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19 女主人(シェリーメイ)視点3

ようやく、この話も大詰めです。

最後まで読んで頂けたら嬉しいです。

 ゲルトーの教会が放火されて消滅してしまいました。

 

 私は火事のあった日の翌朝早くにゲルトーに到着しました。朝焼けの中、焼け野原となった小高い丘の上で、私はただ呆然と立ち尽くしました。

 

 しかし、そんな私の耳に、孤児院の子供達は幸いにも全員無事だったが、焼け跡からは中年女性と思われる亡骸が見つかったという会話が聞こえてきて、体の震えが止まらなくなりました。

 師匠は今どこにいるのだろう。早く、師匠の側へ行かなければ。慌てて人々の輪から抜け出した時、私は何か小さくて硬いものを足で踏みつけました。

 何だろうと屈んでそれを拾い上げて、私はギョッとしました。

 

「お嬢様、大丈夫ですか? しっかりなさってください」

 

 エルザは私がよろめいたと思ったのでしょう。私の腰を支えてくれました。私は大丈夫、ありがとうと言って態勢を整えました。そして拾ったものを慌てて手の中に強く握り込みました。

 

 それからエルザと私は家紋のないいつもの馬車で、父の家へと向かいました。

 玄関のドアベルを鳴らすと、父が顔を出し、辺りを注意深く窺った後で私達を受け入れてくれました。父の様子がおかしかったので、何かあるなと、ずっと握りしめたままの左の手を右手で覆いながら思いました。

 

 私が居間に入ると、そこには灰まみれのフードをかぶったままの女性と、毛糸帽を深くかぶった子供が力無く木の床の上に座り込んでいました。

 

「師匠!」

 

 私は師匠であるシスター=メアリーナに駆け寄りました。ああ、師匠は無事でした。ホッとして全身から力が抜けていきました。それにしても、焼け跡の亡骸は一体誰なのでしょう。

 ゲルトー教会にいらっしゃったシスターは師匠と、六十代の教会長様と、三十代と二十代のシスターの四人のはずです。

 

「シェリーメイ、やられたよ。元王妃に居場所がばれた。あれから三十八年も経つというのに、凄い執念だね。息子がすでに国王になっているんだから、もう私の事など放っておけばいいものを。

 教会に火をつけるなんて、そんな天に対する冒瀆をよく出来たもんだ」

 

「やっぱり、アンナ様が命じたのですね」

 

「やっぱりとは?」

 

 私の言葉に片眉を上げた師匠に、私は左手に握りしめていた物を手渡した。

 

「これは?」

 

「我が国の近衛騎士の制服のボタンです。焼け焦げていますが、紋章ははっきりしています。多分腕の袖口の部分ですね。多分、相当な火傷を負った事でしょう。先程焼け跡で拾いました」

 

 父も師匠もエルザさんも瞠目した。国母として慕われている元王妃が元聖女を暗殺しようと、教会に火を放つなんて。しかもそこには関係のない聖職者や子供までいるというのに。

 

「シェリーメイ、お前にはまだ言ってはいなかったが、恐らく、元王妃とリリースリー公爵は繋がっている。この十年近く、リリースリー公爵を調べていたら、あの女の影がいつもちらついていた。

 私はメアリーナ様には大恩がある。そんなメアリーナ様、そして息子のアマンドを殺そうとした事を、俺は許せない。しかし、お前には直接関わりのない事だ。ここで、お前との縁を絶とうと思う。勝手な父を許して欲しい」

 

 父は酷く苦しそうな顔をしながらこう言った。すると、師匠はフンと鼻を鳴らした。

 

「馬鹿も休み休み言いなさい。私はシスターだ。自分の為に信徒を不幸にしたならば、それこそ天罰が下るというものだ。

 貴方が娘と幸せになる事が私の願いだ。その邪魔をしないで欲しいね。

 そもそも、王妃との確執は私が蒔いた種だ。自分で刈り取るのが筋というものだ。私ももう逃げるつもりはない。自分だけならともかく、仲間や子供達の命まで狙われては黙ってはいられない。

 彼女は私を随分と見くびっているようだが、私はこれでも元聖女で、この国一番の魔力を持っているんだよ。本気を出せばひとひねりできるのだ。ただ、今まで実行しなかっただけ。

 誰の手助けも要らない・・・」

 

 師匠がこう言った時、今までじっと蹲っていた子供がすくっと立ち上がった。そしてこう叫んだ。

 

「元王妃もリリースリーも僕が殺してやる!」

 

 少年はブルブルと怒りに震えていた。

 私は灰まみれの少年アマンドを抱きしめて言いました。

 

「殺すなんて言っては駄目よ。そんな事をしたら、貴方まで彼らと同じ人でなしになってしまうわ」

 

「どうせ僕はもう人でなしです。生まれた時から人でなし・・・

 僕のせいで父上とお嬢様を不幸にしてしまった・・・」

 

 アマンドは泣いていました。私は体を離して、ハンカチで彼の涙と共に煤で汚れた顔を拭った。

 

「貴方には何の罪もないわ。罪とはね、それを犯した者が償うべきものなの。だから、貴方は余計な事をしなくてもいいの。ううん、絶対にしないで。

 父と私の事を思ってくれるなら、貴方自身が幸せになって。お願い」

 

 アマンドは驚いたような顔で私を見つめたので、私は自分が出来る限りの精一杯の笑顔で見つめ返しました。あの後、もっと素敵に笑えたなら良かったのにと、随分後悔しました。当時はまだ、私は微笑むのがとても苦手だったのです。

 

 それにしても、美味しいところを持っていくのは、いつもエルザさんです。彼女は両足を広げて踏ん張りながら、私達にこう言いました。

 

「この際ですから、二人まとめてギャフンと言わせてやりましょうよ。あんな極悪人どもを放りっぱなしにしていたら、ますます被害者が増えてしまいますよ。

 旦那様が繋げた輪があれば、きっとどうにかなりますよ。でも、急いでは駄目ですよ。一時の感情に流されてはいけません。相手を完膚無きまでやっつけるのなら、じっくりと時間をかけ、計画を練らなければなりません。急いては事を仕損じますよ。わかりますね?」

 

 彼女の迫力に負けて、私達全員、素直に頷いたのでした。

 

 

 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 

 昨日教会近くの道で、浮浪者風の四十代半ばくらいの女性が亡くなっていたそうです。そしてそのご遺体は翌日葬儀をあげるために、棺に納められ、教会の控えの間に置かれていました。

 教会の焼け跡にあった焼死体はその方だったようです。

 亡くなった方には大変申し分ないのですが、目標を成し遂げるまでは、その方にメアリーナ様の身代わりになって頂くことにしました。

 師匠が亡くなった事にすれば、彼女はこれからは自由に行動する事が出来ますから。

 

 という事で、本当は湯浴みして煤だらけの体を綺麗にして頂いてから出立したかったところですが、なるべく早くこの町から姿を隠した方が良いだろう、という事になりました。

 

 父と執事と侍従の方に、ゲルトー教会のシスターと子供達の事をお願いし、私達四人は急いで馬車に乗り込みました。そして朝の活動の始まった、町のにぎやかさに紛れて街道へと向かいました。

 その途中周りの様子を何度も窺いましたが、後をつける怪しい馬車はありませんでした。

 

 見晴らしのいい広めの街道に出ると、私達はようやくほっと一息つく事ができました。しかし、のほほんとはしていられないので、私達はすぐ様今後の計画を立てていきました。

 

 エルザさんが先程言ったように、彼らの罪を暴くためには念入りな調査をし、証拠を多く集めなければなりません。

 そのためには、私にはまだまだ学ばなければならない事が沢山あります。それに魔術も学び始めてまだ一年しか経っていないのです。出来るだけ早く習得しなければ、師匠と共に戦えません。

 私は気持ちを新たにし、今までになく強い気概を抱いたのでした。

 

 

 シュナイエル領地内には、屋敷から馬車で三十分ほどの所に森があって、その中に森番の住む小屋があります。

 そこには三十代の森番の男性が住んでいます。とても真面目で仕事熱心で信頼出来る人物です。師匠は当分そこに身を隠してもらう事にしました。

 

 そして私とエルザさんは、アマンドを連れて屋敷に戻ったのでした。

 

 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 私は最初の一年間は、薬草学と魔力のコントロール法を学びましたが、その後は、使用頻度の優先順位で学んでいきました。その最優先が変身魔術でした。

 アマンドの容姿は目立ち過ぎます。しかし、たとえ薬草などの天然植物由来の毛染めであろうと、まだ子供のアマンドには使いたくありませんでしたから。

 私は大袈裟ではなく、血を吐くような特訓の末、変身魔法を会得しました。


「ねぇ、アマンド、髪と瞳の色を何色にする? 大抵の色には変えてあげられると思うわ」

 

 私がそう尋ねると、アマンドは少しはにかみながらこう答えた。

 

「何色でも良いのなら、父上と同じがいいです。明るい茶色・・・」

 

 アマンドは実の父親そっくりの外見にコンプレックスを持っていました。彼は私の前ではいつも毛糸の帽子をスッポリかぶり、色付き眼鏡をかけています。

 

 私はアマンドの身の安全の為に色を変えようとしているだけで、正直なところ、彼の容姿に嫌悪感など一切持ってはいませんでした。いえ、天使のようでむしろ好きです。

 どんなにその見目が似ていようと、アマンドとリリースリー公爵は別人です。性格は間違いなく表に出ます。何度かあの男を見かけていますが、あの男を天使のようだ、と思う人は一人もいないでしょう。

 それでもアマンドはせめてお父様と同じ瞳になって、本当の親子のようになりたいのでしょう。ただ、例え容姿が似ていなくても、父は私と同様にアマンドの事を愛しているに違いない、と私は思っています。

 

 アマンドを引き取った後、私は次々と親のいない子供を引き取って、最高級の教育を施しました。

 それは貴族としての奉仕活動の一環と言えばそうですが、アマンドの罪悪感というか、申し訳無い気持ちを少しでも減らしてやりたい、という理由の方が大きかったと思います。

 

 私はどの子供達にもできるだけ平等に接し、一人でも生きていける力と能力、そして人脈が作れるように指導をしていきました。もちろん、自分の道を自分自身で決められるように、何度も話し合いを持ちながら。

 

 一年後、飛び抜けて優秀なアマンドとカタリーが屋敷に残りたいと申し出ました。もちろん、こちらとしても願ったり叶ったりでした。

 

 カタリーは手先が器用な上に美的センスが飛び抜けていたので、将来は意匠関連の、例えば洋装店などを開いてやりたいと思いました。

 

 アマンドはあらゆる面で優れていたので、執事長のフォルトさんと、護衛隊長で彼を取り合った結果、本人の希望で執事見習いになりました。

 

 彼の身を守るために、彼が成人するまではローゼン家に留め置く事が最良です。実際のところ他に選択肢はなかったでしょう。それでも、私の心の奥は複雑でした。

 ここにいたら、あの子は実の父親と対決しなければなりません。関わるなと言っても聞かないでしょう。でも、私はアマンドには幸せになってもらいたかったし、自分の好きな道を選んで欲しかった・・・

 

 

 私の三度目の婚約が解消となった頃、とうとう機が熟したと皆が判断しました。

 そしてその復讐劇の幕開けはヘルマン=ヘルツとシャルロッテ=リリースリーの婚約破棄・・・

 次にアマンドがシャルロッテと恋人になって婚約、結婚・・・

 

 この筋書きを聞いた時、私は雷が落ちたような激しいショックを受けました。

 

 最初の婚約を解消した時も、二番目と三番目の婚約者をシャルロッテに奪われた時も、正直私は何とも思いませんでした。なんの感慨も抱かない自分は異常なのではないか、おかしいのではないかと悩んだくらいです。

 

 それなのに、例え芝居だとしてもアマンドが結婚すると聞いて、私は酷く動揺しました。でもそれは倫理的な理由のせいだと、最初は思い込もうとしました。実の姉と結婚なんて、天罰が下ってしまうと。

 

 しかしアマンドは平然と笑いながら、

 

「その辺はヘルマンさんに彼女の扱い方を教わったので大丈夫です。大事な人には結婚まで誠実でいたいと言えば、口づけさえしなくても大丈夫だそうですよ。

 王家に繋がる崇高なご令嬢を結婚前に汚す事は出来ません。貴女を愛していますからと。もうとっくの昔に汚れてるでしょうけどね」

 

 と下品な事を言った。

 口づけ・・・

 アマンドはシャルロッテとは口づけさえするつもりはないと言った。しかし、彼がそのつもりでも、迫られたら逃げられないのではないだろうか。

 二人が抱き合って口づけしている姿がふと頭の中に浮かんできて、私はブルブルと震えてしまいました。そしてアマンドの両腕を掴んで、思わずこう叫んでしまいました。

 

「いや・・・、貴方が誰かと抱き合ったり、口づけを交わすのは絶対に嫌!」

 

 と・・・・・


読んで下さってありがとうございます!

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