困惑する想い
部屋に帰ったルーイナーは、己の行動に困惑していた。
自分から全てを奪った憎い王の子孫に対し、命を奪う事に躊躇した自分の姿に驚き、その理由を探し出そうとしていた。しかし…残念な事に、彼女が辿り着いた答えは……エルフィンを失いたくないだった。
この姿になって初めて女性扱いをし、しかも…愛を語った男性。
告げられた言葉を聞いて己の心内に、困惑と喜びが入り混じっている事を彼女は気付く。だが、神々の怒りを買い罰を与えられているこの身では、例え嫁げても王家の血を残す事は望めないだろう。
己が子を授かる事も、その子が普通の人間として生まれる事も皆無であり、己の罰が継続される事の方がありうる事実だった。
王家の血を絶やす事は、滅びの乙女にとって復讐となりえるが、エルフィンの事を恋焦がれ始めている彼女にとっては、耐え難い物であった。
彼の子を宿し、この世に生みだし、育てたい。
心の奥底で望む儚いそれは、彼女の胸を締め付け、己が今まで生きて来た目的さえも見失う。自分から全てを奪った者への復讐の為に生き延びた筈なのに、その対象となる王の子孫に恋焦がれ、その子孫と添い遂げたいと望む。
だが、それは望んではならない事。
世界を恐怖へと陥れた滅びの乙女であり、この為に神々の怒りを買った彼女では、国王の正妃とはなりえないのだ。
これも、神々が施した罰の一環なのか…そう、彼女は考えた。
あまりにも辛い仕打ち為れど、自分が犯した事を考えると、仕方のない事であると感じる。そして、世界を滅ぼし掛けたこの身には、相応しい罰であり、厳しい物でもある為、彼女は如何しても、今の状況に流されまいと更なる足掻きを始めた。
この罰を甘んじて受ける為、とうとう彼女はある決心をする。
自ら再び、あの封印された場所へ向かい、永い眠りに着く事。
これ以上、自分に関わる事によって彼が神々から罰せられないように、彼に自分の事を過去の者として葬りさせる為に、誰にも気付かれないようにして神殿の奥深くまで魔力によって赴く。
封印が厳重に施されていた筈の扉は、大きく開け放たれたまま、その中に漆黒の闇を抱いている。その中へ進もうとすると、後ろから老年の声が聞こえる。
「ルーイナー殿…エルフィン様を置いて行かれるのですか?」
不意に掛かった声へ振り向き、声の主を確認する。真っ白な神官服に七神の象徴が描かれた物を着込み、様々な色で織られた肩掛けを付けた者。
ここから連れ出された時に声を聞いた、大神官の姿がそこにあった。彼の表情は忌むべきモノとして彼女を捕らえておらず、何処か悲しげな顔をしていた。
そんな彼へ彼女は答える。
『置いて行くとは、人聞きの悪い。
私は…今の状態が退屈な故に、再び眠ろうとしているだけだ。私が望むのは混乱の世、故に、その時まで眠る。』
そう告げて扉へ向き直し、待ち構えているであろう封印の闇へと歩みを進める。闇の中では魔力が使い難くなっている様で、下まで一気に飛ぶ事が出来ない。
ゆっくりと、階段を降りようとする彼女の腕が不意打ちにあった。力強い腕に掴まれ、強引に闇の中から引き出されたのだ。
何事かと思って振り返ると、間近に見えたのは怒りを露わにしたエルフィンの顔。これに驚いたルーイナーは、無意識に身構えていた。
「勝手な事をするな!
我はそなたを、手放す気はないと言った筈だ!!」
そう言って彼は、彼女を腕の中に収める。
強く抱きしめられた彼女は、抗う術を見失う。このまま彼の腕の中に居たいと思う己と、このままではいけないと思う己…二つの心がせめぎ合い、彼の拒絶する事を出来なくさせていた。
離せ、とも言い返せない彼女の体が宙に浮き、そのまま運ばれて行く。
以前と同じ二人の姿を大神官は、何故か温かい目で見送っていたようだ。その視線を背に受けながら、王は再び、滅びの乙女を自分の後宮へと連れて行った。
部屋に戻るとエルフィンは、ルーイナーを寝室へ運び、寝台の上へ少々乱暴に下す。そして自らもその上に乗り、彼女へと近付く。
この行動で彼女は、自分の身の上に降り掛かろうとしている事柄に気付き、無意識に後退りしていた。女性としての本能の行動に、エルフィンの手が彼女の腕を掴み、己へと引き寄せて寝台へと押し倒す。
『嫌!離して!!』
言い様のない恐ろしさの余り、彼女の口から飛び出した心の言葉が王の行動を止め、彼は薄らと微笑を浮かべる。
「ルーイ、もしまた同じ事をする様なら、この続きをして、君の体に私の妻となる事を言い聞かせるよ。」
告げられた言葉にルーイナーは、目を見開き、エルフィンを見つめた。そして、自分を力尽くでも物にしようとする男に、恐れをなした自分に驚く。
持てる力を駆使すれば阻止出来る筈なのに、全く出来なかった彼女を彼は優しく抱き留める。
「怖い思いをさせて、済まない…ルーイ…。
だが、私は君を…正式な妻に迎えたい。君に拒まれてしまっても構わないから…君を…他の男には渡せない……愛している…リュリィア……」
エルフィンの口から出た呼び名に、ルーイナーは再び驚き、身動き一つせずに彼の顔をじっと見つめた。そんな彼女の態度を見て、優しい微笑みを浮かべた彼は、彼女の口に自分の唇を合わせる。
軽く触れ合うだけの口付けでなく、深く繋がりを求められるような口付けをされたルーイナーは、抗わずにそれを受け取った。
今の彼女は、滅びの乙女ではなく、国王に恋焦がれる普通の乙女…。
古の王族の姫として、彼の愛情を受け取ってしまった彼女は、離された唇と体にもどかしさを感じている。そして、リュリィアと呼ばれたあの頃…傍らにいた男性の名を無意識で口にしてしまっていた。
『ウェルス…』
己の名では無い筈のそれに、エルフィンは微笑み、彼女の頬に軽い口付けを落とす。そして、寝台から降りて部屋から出て行った。
残されたルーイナーは、只、只、己が呼ばれた名で、エルフィンと他の誰かを重ねてしまっていた。無意識で呼んだ男性の名…彼女の婚約者であったその人と彼が重なり、この事すら神々の罰だと思い知る。
最愛の婚約者だった者の、転生体かもしれない彼に対して、絶対に迷惑を掛けられない。自分と同じく神々の怒りで、罰を受けさせたくない。
自分を忘れて…欲しくないが、彼の幸せを思うと今の自分より相応しい女性が見つかる筈。
その為には彼女自身が、彼の許から去らなければならない。
しかし、前の様に封印に近寄る事はおろか、この後宮から出る事は叶わなかった。まるで強力な結界が存在するが如く、彼女が後宮から出られなくなったのだ。
神々の罰であるかのようなこの仕打ちに、思い当たる節があった。三人の神々の祝福を受けた者…この国の王であり、彼女へ求婚をしているエルフィンの存在。
更なる苦しみを彼女へ齎す為の、結界と思えてしまう拒み様に、深い溜息と共に悲しみが彼女の心の中へと降り注いで行った………。
彼を心から拒めなくなった滅びの乙女は、己の想いを奥底に隠し、彼との婚姻を破局するべく残された最悪の案を実行する事に決める。
只…その案は、彼女の術の駆使で当初より改良されて、実行される事となる。




