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『勇者』
それは、数多のフィクション作品に出てくる存在である。
大抵は主人公だけれど、最近は主人公を虐げる存在にされることも多い。
しかし、基本的にはヒーローである。
この世界にも勇者はいる。
異世界から呼び出されてしまった彼女は今、この世界の真理に辿り着こうとしていた。
「やっぱり、たい焼きはつぶ餡だと思うのよ私。」
「俺はカスタードクリームかなぁ。前世だと一回だけ食べたブルーベリークリームチーズが一番美味かったけど、この世界で再現するのは原価率的にアウトなんだよなぁ……。」
「何そのハイカラな食べ物……。日本人ならアンコでしょ?」
「たい焼きにカスタードクリームを最初に入れたのだって多分日本人だろうよ。」
「私はなんとなくコシアンというアンコが好きですねぇ。ニホンジン?ではございませんが。」
現在、隣国の勇者と聖女を甘味処ダロスに連行してきているダロスです。
客寄せ用に店の前に出されたたい焼きの屋台で買い食い中です。
え?小豆がこの世界にあるのかって?
家畜に食わせる飼料として大豆と一緒に大量生産されてました。
早朝にキャンプを引き払い一路王都へと向かった我々ですが、特に何の障害もなくダロス邸へ到着。
愛しの家族たちに挨拶したのち、改めて出かけてきた次第です。
別に間食が目的ではない。
いや、帰りにお土産で何か買ってこいとは言われているけれど、それはあくまでオマケだ。
本題は、彼女たちの今の格好を見ればわかる。
「にしてもさぁ、よくこんな元の世界の服と似たようなデザインの服作れたね?」
「俺は前世の服のデザインを何となくで絵に描いただけなんだけどな。それを型紙に直してそこから新たに服を作り出す職人ってのが世の中にはいるらしいぞ。」
「私、こんな可愛い服を着たの初めてです……。本当に頂いてもよろしいのでしょうか……?」
「いいのいいの。潜伏しようっていうのに修道服じゃ目立つから。いや、修道服も奇麗だとは思うんだけどさ?何より俺の趣味で服を選んだから、むしろ更にお金払いたい位だ。」
「キッモ!賠償金としてパフェも食べたい!」
この店の並びには、ダロスブランドの服屋が存在する。
そこで新しく服を買って、彼女たちを宗教関係者からちょっと良いとこのお嬢様っぽい見た目にしてみた。
因みに、セリカはパンツルックで、私服状態の騎士みたいな感じ。
マルタは、紺色のプリーツスカートに白いシャツと白い帽子を合わせた商家のお嬢様みたいな感じだ。
これなら、周りの人たちからはお嬢様と護衛に見えるんじゃないかと思う。
俺はといえば、他にも色々買った服や日用品類を持っている。
俗にいう荷物持ちだ。
因みに、下着に関してはセリカの方がエグイのをつけている。
下着のラインが出ないように選ぶとTバックになるらしい。
素晴らしいね。
たい焼きを食べた後、更に店内でいくつか奢らされてから地下へと降りる。
そこには、依然作った隠れ家があった。
作って満足してしまい、結局その後全く使ってなかったんだけれど、今回この2人を匿うには丁度いいのではないかと思ったわけだ。
トイレとシャワーといくつかの寝室はあるし、あとは簡単なキッチンくらいしかないけれど、
「料理!?あー……できるできる!目玉焼きとか……。」
と言っているセリカと、
「ジャガイモなら小さい時何度か皮を剥きましたが、それ以外はよくわかりませんねぇ……。調味料がこんなにあるのも初めて見ました……。」
なんて言ってるマルタなら問題なかろう。
食事は、上の店舗から運んでもらえる手はずになっているし。
どれだけの期間この国に滞在するのか、何なら永住するのかどうかすらも決めていないようだけれど、この2人をそこらの宿屋に泊めるのは不安すぎる。
かと言って、俺の家に泊めるとルシファーが泣きそうだから……。
今日家に置いてくるまで、
「あのさ、ダロスとルシファーさんって付き合ってるの?」
なんてセリカに疑われる程度には俺にくっついて離れなかったからなぁルシファー。
チャンスとばかりに頭を撫でてみたらかなりのパワーで叩かれた。
2人がそれぞれ部屋を決めて落ち着いた所で食卓に呼んだ。
扱いの悩みは尽きないけれど、これからの事を話しあわないといけない。
「とりあえず、2人は暫くこの場所に住んで、好きなようにしてくれればいい。」
「ありがとうございますダロス様!正直こんなに奇麗なお家に住まわせてもらえるなんて思っていなかったため、とてもありがたいです!てっきり、汗臭い男性たちの中に投げ込まれたウサギのような状態で宿屋に泊まる事になると思っておりました……。」
「流石にお風呂は無いみたいだけど、シャワーあるだけで十分かな。この世界の宿屋ってそういうの殆どないらしいしさ。しかも、3食ついてくるんでしょ?最高だわ……。」
と、2人とも甚く喜んでいた。
もちろん、ただで泊めるわけではない。
この2人は金は無い。無いが……、見た目は最高だ。
くくく……、体で払ってもらおうじゃないか!
「というわけで、2人とも部屋でこれに着替えて来て。」
「なにこれ?」
「貴族家に勤める使用人用の服……でしょうか?」
「おしい!給仕係の服です!これ着て甘味処ダロスで働いてもらえば、店の奥から近くに向かったとしても目立たないし、お給料も出るわけだ。君ら、今無一文だという自覚あるよね?」
「売ればお金になるものはもってるけど、まあ最後の手段にしたいよね。私は異存ないよ。」
「私も問題ありません。むしろ、やった事が無いので是非やってみたいです!」
そして着替える2人。
素晴らしい……、この光景だけで必死こいて助けた甲斐があった……。
「ちょっと!なんでマルタのスカートはロングなのに私のはミニなのよ!?見えそうじゃん!」
「いや、セリカのTバックパンツが見たくてつい……。」
「良いではありませんかセリカ。減るものでは無し。」
「じゃあマルタはさっき買った黒レースパンティをダロスに見られても平気なの!?」
「寧ろ、見せるとしたらダロス様かなぁって思いながら選びましたね!」
「変態じゃん……。ロングスカートにして!」
「わかったよ。」
というわけで、甘味処ダロスに新しい店員が2人はいりました。
彼女たちは、月曜日から金曜日まで毎日1時間ほど作業することになっています。
あくまで、地下の隠れ家に行くのを目立たせないようにするための処置だから、長時間やらせる必要はない。
寧ろ、長時間やらせるとこの2人は逆に目立つ。
両方物凄い美人だから。
聖女だの勇者だのに選ばれるにはビジュアルも重要なんだろうか。
まあ?家の家族の女の子たちは皆超絶美人なんですけれど?
「とりあえず給仕係はいいとして、それとは別に、2人には偽名で冒険者登録してもらおうと思ってる。」
「冒険者?それってなんか荒くれ者だって噂じゃなかった?しかも冒険しないって言うじゃん。」
「ひっそりと暮らそうとしてるお前らにとっては丁度いいだろ。それにな、冒険者カードは身分証にもなるんだ。」
「あー、考えたら私たち、自分の身分を証明することもうできないんだもんね。」
「私もセリカも、きっとお尋ね者ですしね。」
この世界で最も広く信仰されている聖教。
そこに追われる2人には、偽名の一つや二つ必要だろう。
「とはいっても、あくまで登録する際の書類上のものだ。だから、普段は別に自分たちの名前で呼び合ってていいぞ。そうだな……セリカは、リカにしようか。マルタは、マルグリットにしよう。」
「リカ……リカちゃんかぁ……。了解!」
「マルグリット……なんだか貴族みたいな名前ですね!」
2人とも気に入ってくれたようだ。
「1つ注意だ。ジョブやスキルを聞かれても、自分たちの本来の物を答えちゃだめだぞ。即効バレるからな!」
「職業勇者です!って答えても8割くらいの人は何か痛い物を見る目になるだけだろうけれど……。まあちょっと剣を使うのが上手いって設定で行くよ。ついでに魔法もちょっと使える事にしようかな。」
「私は、回復魔法が得意と言っておけば良いのでしょうか?」
「そうだな。聖女は珍しくても、回復魔法とか回復魔術の使い手なら多少はいるし、それで行こう。」
そうやって仮初の設定を考えていると、思いのほか盛り上がってしまった。
出来上がった資料によると、マルグリットは商家の娘だったが、父親の商会を受け継ぐための試験として自力での商売を軌道に乗せなくてはならない。
ただ、女性が一人で商談に臨んでも舐められる場合が多い。
そのため、舐められるのを防ぐため兼護衛としてリカが雇われている。
マルグリットは、リカの事はたまたま出会えた運命の人くらいに思っているけれど、実際にはマルグリットの父親が娘が心配で護衛を依頼した女性冒険者がリカである。
しかしリカは、護衛対象であるマルグリットと行動を共にすることにより、いつの間にか父親からの依頼などではなく、大切な友人としてマルグリットを見るようになってしまった。
自分は護衛としてふさわしいのだろうかと悩むリカに気がついてはいるけれど、どうして悩んでいるのかまではわからず心配しているマルグリット。
彼女たちは、無事に商会を継ぐことができるのだろうか。
「……というストーリーでいいか?」
「なんか無駄に設定凝っちゃった……。」
「私は構いません。ねぇ?私の大切な友人であるリカさん?」
「アンタねぇ……。はいはい!あなたは大切な私のお友達ですよマルグリットお嬢様。」
そう言って、片膝立ちになりながら、マルタの手の甲にキスをするセリカ。
異常なほど様になっていて、周りに夢女子でもいようものなら大変な事になっていたかもしれない。
ここが隠れ家で良かったな?
精々百合百合しとけ?
「あ!大切な事を忘れる所でした!」
いきなりマルタが大声を出した。
ビックリしていると、ある要求をしてきた。
それは……。
「カップ麺をいっぱい用意しておいてください!あとお湯を沸かす道具も!」
「いやマルタ、アレって本来そんなバクバク食べる物じゃ……。」
「もちろんです!アレはズルズル食べるものです!」




