第4話 俺の名は小田三郎!
「関東の益荒男たちよ! よくぞ、ここに集った!
貴殿らに、毘沙門天の加護あらんことを!」
俺は家を継げない農民の次男三男を誘い、宝篋山中でひそかに隠れ田を開墾していた。
しかし、父に見つかり、まさかの強制参加になった戦い。
武蔵の地に集った将たちは、まさに関東オールスター。
敵味方の兵力は、数えきれぬほどに膨れ上がっていた。
父曰く、味方だけで五万は軽く超えるという。
我らが総大将は、今『長尾景虎』を名乗る、のちの『上杉謙信』である。
「全軍、突撃せよ!」
ようやく、今がいつなのか分かった。
戦国時代、ど真ん中じゃねえか。
隠れ田を開墾している場合じゃなかった。
寒いのは苦手だ。
船に乗って、沖縄にでも逃げればよかった。
「三郎、期待しているぞ!
お前の力を存分に示し、関東に小田ありと知らしめるのだ!」
俺は、ちょっとだけ戦国時代に詳しい。
だが、上杉謙信については自信がある。
なぜなら、俺は新潟県上越市の出身で、上杉謙信の居城『春日山城』の近くに育ったからだ。
子どもの頃から、郷土の誇りとしてその名を聞いて育った。
小中学校では、授業の教材にすらなっていた。
だから、俺は知っている。
上杉謙信は軍神だ。
勝率は97%とも言われる、戦国時代のチート野郎である。
つまり、この戦いは負けない。
勝利は確定している。
「乗るしかない! このビッグウェーブに!」
俺は覚悟を決め、鬨の声をあげる一人として突撃を開始した。
******
「南無阿弥陀仏!」
戦い前、父に存分に食えと言われ、動けなくなるほど食った。
おかげで今の俺は、もりもりの元気百倍だ。
「ホームラン!」
剣を模した、金棒を振れば、足軽がぶっ飛んでゆく。
その様子は、まさにホームラン。
「ブモーーーッ!」
跨っている愛馬ならぬ愛牛も、張り切っていた。
そう、戦国時代にタイムスリップしたあの日、死闘を演じた牡牛だ。
村々を悩ませていた暴れ牛だけに、剣戟や雄叫びにも怯まず、突っ込む度胸は満点である。
「南無阿弥陀仏!」
ただ、この状況、何と言えばいいのか。
俺だけが、世界観が違う。
みんなは国取りのシミュレーションゲームを楽しんでいる。
でも、俺一人だけ無双なゲームをプレイしているような感じだ。
「ホームラン!」
適当に左右に金棒を振るだけで、足軽たちは次々と吹き飛んでいく。
気分は爽快だ。テンションは爆上がり。
当初抱いた、人の死に対する忌避感など、今はもう消えた。
やらなければ、やられる。
「ブモーーーッ!」
その結果、俺は突出した。
敵陣をザクザク斬り裂き、数万の軍勢が二分されつつある。
「あ、あいつを止めろ!」
「ゆ、弓隊、狙え!」
「は、早く撃て! 撃て、撃て!」
当然、格好の的にもなっている。
矢の雨を降らされるのは、これで何度目になるだろうか。
しかし、俺の無双ゲージは、すでにパンパンだ。
「ふんぬっ!」
右手の金棒を前方に突き出し、そのまま投げる。
「ぐぼはっ!?」
名前も知らぬ武将が胸に直撃を受け、真後ろに吹き飛ぶ。
馬は突然乗り手を失い、バランスを崩して倒れる。
甲冑は少し豪華だ。
おそらく、そこそこの地位にある者だろう。
「南無阿弥陀仏!」
すかさず左手首に巻いた鎖を勢いよく引く。
ジャラリと音を立て、金棒の柄尻と繋がる鎖がピンと張った。
「ホオオオオムっ、ラァァァァーーーーーン!」
そのまま左腕を掲げ、鎖を頭上でぶん回す。
ぶんぶんと金棒が空を舞い、降り注ぐ矢の雨をことごとく弾く。
金棒と鎖の範囲にいた足軽たちは、一斉に吹き飛んだ。
「俺の名は、小田三郎!
あの世に逝っても、俺の名前を忘れるな!」
もちろん、自己アピールも欠かさない。
沖縄逃亡資金を手に入れるため、戦い後に報奨金をたっぷりもらわねばならない。
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「ハハハハハっ!
念仏を唱え、葬らんか! 愉快、痛快!」
腹も減ってきたので、そろそろ引き上げようかと思った、その時。
背後から甲高い笑い声が聞こえてきた。
「うん?」
思わず振り向くと、こちらへ爆走する騎馬がいた。
「剣を模した金棒に、左手の鉄鎖!
ハハハハハっ! 私が毘沙門天なら、お前は不動明王だな!」
白馬に駆り、刀を携え、白い頭巾。
遠目でもその存在感は際立っていたが、並走して初めて、その美貌に息を呑む。
「えっ!? ……誰?」
特徴は、現世で広く知られる上杉謙信のイメージと一致する。
だが、総大将がこんな最前線まで出てくるはずがない。
もしかして、実在が疑われながらも、無双の豪傑として『鬼』と讃えられた『小島弥太郎』なのだろうか。
「ハハハハハっ! 私が誰かなんて、今はどうでもいい!
お前となら、共に駆けられそうだ! 付いてこれるか!」
「はあ? 舐めんな! お前こそ、付いてこれるのかよ!」
誰であれ、その上から目線にはムカッときた。
「ハハハハハっ!
この私に、そんなことをいうオノコがいるとはな!」
白頭巾は一瞬目を丸くしたが、馬耳東風。
高笑いをさらにあげ、戦場の空気を震わせた。
「よし、気に入った!
この戦いが終わったら、閨に来い! 私を抱かせてやる!」
「……へっ!?」
挙げ句の果て、とんでもないことを言い放った。
戦場で最高潮まで達していた俺のテンションが、すんと鎮まる。
戦国時代は、男同士の同性愛『衆道』が当たり前だった。
とはいえ、俺は同性愛を否定しないが、その趣味は持っていない。
それを持ちかけられても、困る以前に迷惑だ。
「ハハハハハっ!
お前なら、私を高みへ連れて行ってくれるかもしれん! 夜が楽しみだ!」
「い、いや……。そ、その……。」
「ハハハハハっ! 参るぞ!」
しかし、俺が口ごもったのを了承したと思ったのか。
白頭巾は白馬の上で弾むように笑い、突進の構えをとった。
馬の速度を一気にあげる。
「ちょっ!? ま、待てよ!」
牡牛が呼応するように、速度をぐんとあげる。
俺は慌てて金棒を握り直し、牡牛の背でバランスを崩さぬよう踏ん張った。
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「うおおおおおおおおおっ!」
「んぁっ! ……な、何かっ! な、何か、来るっ!」
「うぉっ……。」
「んんんんんっ! わ、私の中で……。あ、熱く、弾けて……。
……こ、これが姉上が言っていた。う、羽化登仙の境地……。」
その夜、俺は知った。
上杉謙信は、女だった。
――第一部、完。
ここまでお付き合いいただき、ありがとうございました。




