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教会監査人は聖女を信じない 〜婚約破棄された検算令嬢、奇跡の「領収書」を拝見します〜  作者: 小鳥遊ミント


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第1話:婚約破棄の「検算」

本作をお開きいただき、誠にありがとうございます。


世の中には信じる心が奇跡を起こす物語が多いようですが、

残念ながら、奇跡には だいたい経費がかかっています。


この物語は、「疑い深すぎる」と捨てられた令嬢が、

奇跡を名乗る勘定書のすべてを、帳簿と現場検証で検めていくお話です。


本日の検分予定——一、婚約者の家が後援する「聖女の奇跡」。一、私自身の婚約。

……後者は、帳尻が合いませんでした。

 薔薇が咲いた瞬間、庭園は歓声で割れた。

 枯れ園に聖女が祈りを捧げ、一夜にして三百輪。皆が泣いて御光を讃える中、私は花の数ではなく、苗の値段を数えていた。

 ——おかしい。この奇跡、勘定が合わない。


「御覧になりましたか、カサンドラ嬢! 聖女アメリー様の奇跡です!」


 頬を紅潮させて振り返ったのは、私の婚約者——モルガン伯爵家嫡男、オーレル・ドゥ・モルガン様である。本日はモルガン家が後援する聖女様のお披露目と、私たちの婚約披露を兼ねた祝宴だった。壇上では白衣の聖女アメリー様が、伏し目がちに賛美を浴びている。


「拝見しました。見事な大輪ですね」

「でしょう! 我がモルガン家の献身に、御光がお応えくださった証です」

「ええ。ところで一点、確認をさせてください」


 私は手帳を開いた。


「王都の花市場の仕入記録に、三日前、モルガン家執事名義の買い付けがございます。冬咲きの薔薇の成木、三百株。金貨八枚。……本日咲いた薔薇も、数えたところ三百輪でした。偶然にしては、数が働き者だと思いませんか」


 庭園が、静かになった。


「それから、庭の東側の土だけ色が新しいのです。植え替えは三日あれば根付きます。祈りの間、聖女様が東側にしか近づかれなかったのも、たいへん合理的なご動線かと」

「……カサンドラ嬢。あなたは、何を、言って」

「不正だと申し上げているのではありません。確認です。奇跡かどうかは、私ではなく帳簿が決めますので」


 オーレル様の顔から、紅潮が別の色に変わっていくのを、私は観察した。怒りというものは、だいたい耳から赤くなる。


「——恥を、かかせたなッ!」


 破裂した。


「以前からそうだ! 君は司祭様の説教には献金の集計を始め、巡礼のお守りには原価を訊く! 枢機卿様の御手に口づける列で、君だけが列の進む速度を測っていた!」

「あれは二時間十四分待ちでした。窓口を二つにすれば四十分で捌けます」

「そういうところだ!!」


 オーレル様は息を吸い、庭園中に響く声で宣言した。


「カサンドラ・エルロー! 貴様との婚約を破棄する! 奇跡を疑う女は、モルガン家の妻にできない!」


 ほう、と会場がどよめく。私は手帳に書き留めた。破棄の宣言、確かに受理。

 悲しいか、と己の胸を検分してみる。……存外、静かなものだった。この婚約はもともと、没落した子爵家と、教会に食い込みたい伯爵家の取引である。愛情の計上は、当初からゼロだ。


「承知いたしました。では、記録のご用意を」

「な……記録?」

「婚約は教会の祝別を受けております。解消も、教会記録に残すのが式次第です。——司祭様、祝別記録の解消欄を」


 立ち会いの老司祭がおろおろと羊皮紙を広げる。事由の欄で、ペンが止まった。


「じ、事由は、いかがいたしましょう」

「先ほどの宣言のとおりに。『当家の後援する聖女の奇跡に対する、検算行為ゆえ』と」

「そうだ、そう書け!」オーレル様が胸を張った。「後の世まで残せ! この女は、聖女様の奇跡を帳簿で疑ったのだ!」


 署名欄に、オーレル・ドゥ・モルガン。それはそれは、得意げな筆跡だった。

 ……ありがとうございます。これであなたは「モルガン家は聖女の奇跡を後援しており、その内実を検められると困る」という一文に、ご自分で署名なさいました。記録というものは、書いた日ではなく、読まれる日に値が決まるのです。


 会場を辞して、回廊で夜風にあたる。

 私は懐の内ポケットに、指先で触れた。古い巡礼手帳。表紙の角が擦り切れた、姉さまの形見だ。

 ——十二年前、姉さまは聖女に認定された。八年前、「昇天」した。享年十九。記録は、閲覧不可。

 私が奇跡を疑うようになったのは、いつからだったか。勘定するまでもない。あの日からだ。


「——良い目だ」


 声に振り向くと、回廊の柱の陰に、灰色の法服の老人が立っていた。祝宴の招待客名簿の、最後の行にいた名前。所属は確か——


「聖務監査局、と申します。教会で一番、嫌われている部署ですよ」

「存じています。奇跡を検める部署、と」

「ほう。うちを知っている令嬢は、王都に貴女ひとりだ」


 老人は目を細め、先ほどの庭園のほうへ顎をしゃくった。


「三百株、金貨八枚。よく拾った。だが詰めが甘い。苗の代金より、聖女の白衣の仕立て代を追いなさい。興行の元締めは、衣装代だけは絶対にケチらん」

「……なるほど。勉強になります」

「明朝、聖務監査局へ。あなたの疑いには、値が付きます」


 老人は名も告げずに去った。私は手帳の新しいページを開く。


 本日の決算。婚約、一件喪失。奇跡の疑義、一件受理。就職先、一件取得。

 ……差し引きは、明朝から検めるとしよう。


最後までお読みいただき、ありがとうございます。


「聖務監査局とは何をする部署なのか」「姉さまに何があったのか」と

思っていただけましたら、ブックマーク登録および下部の評価欄(☆☆☆☆☆)から

応援いただけますと幸いです。


いただいた応援は一件ずつ検分のうえ、全額、次話の執筆に計上いたします。


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