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リセアネ姫と亡国の侍女  作者: ナツ
後日談
48/48

花冠を君に(クロード×ティア)

 今日は珍しく2人とも公務の予定が入っていない。丸一日の休暇は久しぶりだ。

 朝食の後、光の宮の居室に引き上げたクロードは上機嫌だった。

 二人きりになるが早いか、ティアを抱きあげ膝に乗せる。

 いつもは恥ずかしがってささやかな抵抗を試みるティアも、今日は大人しく従い、夫の胸に頭を預けた。


「あれ? 珍しい。君から甘えてくれるなんて」

「……私も、今日の休みを楽しみに待っていたから」


 耳まで赤く染めたティアが小声でつぶやく。クロードはますます嬉しくなった。


「ああ、もう可愛いなぁ。一日部屋に閉じ籠っていたいなんて、言えなくなってしまった。せっかくの休日だものね。ティアの好きなことをして過ごそうか」


 クロードは愛妻の髪に唇を押し当て、柔らかく囁いた。

 他の人の目がある場所でも溺愛ぶりを隠そうとしないクロードだが、こうして2人きりになると、普段の数倍も甘くなる。


「私の好きなこと?」

「うん。何でもいいよ。たまには我儘を聞かせて欲しいな」

「それなら私、森へ行ってみたいわ」

「森? そうか、そういえばティアはまだ行ったことがなかったね」


 王宮の裏に広がる森は、王族と彼らが許した者しか立ち入れない特別区となっている。

 森の奥には澄んだ湖があり、夏にはそこで水遊びをするのがクロード達兄妹の恒例行事だった。

 まだナタリアもリセアネも王宮に住んでいた頃は、エドワルドとフィンを伴にしてよく出かけて行ったものだ。


「乗馬の練習にもなるし、何よりアレク様たちの思い出の場所を、私も見てみたいの」


 ティアは躊躇いがちに希望を述べ、クロードを見上げた。


 サリアーデに来て以来、礼儀作法を初めとしたお妃教育は受けているものの、身体を動かす類のレッスンはダンスしか許して貰えていない。

 ティアの教育係兼筆頭侍女であるポーリアは、「お妃様たるもの、自分で馬に乗れなくてもよろしいのです。遠乗りがしたい時は、どうかクロード殿下に。パトリシア様が頼めばすぐにでも連れて行って下さいます」と取りつく島もなかった。

 ティアの怪我を恐れるあまりの言葉だと分かってはいるが、せっかくフェンドルで乗馬を習い、自分で乗れるようになったところなのに、とティアは残念に思っていた。

 式を挙げ、王太子妃になってからも似たようなもので、そこへ公務が加わり更に多忙になった。


 クロードは眉根を寄せ、ティアの瞳を覗き込んだ。


「もちろんいいよ、って答えてあげたいけど、私はまだティアが馬に乗る所を見たことがないよね。正直言って、いきなり別々の馬で出掛けるのは心配だな」

「大丈夫よ。そう遠くはないのでしょう? 早く走らせるのは無理かもしれないけれど、落馬したりはしないわ」

「うん……でも今日は、私が乗せていくのではダメ? 次の休みには、必ずティアの練習に付き合うって約束するから。ほら、ティアの馬にも心の準備が必要だろう?」


 フェンドル国王グレアムがティアに与えた栗毛の牡馬の名は、『フィーネ』という。

 リセアネは「フィンと名付ければいい」とそそのかしたのだが、親切な騎士の名をそのまま付けるのは申し訳ない気がして、ティアは少しだけ変えた名前をつけた。

 クロードはフィーネの名前の由来が気に入らないらしく、いつでも『ティアの馬』と呼ぶ。

 フィーネは大人しく気性の穏やかな馬で、サリアーデ王宮の厩舎にもすぐに馴染んだ。

 ティアが全く構えなくなった為、しばらくは元気がなかったそうだが、王太子妃付きとなった騎士達が交代で気晴らしに連れ出すようになってからは生き生きと過ごしている。


「では、次のお休みには私がフィーネに乗る所を見て下さいね」


 ティアが念を押すと、クロードは渋々頷いた。

 妻の愛馬に恨みはないが、よその男が贈ったという事実も気に入らなければ、幼馴染の名前をもじった呼び名も気に入らない。

 それを口にしないのは、ひとえに「そんな料簡の狭いことを言ってティアに嫌われたくない」という想いがあるからだ。いちいち気にすること自体、みっともないという自覚もある。


「そうだね。分かった、約束する」


 ティアはクロードの耳にそっと触れ、その上の髪を優しく梳いた。


「そんな顔をさせると知っていたなら、違う名前をつけたわ」

「……どうして? そんなに分かりやすい男じゃないつもりなんだけど」

「分かるわ。私も同じだもの」


 アレク様の馬の名前が、他の女性の名前だったら私、絶対に一緒には乗らないわ。

 そう続けたティアを抱きしめ、クロードは幸福に満ちた笑みを浮かべた。


 

 春を過ぎ、夏にさしかかっているとはいえ、まだ暑さはそれほどでもなく、木陰に入ると涼しい程だ。

 人の手があまり入っていない森は、静謐な空気をまとわせひっそりと佇んでいた。

 鳥のさえずりと葉擦れの音しか聞こえない。

 そこへ、柔らかな土を蹴る蹄の音が加わる。

 ティアは馬に揺られながら、爽やかな風を感じていた。


 クロードが操る馬の上、うっとりと瞳を細めたティアの視界の端に、ちらり鮮やかな黄色がよぎる。

 今のは、何だろう。

 気になってつい、目で追ってしまう。

 クロードは、ティアの視線の先に気づき、馬を止めた。

 

 少し離れた場所を駆けていた護衛騎士たちも、一斉に手綱を引く。


「殿下?」

「ああ、いや、ちょっと寄り道しようかと。ここで待っていて」


 今回は私的な外出で、しかも行先が王宮のすぐ裏の森ということもあり、護衛の数は少ない。

 それでも人の目があることに変わりはない。

 クロードは慣れているが、ティアは窮屈ではないだろうか。

 たまの休みくらい、のびのび過ごさせてやりたい。

 そんな思いで馬を降り、ティアに手を差し延べる。


「おいで。きっと気に入るから」


 ティアはどうしたのだろうと不思議に思いながらも、クロードの手を取った。


 クロードは下草をさくさくと踏みながら、迷いのない足取りで脇道へと入っていく。

 しっかりと繋がれた手をたよりに、ティアも夫の背中を追った。

 

 どれだけも歩かないうちに、二人は開けた場所へ出た。

 一面の花畑が、ティアの目の前に広がる。

 黄色の可憐な小花が一斉に咲き誇り、風に揺れている様子は圧巻の一言だった。

 シロツメクサに似ているが、少し違う。

 すらりと伸びた茎の先についた花は、王冠の形をしていた。


「綺麗だろう? ちょうど今が盛りの花だから、見られるんじゃないかと思っていた」


 クロードは言うとしゃがみ込み、一本の花を根元から折った。

 その隣に同じように座り、ティアは夫の手の中の花をじっと見つめた。


「小さなティアラみたい」


 吐息混じりの掠れ声には、紛れもない感嘆が籠っている。

 クロードは微笑み、その花をティアの手に握らせた。


「正解。この花は、リトル・ティアラって呼ばれてる。不思議なことに、この森でしか見られない花なんだ。サリアーデ王族の為に咲いてる、なんて噂もあるんだよ。君の名前にも似てるね」


 クロードは説明すると、そうだ、と瞳を輝かせた。


「ティアも、冠が欲しい?」

「え?」


 夫の言っている意味が分からず、ティアは目を丸くして問い返した。


「欲しいと言って。せがまれから作ってあげた、ってことにしたいんだ。私もいい大人だから」


 甘い低音で催促され、ティアは分からないままに「では、お願い」と答えた。

 クロードの表情は明るく、茶目っ気たっぷりだ。

 きっと何か楽しいことなのだろう。


「姫君の仰せのままに」


 クロードはわざと仰々しく答え、それから花を摘み始めた。

 出来るだけ沢山あった方がいいと言うので、ティアも手伝うことにした。

 これほど多くの花を見たのも初めてなら、摘むのも初めてだ。

 ティアは首に巻いていたスカーフをほどき、膝の上で広げると、両端を結んだ。

 そうして出来た即席の籠の中に、摘んだ花を並べていく。


 ある程度集まったところで、クロードは花の茎同士を器用に結び始めた。

 クロードの手の中で、黄色の小花は次々に連なり、美しい花の鎖を形作ってゆく。


「端と端をつないで……っと。はい、出来上がり」


 太陽の光を集めたような眩いリースに、ティアは歓声をあげた。


「すごくきれい!」


 妻の少女めいた反応に、クロードの頬も緩んでしまう。


「花冠だよ。もしかして、初めて見たの?」

「ええ。お話で読んだことはあるけれど、本物を見たのはこれが初めてよ。アレク様はとても器用なのね」

「妹たちにせがまれて、何度も作ったことがあるからね。随分昔の話だけど、案外覚えているものだ」


 少年姿のクロードが、幼い2人の妹にねだられ、懸命に花を編んでいる様子がティアの脳裡に浮かぶ。

 

 その頃自分はまだ、塔ではなく王城で暮らしていた。

 時々兄がやってきて、ティアに土産をくれたことは覚えている。

 だが当時の記憶はすっかり薄れ、詳しいやり取りは殆どと言っていいほど思い出せない。

 

 最愛の人の幸せな日々を喜ぶ気持ちと、何も残せず散っていった兄を悼む気持ちで、ティアの心は千々に乱れた。

 黙り込んだ妻を見て、クロードは尋ねた。


「思い出させてしまったかな」

「……ごめんなさい」

「謝る必要なんてどこにもない。君がそうやって思い出してくれること、きっとラドルフ皇子も喜んでる。大切な人にはどんな形でもいい、覚えていて欲しいものだと思うよ」

「……兄も私がせがめば、花冠を作ってくれたかしら?」

「きっとね」


 クロードは頼もしく請け負うと、ティアの頭に黄色の花冠を乗せた。


「じゃあ、これはラドルフ皇子の代わりに」

「アレク様……ありがとう」


 瞳を潤ませたティアの顎に手をかけ、クロードは彼女の目元に啄むようなキスを落とした。


「お兄さん代わりなら、キスはここまでかな」

「夫としてのキスは貰えないの?」

「あげないわけないだろう? 湖でまた護衛を遠ざけて、今度は遠慮なくするからね。覚悟しておいて」


 クロードは先に立ち上がり、ティアの手を取った。

 帰り道、夫の力強い手に引かれながら、ティアは頭の上の花冠にそっと触れてみた。

 柔らかい感触が指先をくすぐる。

 確かな幸せがそこにはあった。

 


8月28日、今作「リセアネ姫と亡国の侍女」の書籍が発売されます。

イラストは「ナタリア姫~」に続き山下ナナオ先生が担当して下さっています。

美麗なイラストを是非お楽しみ下さい。

書籍化出来たのも、応援して下さった皆様のお蔭です。本当にありがとうございました!


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