「無限」の闘い
――空間が裂け、無数の『The END』達が姿を現す。
無数の巨大蜘蛛、巨大獣、巨大鳥。全てが光を吸収する様な黒い粘液で覆われて居る。
「なっ!?」
突然の出来事に、俺の反応は一手遅かった。
だからこそ、アキラには気取られずに済んだ。
「な、なんだよコレっ!?」
「ウ、ウワアアアアアアアアアアアアア!!!!」
辺りの人間も驚き、騒ぎ立てる。何とか逃げようとするが、あまりにその動作は遅い。
「シューくん!! 逃げてて!」
そう言い、近くの六花を俺の元に付き飛ばし、アキラが走る。
「アキラ! 何処へ行くつもりだ!」
そう、叫ぶ。しかし、逃げ惑う人混み、アキラの姿は既に確認できなくなっていた。
《不味い事になりました……》
わかってる……数は?
何とか戦闘の算段を立てようと戦況を尋ねる。しかし、エイダの声は芳しくない。
《……四十》
四十……それなら何とか俺だけでも、アキラが居れば。
《蜘蛛型が百四十、獣型が六十、鳥型が百》
それを聞き、自分の意識が遠のくのを何とか抑え、尋ねる。
だが、勝算は……。
《逃げ惑う人々が邪魔で、広域型の攻撃は不可能です……アキラさんはそう言う人でしょう?》
歯を強く噛みしめ、首を縦に振った。
《――そして、これは第一波でしかありません》
それは後続の存在を確認した、そう言う意味だった。俺の視界が黒く染まる。目眩から、その膝を付く。
そうしている内にも、『The END』は人々を狙い、その毒牙を伸ばし――アキラが守ろうと立ち塞がる。
俺は見た、人々を守ろうと、その身に無数の傷を負うアキラの姿を。幾ら強かろうと、その力を完全に発揮できず、更にはこれだけ数の差が有る。守ろうとする相手と戦うべき相手が多すぎるのだ。
勝て、ない。守れ、ない。
広域に対しての攻撃が出来れば、そんな考えが脳裏に浮かぶ。
俺なら例え他人が居ようと関係ない、俺の守りたい範囲の人間、それ以外の他人がどうなろうと知った事ではない。だが、アキラは違う。アイツは皆守ろうとする。
恥しい、恥しいと悪態は吐くが、自分自身には得た力がある。しかし、その力はあまりにも弱く、あまりにも小さかった。その事実が心を蝕む。
《集人さん! 集人さん! 大丈夫ですか、集人さん!》
エイダの声が、何処か遠く聞こえる。俺は今、自分が自分で無い様な感覚に陥って居た。
なんて、何て弱いんだ俺は……俺には――
心が塞ぎこむ。逃げ惑う人々は、俺を蹴飛ばし、俺を踏みながら、邪魔だと罵倒し、そして逃げようとする。俺には、その言葉も、その痛みも、まるで自分の物で無い様に感じた。
「――俺には、何も出来ない……」
そんな、呟き。誰も聞いて居ない、自分すら確りと確認は出来ない、小さく漏らした声。しかし、その呟きの直後だった。
――鋭く、重い音が響いたのは。
「……シュート」
それは、六花の手による物だった。彼女が俺の頬を叩いたのだ。その痛み、その音に、はっと我を取り戻す。
「シュート、君は確か、アレと戦えるんだったな?」
そう言い、無数の『The END』を指差す六花。そんな彼女に、小さく、少しだけ不安そうに頷いた。そんな俺を見て、彼女は優しい笑みを浮かべ、言葉を続ける。
「――なぁ、怖いのだろう?」
その言葉に、びくんと身体を跳ねさせる。
「いいさ、怖いだろう。多少力が有るとはいえ、これだけの数だ……」
優しく、諭すように言う六花。俺は小さく頷く。
「だが、戦えるのだろう? 他の人を――アキラちゃんを放って逃げる。そのつもりなのか?」
俺の眼をキッと見据える六花。その眼か逃げようと、眼を逸らし――また叩かれた。
「ッ!!」
声すら出ない。痛みによる物でも、恐怖による物でもない。彼女の震えが原因だった。
「なぁ、怖いよ、力も何も無い、私みたいなのには此処は本当に怖い」
既に人々は居ない。辺りはどうやら、無数の『The END』に囲まれている。包囲網は完全ではない。だが、時間が過ぎれば……。
「だが、こうして君を励ます事位は出来る」
六花はそう言い、震える肩を押さえながら、無理矢理に笑う。
「なぁ、シュート、君が強くないと、そう言ったのを私は覚えて居る……だから、無理に戦ってくれとは言わない。ただ、出来る事が有るのなら、それをして欲しい」
そう言い、俺の胸を二度、拳で叩く。
「アキラちゃんは、私が探そう、だから君は――」
「……いや、それは俺がやる」
やっと出た言葉で伝える。
「アキラは俺が探す、敵とも闘う。だから」
飛び掛かろうとする『The END』達、それらは地を蹴り、加速し、その手が俺と六花に触れようとする、その瞬間。
「変身ッ!!」
――灼熱色に燃え盛る魔法少女の姿が現れた。
紅き粒子を放ち、人の身ならざる速度と威力にて『The END』は吹き飛ばされ、消滅した。
「氷室、お前は皆を一刻も早く逃してくれ」
「……心得た」
その一言を聞くと、俺は身体から焔の様に粒子を放ち、飛び立つ。
俺は、俺のやるべき事をやるだけだ。
「エイダ、アキラの魔力をコントロールする事は出来るか?」
俺は、人々を追う『The END』の頭を、地面代わりに踏み潰しつつ、エイダに尋ねた。
既に異形の集団は街へその魔の手を広げて居た。
《……正直に言えば不可能です。それはアキラさんにとっても同じです。いくら、私達高位次元の存在としても『無限』なんて、管理しうる物ではありません……》
エイダは、申し訳なさそうに答える。
「何も出来ねぇってか? このままじゃ皆死ぬだけだろ?」
舌打ちを一つ。考えろ、ほかの手を、どんな手段でも構わない。
――俺に取り得る手段。
「エイダ! お前、言ってたよな! 本契約はしていないって! 俺だってまだ仮契約だって!」
先ほどのエイダの愚痴を思い返し、また尋ねた。
視界の端には、この街の全域をカバーする地図が移されている。
「本契約を行えば今よりも俺は強くなれるのか!?」
俺目掛け、飛び込む鳥型の『The END』。それを横に一歩ずれる事で、回避し、また頭を潰し、マップの示すその地を目指した。
《……確かに、それなら強化は可能……かもしれません。今よりは、確かに、貴方は強くなるかも……》
そんな事、考えもしなかった。そんな声色で、エイダが答える。俺は、ニヤリと笑みを浮かべ、アキラを視界の端に映す。
「どんな手段でも試すしかねぇ! やってみるだけの事はあるだろう!?」
《ですが、貴方自体に素質が無い! 魔力が無いんです! どんなことになるか!》
「この化け物に殺されるのに比べれば、お前に殺された方がマシだ。それとも何か? 出来ないのか?」
《……やって見せますよ、出来なければ死ぬだけでしょう?》
「上等だ」
エイダと俺はニヤリと、笑みを溢す。と、鳴り響く警告音。俺の魔力切れを教える合図だ。
「エイダ! どうすれば良い! どうすれば本契約ってのが出来る!?」
《……何も言わず、言う通りにしてください。アキラさんに向かって移動していたのは正しい選択ですよ》
その言葉を聞き、残り時間を全て使い果たす前に、魔法少女の姿を解く。そして、ほんの数歩でアキラの元へと近寄った。
「アキラ!!」
「えっ!! シューくん!?」
俺の声に、驚くアキラ。
「ど、どうして、ここに!? そ、それに今のボクはボクじゃなくて……」
おろおろと、言い訳を繰り返すアキラ。あぁ、魔法少女だとは知られて居ない、アキラはそう思って居るのか。
全身に無数の傷が付いている。打撲や刺傷、火傷もある。
魔法少女として、アキラは攻撃と速度に力を振って居るらしい。防護の性能はそれほど高く無いのだ。
だと言うのに、他人の為、その身を呈し守ったのだ、皆を。
「……ごめんな」
俺はそう言うと、アキラの身体を抱きしめた。強く、強く、痛むだろうその身体を。わかってはいても止める事は出来なかった。
「ふぇっ!? しゅ、シューくん!? どうしたの!?」
そう言い、顔を赤くするアキラ。先までの戦いに挑む者の顔では無い。
《どこか嬉しそうで、恋をする少女の顔ですね》
エイダ、どうすれば良い、どうすれば終わらせられる。
エイダに訊いた。方法を、何をするべきか。エイダは少し黙ると、小さく答える。
《――キスしてあげて下さい》




