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思いがけぬ真実

 ルーイナーとエルフィンの婚姻の儀式の日取りが決まった頃、後宮も騒がしくなって来る。婚儀の為の衣装の用意と、彼女を暗殺しようとする輩の動き。

衣装は着々と出来上がり、暗躍する者達は、彼女を護る騎士達や侍女によって排除されて行く。当の本人と言えば、近付いてくる日程と出来上がって行く準備に頭を抱え、暗躍する者達の無能さに溜息を吐く。

どの輩も使えそうになく、裏で糸を引いている者達も小物過ぎる。

そう、裏で糸を引いている者達が公爵家、あるいは侯爵家の者なら使い様があるが、如何せん伯爵以下の、男爵家か子爵家の者達ばかりが暴かれていく。

トカゲの尻尾切りと言えば、それまでなのだが、上の位の貴族が黒幕として捕まる事はなかった。恐らくは、彼女の教育役だった貴婦人達の働きであろう。

この国の令嬢より遥かに高貴だと思える、滅びの乙女の行動を見た彼女等が、他の高位の貴族へ待ったを掛けたようだ。

自分達よりも高貴な者へ無礼を働く事は、どの時代の貴族にとって、最も危険を伴う事でしかない。しかもその身に、異形の力を秘めた物なら、尚更である。

頭の良い貴族なら避けて通る道を、頭の悪い低位な貴族は、好んで進む傾向がある。

それが今の状況であった。


 エルフィンとの婚儀を止められなくなった彼女は、他の手段を考え始める。

一番手っ取り早い方法は、身近の者を傷付ける事であったが、ルーイナーにとって周りにいる者達は、敵ではなく、護りたい者となっていた。最も傷つけたくない者達に、敢えて傷を負わす…実行したくない方法であった為、彼女は悩み捲る。

その挙句、何時の間にか後宮の中で、見た事もない扉の前に着いていた。

装飾もなく只真っ黒なその扉は、何かを封印している様に重苦しい空気を纏って、ルーイナーの目の前にはだかる。

何の扉だろうかと思い、それに手を触れた。

何かを封印している風でなく、普通の扉と判った彼女は、そっと溜息を吐く。

歩きながら、考え事はしないものだなと思いながらも、興味を(くすぐ)られたその黒い扉を音を立てない様にゆっくりと開ける。

扉の中は、薄暗い小さな部屋であった。

使用人部屋と思える位の大きさであったが、僅かな光の差し込むそこは、上品な装飾が施されてある。隠れ部屋とも思えるその中心には、大きな絵があった。

この絵に彼女の目は、釘付けとなる。

絵には家族らしき、四人の人物が掛れていた。夫婦らしい頭上に王冠を被った男女と、彼等の前の兄弟らしい男女。

夫婦の方の特徴は、妻は黒髪で紫の瞳、夫は緑の髪で紅い瞳であった。

一方子供の方は、両親の血を受け継いでいるらしく、年上の方は緑の髪で紫の瞳の、まだ成人したばかりの幼さの残る少女で、年下の方は黒髪で紅い瞳の、子供と言える年齢の少年。

見覚えのある人物に、ルーイナーは驚きを隠せなかった。

『何故…この絵が此処に…?お父様…お母様…マリス…何故………』

極小さな呟きとも言える心の声に、男性の声が答える。

「その肖像画は、昔この地を統治していた国王の一家の物だ。

ベアリリシェラ王国最後の国王であった、ルーベルフェルト王とその妻、子供達を描いた物で、唯一現存する絵画だよ。」

声のした方へ彼女が振り向くと、そこにはエルフィンが佇んでいた。何故此処にと、言わんばかりの視線を送るルーイナーに、エルフィンが近付く。

「ここは、王家の者が管理する場所だ。

不用意に開けられると、私に知らせが来る様に仕掛けがしてある。…まさか、君が辿り着くとは、思わなかったよ。」

半ば残念そうに言われた彼女は、驚きを笑みに変えて話し掛ける。

『ここの扉を勝手に開けたなら、正妃の資格は奪われるの?』

嬉しそうに尋ねられたエルフィンだったが、首を横に振り、答える

「残念だけど、それは無いよ。

婚姻前に、私が直々に通す筈だったんだけど、出来無くなっただけだよ。

此処は、王族に入る者が婚儀前に最初に通される部屋でね、昔の王族の事を教える部屋でもあるんだよ。」

昔の王族と聞いて不思議に思った彼女は、その事を率直に質問する。

『昔の王族って…如何(どう)いう事?』

「此処にあるのは、この地の元々の王族の絵姿(えすがた)なんだよ。これは……私の先祖が犯した罪の証しなんだ。」

悲しく辛そうに告げられた言葉にルーイナーは、とある事に気が付く。

目の前にいる現国王は、誰かに似ていた。

そう、ベアリリシェラ王国に攻め入った国の王…自分の家族を奪った貴族と結託し、国をも奪った王と似ていたのだ。

『まさか…貴方…ジェニフェス王の子孫なの…?』

驚愕と怒りの籠った声にエルフィンは頷き、彼女の傍に近付く。その無防備な姿に彼女は、己の手にある鈎爪を出し、彼の喉元へ突き着ける。

後僅かで、彼の命を奪おう事の出来る距離になったそれは、不意に止まり、戸惑うルーイナーへ声が掛かる。

「私を殺せば、君の復讐も終わるよ。

今の私に跡継ぎはいないから、この王家の血も完全に途絶える。………ほら、後、もう少し手を伸ばして…そうすれば全てが終わるよ。」

そう言って彼女の手を取り、そのまま自分の喉元へ引っ張る。そんなエルフィンの手をルーイナーは、強い力で拒絶した。

薄らと彼の喉に付いた傷に慌てて、治癒の魔力を使った彼女は、自分の取った無意識の行動に驚愕する。

自分の家族を奪った、憎い男の子孫の筈なのに…彼が傷付く事を恐れてしまった。

彼が命を失う事を嫌だと思ってしまった自分に焦燥し、混乱し始める。そして…早々に魔力によって、この部屋から離れていった。


 部屋に残されたエルフィンは、あの絵の傍に置いてあった、一冊の古惚(ふるぼ)けた本をその手に取る。

初代の王の日記であるそれの最後の頁には、この王家に先祖代々、受け継がれていた言葉が書いてある。


【我、此処に、子々孫々への遺言を記す。  

我が子孫の中で、光の輝きを持つ髪と、空の青さを持つ瞳の者

生まれ、成人せし時

光の神の祝福を受けしその者

神殿の奥深くに封印されし乙女 解き放たれたし

                ジェニフェス・アニフルト・ルータイナ】


繰り返し読み返している、己の事を予言している様な走り書きの遺言にエルフィンは、何時になく重い溜息を吐く。

この走り書きを見たから、自分が彼女を開放した…訳でなく、只、己の好奇心だけで彼女を開放し…そして今、彼女自身を己の傍にと欲している。

「あの夢の…影響…でもないな…。

私自身、ルーイが……に欲しいからな…。」

肖像画とは、似ても似つかない姿の彼女を欲している…。

先祖の残した遺言と関係なく彼女を開放し、共に暮らしてみて…彼女に惹かれて行く自分を止められなかった。

「ルーイ、君には済まないけど…私は…自分の欲望を止められない。

だから…このまま、流されて欲しい…。」

珍しく、自分の欲に忠実になっているエルフィンは、そう独り言を残して、この部屋を静かに去った。



再び閉じられた部屋に残されたのは、あの肖像画と日記のみ。

それが再び静寂に包まれたこの部屋で、時を刻むだけである。

この流れ行く時の中で、光の神の祝福の受けたかの者に、久遠の闇の封印から解き放たれた乙女は、かの者の先祖が残したあの言葉を知らない。

そして、その子孫であるかの者は、この言葉に隠されている真の意味を……

今は知らない。

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