第1話 俺が私に⁉
ある日、俺は、目が覚めると自分の体が自分のものではないような感覚があった。
胸のあたりに昨日までなかった重みを感じ、下のほうでは昨日まであったはずのものがなくなっていた。
まさか、そんな漫画みたいなことがあるわけがないと思いつつ、俺はまず、体を起こし、自分の顔に手を触れてみた。
それほど明確に自分の顔の形を覚えていたかは定かではないが、とりあえず自分の顔ではないように感じたので、洗面台に猛ダッシュした。
その時、鏡には見知らぬ女の子の顔が映っていた。
俺は、鏡に映るその顔にもう一度手を伸ばしてみた。
触れられた。
その時点でこれが自分の体であることの証明をしてしまった。
さっきまでであれば、夢オチで話が終わったかもしれないのに、と、今しがた悔やみ始めたところである。
「はぁぁぁぁ⁉」
叫ばずにはいられなかった。えーっと、つまり、これは、いわゆる女体化ってやつか。
ピーンポーン。
その時、チャイムが鳴った。
「ねー、起きているの、休みの日だからっていつまでも寝ているんじゃないわよ」
この声は、幼馴染の純花のものだ。
というか、まずい、今の状況をどう説明すればいいのだろうか。
朝、起きたら女の体になっていたって正直に言えばいいのか、いや、自分で言っていても意味が分からないのだ、あいつに理解してもらえるはずがない。
普通に自分で口走っていて、理解し難い内容だしな。
「もー、入るわよ」
「ちょっ、待って」
俺がそう言う前に、純花は、ガチャと音を立てながら、扉を開けた。
その直後、「は?」という、純花の声が静かに部屋に響いた。
終わった。
心の中で今俺は絶叫していた。
「あなた、誰?」
まぁ、当然の疑問だろう。
幼馴染の家に入ったら、見たこともない女がいたのだから。
別に俺と純花はそういう関係ではないが、普通に考えて知り合いの男の家に知らない女が立っていたら最悪の気分なんだろう。
俺も純花の部屋着を着た知らない男が純花の部屋にいたらぶっ飛ばしたくなるかもしれない。
「あー、飛鳥なんだけど、お前の幼馴染の。信じられないかもだけど」
「嘘でしょ…」
少しの間、俺たちの間には、しばしの沈黙があった。
く、苦しい。
沈黙が苦しいよ。
その沈黙を破ろうと俺は声を上げた。
「あーその、純花、とりあえず扉しめてほしいんだけど。話はそれからにしよ。俺もゆっくり説明したいし」
「え、えぇ。わかったわ」
そんなわけで、純花に今の状態について説明した。
といっても、目が覚めたらこうなっていたわけで俺自身よく理解してないわけだが。
「まぁ、あんたが飛鳥ってことは一応理解したわ。でも、さすがに信じがたい光景ね、女の子になっちゃうなんて。けど、名前が女の子っぽくてちょうどよかったわね」
こいつの理解が早くて本当に助かっている。
普通はこんなこと言っても信じてもらえないのではないだろうか?
その上、こいつが茶化すように言うものだから、
「ちょうどいいってなんだよ、人が大変な目にあっているっていうのに」
と言いつつ、ひとのコンプレックスを平気でからかう幼馴染に心の中で悪態をついておく。
本当は助かっているわけだけど、そんな本音は素直に言わずにいる。
「でも、ほんとに原因はわかんないの? 変なもの食べたとか?」
「それがまじでないんだよな。一応、病院とか行ったほうがいいんかな?」
昨日までの記憶をたどっても、それといったものにはいきつかない。
「あんたは本当に馬鹿ね、その状態で病院に行っても身分を証明できないでしょ。まったく」
体に異常が出たら病院に行くべきものだという固定概念が染み付いているのが日本人の悪いところなのかもしれない。
少なくとも今は。
そうか、性別どころか、顔や体つきまで変わっていているのだからどうしようもないのか。
「まぁ、まずは着替えなさい。私の服、貸してあげるから」
「さすがにそれは、まずいだろ」
まじか、純花の服ってことは女物だよな。
てか、体は女でも、俺の心は男のころのままなんだぞ。
「なに、あんた、私の服で興奮しちゃうの?」
「からかうな!」
「はいはい、ちょっと待ってね」
そう言うと、純花は一度自分の家に帰り、着替えを持ってきた。
「なんでそんなひらひらしたのなんだよ」
まさかの純花が持ってきた服は、フリル付きのブラウスとスカートだった。
「せめて、ズボンにしてくれよ」
「なに言っているの、そんなかわいい姿になったのだから、服もかわいいものにしなきゃ」
「か、かわいいとか言うな⁉」
「なに、うれしいの?」
目の前の女は、ニヤニヤしながら聞いてくる。
その顔は、同い年の男を揶揄う都合の良い理由を見つけた悪女の顔だった。
純花は自他共に認める良い女なのだが。
「俺は、男だぞ、うれしいわけないだろ」
「でも、今のあんたは女の子の姿じゃない。まぁ、それは置いといて、あんたまだ、朝ごはん食べてないでしょ。作ってあげるわよ」
そんな言葉を言い終えた後、何かぶつぶつと独り言を喋りながらキッチンへと向かう純花と朝食をとった。
そんなわけで、純花の奴と一緒に朝食を食べたわけだが緊急事態に陥ってしまった。
ちなみに純花は「私がいたほうが何かと都合がいいでしょ。」とか言って未だに俺の家にいる。
家隣なのだから、変わらないだろと思うのだがそれを言ってしまうと、怒られるのだろう。
いやそんなことを考えている場合ではない。
緊急事態なのだ、何がそんなに緊急なのかというと、トイレである。
「も、漏れそう」
「じゃあ、早くトイレに行ってきなさいよ」
な、なんてことを言うんだ純花の奴は。
ただ、やばい、そろそろ膀胱が崩壊しそうだ。
し、仕方なく、仕方なく、トイレに行くことにした。
何が仕方なくなのかは聞かないで欲しい。
膀胱と一緒に羞恥心が一緒に爆発してしまうからな。
している間、恥ずかしさと申し訳なさで顔が真っ赤だったのは言うまでもない。
「あぁ、大切なものをなくした気がする」
「たかがトイレに行くだけなのになんでそんなに疲れているのよ」
純花はああいうが、今までと、その…やり方も違うのだし、そもそも、俺的には異性の体なわけであって、いろいろ頭によぎるのは仕方がない。
なんだかんだありながらも純花とゲームをしたり、アニメを見たり、しているうちに外は暗くなり始めていた。
俺が女になろうとも、変わらず今まで通りに遊べるのだから、幼馴染というのはすごいものである。
まぁ、俺たちの場合、物心がついたころには一緒にいたのだから、兄弟のようなものなのであるが。
「それじゃあ」と純花が言った。
「そろそろ帰るわね。部屋着置いといたから、それつかっていいわよ。後、お風呂ちゃんと入りなさいよ」
そう言って、純花は玄関ドアを開け、家に帰っていった。
なんだかんだ気を遣ってくれる幼馴染に俺は悪態をつくことを憚られる。
ちなみにさっきも言ったが、純花の家はここの隣にあるので別にこんな時間までいる必要はなかったと思うのだが、それは内緒にしておこう。
というか、お風呂か、トイレの時もそうだが体が女でも心は男のころのままなのだ、そして俺は思春期男子だ。
でも、純花に釘を刺されたせいでお風呂に入らないわけにはいかないし。
それに流石に、明日もあいつは来るであろうし、臭いとか言われたら流石に泣くと思うしな、明日の俺。
仕方ないのでお風呂を沸かした。
これから、お風呂に入るので着替えなくてはいけないのだが、とりあえず下も鏡も見ないようにしなければ。
自分の体に対して何やっているんだという気もするが、仕方がないのだ、思春期なのだもの。
ガラガラと風呂場の扉が鳴る。
とりあえずここでも鏡を見ないようにしながら、湯船に浸かる。
俺は、お風呂自体が嫌いなわけではない、むしろ、気分が落ち着くため好きな方だ。
実際、さっきまで動揺しっぱなしの心も今は多少落ち着いている。
さぁ、体も十分温まった、ここからが正念場だ。
そう思い、俺は湯船から出て鏡の前の椅子に座る。
鏡を見ないようにしながら、シャンプーを手に出し髪を洗っていく、今の俺の髪はロングなので正直どう洗えばいいのかよくわからないが、とりあえずそれとなく洗っていく。
次は、体だがこっちが問題だ。
洗うということはつまり、その、何をとは言わないが触る必要があるわけで。
「うぅ。」
終始、俺はこんな変な声を出しながら、体を洗っていった。
「ふぅ。つ、疲れた。」
もう一度、湯船に浸かるとそんな声が出た。
少しして、このまま浸かっているとのぼせてしまうと思い、また、体を見ないようにしながら湯船から出て、着替えることにした。
着替え終わり自室に戻ると、疲れたのですぐにベッドに横になった。
カーテンの隙間からは三日月とも言えない細い月が出ていた。
実は夢で、起きたら男の姿に戻っていればいいな、なんて考えながら、眠りについた。
それこそ夢オチなんて最高のエンディングだろう。
翌朝、カーテンの隙間から覗く朝日の光で目を覚ました。
当然、昨日のことは夢などではなく、俺の姿は女のままだった。
「夢であってほしかったなぁ」
とりあえず、昨日、純花が置いていった服に着替えた。
これ、あいつの服なんだよな。
そう思うと急に顔が熱くなった気がした。
流石に匂いを嗅いだり、なんてことはしなかったが、これからこれを着るんだと思うと流石に反応せざる終えない。
「人の服握りしめながら興奮しないでくれない?」
「うわぁ!」
びっくりした。
「こ、興奮なんてしてねぇよ」
「今日もこっちでゆっくりさせてもらうわね」
あぁ、スルーですか、そうですか。
まるで、俺にどう言う感情を持たれていようと興味がないみたいな感じだな。
「そういや、ありがたいっちゃありがたいんだが、どうして今日もウチへ来たんだ?」
「そ、そりゃあ、あなたが心配だったからよ。悪い?」
悪くはねぇが、なんでこいつはちょっとキレかけているんだ?
まぁ助かることに違いはないから別に良いのだが。
「そっか、ありがとな」
「べつに」
「うーん、映画でも一緒に見るか」
そう言って、録り貯めてあった映画をつけた。
「えぇ、そうしましょう」
そうして、十二時を回るころまで一緒に映画を見ていた。
「そろそろ、お昼の時間ね。飛鳥、なに食べたい…ご注文は?」
映画が終わったところで、純花がそんなことを言い出した。
「あー、じゃあ、パエリアが食べたい」
「あんた、ほんとにそれ好きね。レストランとかでも食べているし」
「純花のが一番好きだけどな」
「っ⁉」
急に純花の体がビクッ⁉と跳ねた。
「どうかしたか?」
「ううん、別に」
「?そうか」
純花がキッチンの方で胸をなでおろしていたような気がする。
それから、俺は一人で映画を見ているのも何なので、料理をしてくれている純花のことを見ていた。
ちなみに、俺は、包丁すらまともに使えないので最後にお皿を運んだりするくらいしか手伝えません。
「あのさ、そんなに見ていて楽しい?」
「んー、楽しいというより新婚さんみたいで新鮮」
「っ⁉ゲホッ、ゴホッ」
「純花、大丈夫か?」
「あんた、いきなり何言いだすのよ」
「え、いや、思ったことを言っただけなんだけど」
「そ、そう」
そう言うと、純花は昼食づくりに集中し始めた。純花の横顔がちょっと赤い気がする。




