いたが、そのまま握り返す。
普段より、その手がわずかに暖かく感じられた。
(……子どもは遊び疲れたり、はしゃいだりすると体温が上がるもんだ)
背後で友人たちが顔を見合わせ、小さな歓声を上げてはしゃぐのが耳に届いた。
(……久々に友達と遊んで、テンションが上がってるんだろう)
俺は苦笑しながら、その手を引いて歩き出した。
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