デート・オア・ダイ
甘い、甘い、砂糖菓子のような匂いが鼻孔を擽る。
「シューくん、シューくん、朝だよ?」
「んぁ……?」
何度も何度も自分の名を呼ばれているような感覚。しかし、どうにも意識が定まらない。
俺はなんとなく、自らの側に在る、その甘い匂いの源を抱き締めた。
「ひゃんっ!?」
暖けぇ。ってか熱い。辛い――ん?
「あ、朝から駄目だよっ! シューくんっ!」
「アキラじゃねーか!!」
抱き締めたそれの暖かさから、目覚めた俺は、直ぐ様ベッドから起き上がる。
そうして、視界に収めたのは、アキラその人であった。無理矢理と言う言葉が良く似合う、そんな状態だった。その九十九髪を散らし、身に纏う服を乱したその状態、襲われてしまったのでは無いか、そんな悪い想像をさせる。上気したその顔は、強く雌を感じさせる。
そうして、そんな事を考えてしまう自分に軽く自己嫌悪。でもこれは俺の何時もの事だ。
「シューくん……駄目だよ」
「あぁ! そうだな! 駄目だな! 悪かったよ! 危ないから俺に近づくなよ!」
「――それは駄目っ!」
アキラはバッと、起き上がると、ぺたんと座り込んだ状態で俺に言う。
「めっ!」
「そう言われてもなぁ……おはようアキラ」
「おはよう、シューくん」
そう返事をすると、ぴょんとベッドから飛び降りるアキラ。その際、ブカブカのTシャツがめくれ上がり、少々際どい位置まで足が見えた。
「えっち……」
そんな俺の視線に気がついたのか、Tシャツを伸ばし、足を隠すアキラ。ジトッとした目付きで責めてくる。
「バカ言え。で、なんだってこんな時間に起こしたんだ? というか、地下闘技場は?」
昨日行ったなら、二日は帰ってこないはずだが……。
そんな言葉に、思い出したかのようにアキラが口を開く。
「シューくん! デートしよっ!」
魔法少女活動三日目、土曜の朝。その一言から、その日は始まった。
学校の在った位置が焦土と化し、ここ数日は緊急休校。直されなかったのは仕方ないと納得し、静かに眠っていようと考えていたが、朝から起こされ少々ご機嫌斜めな俺。その言葉を聞き、自らの耳を疑った。
「はぁ? でぇとぉ?」
「うんっ!」
「俺と?」
「ボクでっ!」
集人は元気よく答えるアキラを見ると、静かに箪笥を開き、着替えを見繕った。
別に家出ることもないし、適当な服で良いか……。
《いやいや、現実逃避したって変わりませんよ? 答えを出しちゃって下さいよ》
またエイダの差し金か。溜息を一つ吐き、答える。
「行かない」
「えッ!?」
答えを聞き、瞳を潤ませ、縋る様にアキラが言う。その表情に、多少良心が痛む。
《泣かせるんですか? いーけないんだーいけないんだー、せんせーにいっちゃーおー》
「うるせぇんだよッ!!」
囃し立てるエイダに、苛立ちを隠せず、叫びを上げる。
「……ごめんね」
そして、エイダの声は今は俺にしか聞こえて居ない。
叫びは、アキラに対しての物にしか聞こえなかった。涙を浮かべ、俯きながらも気丈な声を作り謝るアキラ。
「ごめんねシューくん、迷惑だったよね……ごめんね」
そう言い、泣き顔を見せぬように、駆けて逃げ出そうとするアキラ。そんな姿を見て、考えるよりも先に手が伸びた。右の掌が、何処かへと逃げ出そうとするアキラの左手を掴む。
「――っ!?」
アキラはとっさの事に、その掴まれた手を大きく回し、掴みを外そうとする。意識でなく、無意識で掴んでいた彼。その勢いに飲まれ、ぐるりと半回転、アキラの足元に倒れこむ。
「しゅっ、シューくん! ごめんね!」
倒してしまった俺を気遣い、アキラは身体を支え、起こそうとする。
「ごめんね……本当にごめんね……」
段々と声色が弱弱しい物へと変わる。長く付き合いのある俺にはわかった。
あ、これ泣くな。
俺とて人の子だ。更に言うならアキラの子だ。自分の家族を泣かせて、それが良いなどとは思えない。
《アダルト!? アダルト展開!?》
変な声も聞こえるし。だから、これは仕方のないことだ。
「――アキラ」
「……なぁに、シューくん?」
「今日、どこかに出かけるか?」
それを聞き、アキラの表情が、先までの暗い物から一転、花開くように明るく変わる。
「でも行かないって……」
「ちょっと恥ずかしかっただけだ、こう天気も良いんだ、どっかに行きたくなるだろ?」
「う、うんっ! 行こう! どこ行こっか! ボクねっ、ボクねっ」
明るく笑うアキラを見て、この方が良いか、そんな事を考えて居た。
《……ちょれー、アキラさん超ちょれー。そして、それ以上に集人さんちょれー》
エイダは呆れ気味に呟いた。もう、こいつは無視しよう。
何時もダボダボのTシャツしか着て居ないアキラだが、デートとなった途端、気合いの入れ様が違った。
「えへへ、似合うかな?」
そう言いくるりと目の前で回って見せるアキラ。
その長い白髪を束ね、ポニーテールを作ると、その上にハンチング帽を。白のワイシャツの上、大きめのサスペンダーで服を押さえ、ハーフパンツを穿く。まるで、ボーイッシュな少女の服装だ。まぁ、ボーイって年でもないんだけどな。くりくりと大きな眼は、期待に溢れ輝いていた。
心なしか、何時も以上に可愛らしく映った。
「似合う……んじゃねぇか……?」
可愛らしい少女にあのような表情をされれば、きっと誰もが顔を赤に染めるだろ。
しかしながら、俺はアキラを可愛いと思ってしまった事が何よりも恥しかったが。
「ありがとうっ! シューくんっ!」
そんな俺の様子を見れば、アキラは自分の恰好が好印象だと言う事はわかるのだろう。
だからこそ、アキラは笑みがこぼれ、声が大きくなる。
こうして感情を直接ぶつけてくるのはアキラの得意技だ。
「――ぅうう」
それが俺には一番効く。
「で、今日は何処に行くつもりだ?」
「シューくんは何処に行きたい?」
「……質問に質問で返したら駄目じゃねぇのか?」
あきれ顔で言う。アキラはどうした物かと、考えを巡らせる。だがその思考は答えを導き出せないで居た。
「ボクはシューくんと居られればそれで良いから、何処に行くでも良いよ?」
苦し紛れの返答の様にアキラは言う。しかしその言葉に嘘偽りはなく、本心からの言葉だろうな。
「……そうか」
何とか上手く丸め込めないかと考える。
《流石にそんな非道な事をさせる訳ないでしょう。ちゃんと何処かに連れて行って下さい。最悪私がエスコートのお手伝いはしますんで》
(……テメェにデートのDの字が理解できるのか?)
《今すぐにでもこのデートをDestroyしようって人よりはマシですよ》
(これをさ、例の時間感覚短縮の魔法で……)
《集人さんって本当に屑ですよね……》
かくして一日がはじまる。




