第2話 学校で
純花がご飯の用意をし始めてから少しして純花から準備ができたと声がかけられた。
「あんた、そっちで食べるの?」
「え、だめか?」
「せっかく食卓があるんだから、こっちで食べなさいよ。行儀悪いわよ」
母親のようなことを言う純花を横目で見ながら、「…はーい」という声とともにソファーから立ち上がった。
相変わらず硬い事を言う純花だったが、ご飯の味はピカイチであった。
さっきまでのことなど忘れて目の前のご飯を貪った。
「ああ、私ご飯食べ終えたらちょっと外に出るからね。もし何かあったら、すぐに電話かけてきてね。あんた、しょうもないことは人に頼るくせに、自分が本当に大変な時に限って我慢するんだから」
昼食中、純花はそんなことを言い始めた。
正直最近の純花は言う事成す事全て母親のようになってきた。
「大丈夫、さすがに今の状況で何かあったら、お前に頼むよ」
「そう、わかっているのならいいのだけど」
それからまた少しして、互いにご飯も食べ終わり、俺は席を立ちながら、
「これから用事あるんだろ。洗い物はしておくから、行ってきなよ」
「……」
「どうした?」
純花が急にボーっとし始めたので、さすがに不思議に思ってそう尋ねた。
俺がこの姿になってからこう言う時に純花は変になっている。
「え、いや、あんたってそういう気づかいできたのねって思って」
「失礼だな⁉マジで失礼だぞ、お前」
大変失礼な発言に俺は大層ご立腹である。
「あはは、ごめんね。そんなに怒らなくても良いじゃない。帰りにスイーツでも買ってきてあげるわよ」
そう笑いながら、純花は出かけて行った。
それから、俺はまた映画を見始めた。
午前中は二人で見ていたので、多少は寂しいと感じてしまった。
「早く帰ってこねぇかな、純花のやつ」
先出て行ったばかりの幼馴染の姿を思い浮かべてしまう。
流石に気恥ずかしくなって、映画に集中しているフリをした。
それから数時間後、純花は帰ってきた、紙袋を一つ抱えながら。
しかも、やたらニヤニヤしているし、すごく嫌な予感がする。
それこそ、出て言ったばかりの寂しさを全て拭い去って余計な感情を俺によこす。
「お帰り、なあ、その袋、何?」
「ん、ただいま。これ?これはね、あんたの制服よ!」
「は?制服ってそんなもん持ってるぞ」
純花は「は~」と長い溜息をつきながら、
「あんたほんとに馬鹿ね。あんたが持っているのは男物でしょう。明日からの学校それで行くつもり?」
「いやいや、今回ばかりはお前の方がおかしいこと言っていると思うぞ。あと、学校ってやっぱ行かなきゃだめか?」
「そりゃ学生なんだから行かなきゃダメでしょ。てか、あんたの状況を伝えるのと制服を借りるために外に出ていたんだから感謝してほしいわね」
勝手にやっといて恩着せがまし過ぎるだろ。
「まあ、先生に伝えたら一つ返事でオーケーしてくれたから、それ着て明日から学校行くわよ。どう考えても男の時のあなたより今のあなたはサイズが一部を除いて小さいんだからどう頑張っても前の制服は入んないわよ」
「だからって女物の制服を着るのは違うくないか?あと、あの人たち、楽観的過ぎるだろ」
「まあ、面白ければそれでいいなんて考え方している人だからね。てか、そう言う校風に惹かれて入ったんでしょあなたも」
「そうだったなぁ」
そうだった、あの学校の先生たちは変人ばっかりだった。
そのあとはまた純花と一緒に映画を見て、夕ご飯を作ってもらい、また一日が終わった。
そして、制服の件の驚きと純花のご飯のおいしさで忘れていたが、今日もまた地獄の入浴の時間があった。
「なんなら、一緒に入って、体洗ってあげましょうか?」
そんな冗談が言えるくらいに純花は俺の女の体がお気に入りらしい。
それこそ、子供の頃ですら一緒に入ったことはなかったと思うのだが。
今日という日もとても長かったように感じる。
そして、とうとう登校日がやってきた。
今日からまた学校に行かなくてはいけない毎日がやってくるのだった。
どうして、この世界には土日が二日しかないのだろうか?
「はぁ、今日という日がやってきてしまった」
「覚悟は良いわね?さぁ、行くわよ」
えらくノリノリな純花に手を引かれ玄関を出る。
純花の表情は朝日よりまぶしく、手は暖かかった。
そのせいで自分の澱んだ暗い表情が強調されているに違いない。
一緒に通学路を歩く。
この時は流石に手を繋ぎっぱなしと言うわけではなかった。
やたら視線を感じると思っていたのだが、それにもなぜか慣れてきていた。
「あんた緊張しすぎ」
「仕方ないだろ。こちとら、もともと外に出ていなかったから、それだけでもつらいのに、こんな格好なんだぞ」
ガクブルに震えている手を純花が握りなおしてくれる。
「おい、今は手汗がやばいのに」
「いいからいいから」
そんなこんなで、やっと学校に着いた。ずいぶん長い道のりだったように感じる。
ここでも、やたら視線を感じるのだが、一体なんなのだろうか?
もしや、俺が男だと言うことに気がついていて、嘲笑っているのだろうか?
「この変態」とか思われているのだろうか。
下駄箱で靴を変え、階段を上り、教室に入る。
それまでの道のりも今までと変わらないはずなのにどうしてか、新鮮なとこう言うと聞こえはいいがはっきり言って不気味な場所に俺には映っている。
そこで、教室ではわっという声が上がる。
それこそ、芸能人のような現実味のない人間を見た時のような反応だった。
芸能人を見かけたことがないからこんな感じなのかはわからないが。
そんな中をかき分けて、自分の席に座る。
「きみ、そこは飛鳥君の席なんだけど」
そんな時、クラスのイケメンが声をかけてくる。
「…っ」
話しかけてきたやつとは顔見知りだがこの姿でどう言えば良いものか?
こんなことならずっと純花の後ろに隠れていればよかった。
「残念だけど、その飛鳥よ、そいつ」
なんて返せばよいかわからず突っ立っていると、純花が間に入ってくれる
「ええ⁉まじかよ」
さっきのイケメンとは別のところで声が響く。
そこを起点にクラスの周囲のやつらがざわめく。
そりゃそうだろう、なんせクラスの男子が急に女の姿で登校してきたのだから。
「まさか、飛鳥君に女装趣味があったとは。どうして今まで相談してくれなかったんだい。言ってくれればちゃんと協力したものを」
「いや、違うから。これ女装じゃないから」
と言うか、怖いぞ変態。
いやイケメン君。
そもそも協力ってなんだ?
こいつ、俺のことをどうする気だったんだ。
「ふむ、ではどういうことなんだい?」
まぁ、当然の疑問だろう。
ふつうは性別が変わるなんて思わないからな。
少なくとも漫画や小説の中で以外は。
「そいつ女の子になっちゃったのよ」
「そんなにも悩んでいたのか」
「違う違う、俺の意志じゃなくて、起きたらなんか勝手にこうなっていたの。信じてくれ、頼むから」
危うく、性転換手術受けた人扱いを受けるところだった。
俺は断じて女になりたくてなったわけじゃないんだ。
周囲の「まじかよ」「嘘でしょ」とこそこそ話し合う声が、だんだん大きくなり始めてきたころ、朝のホームルームのチャイムが鳴る。
というか、いつの間に予鈴鳴っていたんだ。
「ほら、お前ら、チャイム鳴っているだろ。さっさと座れー」
そう言って入ってきたのは歌川先生。
いわゆるイケメン女子タイプで、サバサバした性格で、男女ともに人気がある。
特に女性人気がやばいらしくすでに学内女子の二割は告白したとか。
先生が入ってくると、みんなはそれぞれの席に着く。
「おー、海染、話は聞いているぞ。大変だったなー。にしても制服よく似合っているぞ。よかったな」
「全然よくないですよ、先生。土日も純花におもちゃにされて大変だったんですから」
先生まで茶化し始めたらこの学校は終わりではないだろうか?
まったく大変に遺憾である。
まぁこの先生のおかげで今日こうやってちゃんと出席扱いで学校にこれているからありがたいと言う気持ちくらいは持っておこうか。
「あー、ほんとに仲いいよなお前ら」
「うらやましいですか、先生」
純花が口をはさむ。
「ああ、ほんとにな」
先生は物思いに耽ているようだった。
あれだけ告白されておいて恋人がいなくて物思いに耽るのか?
すごい傲慢な人に見えてきた。
まぁ告白しているのが全員女子というのが怖いところだが。
ちなみに女子からの告白しかないのは男子の告白を女子が牽制しているからである。
「さて、みんなもある程度知っていると思うが海染のやつはかわいそうなことに女の子になってしまった。そのため、いろいろ苦労するだろうから、みんな手伝ってやってくれ」
本当にかわいそうだと思っているのだろうか。
まるでさっきの考え事が見透かされていて反撃とばかりにそう言われているのだと思ってしまう。
「はーい」
クラスメイトの声が教室に響く。
「よし、じゃあ、今日の朝の連絡は以上だ。今日も一日がんばれよ」
礼を終えると先生は去っていく。
そのあとは軽く地獄だった、クラスメイト中から質問攻めにあったのだ。
多分、転校生たちはこういう気分を味わっているのだろう、俺はそう思った。
ただ、面倒くさくはあったが実は俺自身が返事をすることはほとんどなくて、男子の下品な質問に女子が鉄拳制裁を下してばかりいたわけだが。
それから、しばらくして一限目が終わりまた休み時間がやってきた。
一コマ45分とは言え、こんなことがあったばかりの授業は流石に体にくるものがあった。
後何より、足が気になって仕方がなかった。
昨日まで借りていた純花の服とは違って、膝が隠れるかどうかの長さになっているので座ると、今までのズボンの安定感がなくてものすごく恥ずかしかった。
頼むから俺にズボンを履く権利を与えて欲しい。
「飛鳥、次移動教室よ。早く行きましょう」
「ああ、うん、ちょっとまって」
「そういえば、あんたもう学校中で噂になっているわよ」
「うそ」
「ほんとよ。二年の男子が美少女になっているって」
美少女って本当に俺のことか?
とはいえ、男が女になったのは俺ぐらいだろうけど。
まさか、急に女装癖に目覚めた美青年が美少女になっていたりしないよな。
「それでね、あんたのことを紹介してほしいって友達に頼まれたんだけど、その子達にさ、あってくれる?」
「は?俺に、いや別にいいけどさ」
「そう、じゃあそうやって言っとくね。またいつか決まったら言うね」
聞きたいことはそれだけだったのか、かつかつとかかとの音が廊下に響かせながら歩いて教室を目指す。
久しぶりに並んで歩く幼馴染との廊下はやたらと長く感じた。
いや、俺が長くいたいと思っていたのかもしれない。
ひどく長いように感じたその廊下を進み、やっと化学室にたどり着く。
すでにクラスメイトの半分は席についており、俺たちは空いている席に座る。
この学校の化学室は自由席となっているため、俺は純花と並んで座る。
先に着いていたやつらは周りの席の奴らと口々にしゃべっている。
俺は端っこの席だったため心細くなり、教科書を眺める純花に話しかける。
決して他に友達がいないというわけではない。
「なぁ、純花、教科書読んでいて楽しいか?」
「いえ、楽しくはないわね。でも、暇つぶしにはなるのよ」
「暇なら俺にかまってくれ」
「はぁ、あなた、かまってちゃんなの?恥ずかしいわよ」
などとは言っているが結局俺に付き合ってくれているのだから純花は本当にやさしいやつなのだ。
「なぁ、昨日見た映画どうだった?」
「よかったわよ」
「だよなぁ、でもやっぱ映画は映画館で観たいよな」
そんな話をしていると、扉がガラガラと開き、先生が入ってくる。
先生は俺のほうを見ると「おっ」と声上げたがそれ以上何かを言うことはなかった。
そんな感じで一日が過ぎていった。
ようやく放課後になると、純花に声をかけられた。
突然何事かと思っていると、
「飛鳥、朝言っていた友達を紹介したいんだけど、いい?」
「いいよ、別に」
「じゃあ、呼んでくるね。ちょっと待ってて」
純花はそう言ってクラスを出ていく、廊下を走る音が教室にいても聞こえてくる。
さて、どんな奴が来るんだろう。
純花の友達ということしか知らないからな。




