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愛しき姫君

今回だけは、エルフィンの視点です。

 滅びの乙女がとある策を考えている頃、国王であり、彼女の婚姻の相手であるエルフィンは自室に帰り、先程とった己の行動を思い出していた。

先程後宮にあるルーイナーの寝室で、己が無意識で口にした【リュリィア】と言う名と、彼女から呼ばれた【ウェルス】と言う名。

片方は何故か確実にルーイナーの本当の名と感じ、そして…彼女から呼ばれた名は、自分の名だと確信している事に驚くと同時に、あの絵を見てからの夢を思い出す。

十歳に満たない頃に初めて目にした、あの古の王族の肖像画。家族を描いたと思われるそれに、当時の彼の眼は釘付けとなった。

特に王族夫婦の娘と判る、緑の髪と紫の瞳の美しい少女。一目惚れと言っても過言でない程、その少女から目が離せなかった。

その日から頻繁にその少女が、彼の夢に出て来る様になる。

優しい微笑を自分に向け、嬉しそうに寄り添う彼女に夢の中のエルフィンは、愛おしいと感じ、それと同時に他の誰にも渡したくないと思っている。

緑の姫とも、大地の姫とも呼ばれる彼女に初めて会った夢の中の彼は、現在のエルフィンがルーイナーと初めて会った時と同じ様に一目惚れをし、次第に相手の少女へと()かれていく。

彼等の婚約は、国同士の結び付きを強くする為の物であり、政略結婚とも言われるそれだったが、お互いに想い合い、共に暮らせる日々を二人とも楽しみにしていた様であった。

毎日会える訳ではなかったが、それでも年に数回会い、その度に離れたくないとお互いが思う程の仲であった為、両国の王族は元より、国民全員から祝福を受けている様子も見受けられた。

そして二人は、会う度に結婚式の日程や準備、その時の工程の確認、果ては将来の生活の事までも話し合う様になる。

細やかな時間であるが、有意義で楽しく嬉しい時間であった為、早く過ぎて行く様に感じ、近付いてくる婚姻の日を楽しみにしていた。

穏やかに過ぎてく日々の中で体験する愛おしい少女との語らい、その少女が徐々に成長し、美しくなって行く様子や彼女から送られる無邪気で優しい微笑。

これ等全てが、自分だけの物と自覚する夢の中の彼は、己の婚約者を独占出来る一時に歓喜している。そして、彼女の国より小さい自国を共に支えて行ける…そんな相手である彼女に入れ込んでいた。

ルーイナーをあの厳重な神々の封印から、開放してからも繰り返し見続ける夢は、そんな優しい物だった。


だが、彼女を結婚相手と決めた途端、何時も見ていた優しく穏やかな夢が急変した。

平和な日々の終焉とも言える夢…成長した少女との婚姻が近くなったある日、突然の出来事で夢の中の自分が命を失い、彼女を残してしまう。

自分の国と彼女の国を巻き込んだ戦…原因は、彼女を望んだ男が他の国の王を(そそのか)して、手に入らない彼女を葬ろうとしたのだ。

彼女の国の王族は、強大な異能力を持っているが故にその男は、世界の脅威になると嘘を言って、その王を動かす。

その男は王族の秘密を知って、恐れて逃げ出した様に装い、かの王にこの嘘を真実の様に話した。この事を知った彼は、騙されている王を説得に行くが、その男の手先に阻まれ出来なかった。

故に彼は、彼女の国を護る為に自国の兵を動かし対戦するが、全く以てかの国との戦には勝てなかった。

そして…とうとう…彼女の国の(なか)まで戦火が及び…王宮がそれに巻かれる。

王都の人々を安全な場所へと逃がした王族は、自らの滅びを覚悟してその時を待つ。この場に彼もいたが、それは…愛する人を護る為だった。

共に生きられぬのならば、共に死ぬか…彼女だけを生き残らすか…彼の心は、この二つの案の中で揺れていた。

そんな中、とうとう王宮に敵兵が入り、かの王と共にあの男も来ていた。そして…事もあろうか、彼女を渡せば命を取らないと宣言したのだ。

目の前で起こった事に、かの王とこの国の王族は驚くが、この案には首を横に振らなかった為、男の術で力を封印された王族は命を失った。

残された彼女…王女は、男に捕われようとしたが、彼女の拒絶と傍にいた婚約者である彼がそれを阻み、果たせなかった。この事で怒りと嫉妬に駆られた男は、剣を抜き、彼女を殺そうとするが、彼がその剣を受け止める。

彼等の戦いの中、かの王は事実を知って呆然と立ち竦んでいたが、王の部下の一人が彼等のやり取りの意味が理解出来ず、彼女へと剣を向ける。

それに気が付いた彼は、咄嗟に彼女へと向けられた剣を弾くが…相手に剣によって、その場に倒れ込んだ。

己の命がここまでと悟った彼は、彼女へと微笑み掛ける。

「逃げるんだ…リュリィア…君だけでも…逃げて…幸せに…なって…くれ…。」

最後の言葉を告げた彼は、駆け寄る彼女の姿をその瞳に映す。

悲しみに彩られた彼女の顔…死なないでと、叫ぶ声が…耳に響く。

瀕死の彼が最後に見るのは、彼女の悲壮な顔と内に秘めた怒り…そして、燃え盛る炎…。そして…只、只、自分の為に涙を流少女の姿が印象深く、彼女を守れたと言う達成感が心に残っていた。



 その時、少女であった女性から呼ばれた名は【ウェルス】、そして自分が呼んだ少女の名が【リュリィア】だった。この夢の事を他の者に話した事もあったが、特に神官達は、前世の記憶ではないかと言っていた。

その一方、医者達の話では、エルフィンの婚姻が近付いている為、彼の心の何処かにある心配が夢として出ている、との見解もある。

この二つの意見を思い浮かべ、今日自分が取った行動を考えると…神官達の言い分が真実の様に思えてきている。

「フェーニス様の悪戯…か…」

運命の神であるフェーニス神が仕出かしそうなそれを、無意識で口にしたエルフィンは、意中の乙女の事を想い、考えていた。

滅びの乙女と呼ばれる女性……大切な身内を失なった為、自ら持っていた魔力を使い、復讐を果たした人物。

この際に罪なき人々をも巻き込み、多くの命を奪った為、神々から手厳しい罰をその身に受けた。

だが、彼女が唯一、復讐出来なかった相手がいた。

それは、この国の始祖であった王の軍勢。

神々の手助けを得ていた始祖=彼の先祖は、かの乙女を止める為に神々の因って創られ、贈られた剣を手にしていた故に彼女の力を諸共せずに打ち勝ち、彼女を捕らえ、そして…あの神殿の奥深くに閉じ込めた。

神々の手で封印された彼女の事を先祖は、何時も気に掛けていた様だ。残された日記には、かの乙女への贖罪とある人物に騙されてしまった己への後悔。

そして、かの乙女が滅びの乙女となった経緯と…その名。


リューリシアナ・ディンリリア・レムト・ベアリリシェラル。


先程彼女に対して、口にした名前に似ているそれだったが、愛称だと考えれば、納得する名でもある。

そんな事を考えていたエルフィンの口から、意外な言葉が出て来る。

「私の最愛の…リュリィア…如何か、私を拒まないで欲しい…やっと、君に会えたのだから…やっと、君の傍に戻れたのだから…。」

無意識で呟いた言葉は、誰の耳にも届かず、本人の記憶にも残らなかった。 

一言(?)補足です。

この話は、エルフィンが見た夢の話…別名、筆が滑ったとも言える話です。

当初の設定では、転生等ではなかったのに、如何してこうなったという話の展開です。

でも…こちらの方が展開的には良いかな?と思いましたので、本編に入れました。

楽しんで頂けたら、嬉しいです♪

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