7話 アースポワローのポタージュ
領都フランシアにも、ようやく春の足音が近づいてきた。城下町を覆う外壁の外にある畑の雪は溶け始め、泥濘ができているが、その分空気は柔らかく、土からは新しい命が芽吹く匂いがする。
俺は、内套を少し薄手のものに替え、季節の移り変わりを感じながら、いつものように冒険者ギルドを訪れ依頼を選んでいた。
温かく成れば体が動かしやすくなるし、何より新鮮な春の食材が豊富になるのが嬉しい。季節の味覚を求めて、依頼を探すのも冒険者としての楽しみの一つだ。掲示板には、魔物の討伐依頼が増え、山菜採取といった、いかにも春らしい依頼が並び張り出されていた。色々と吟味する中、探していた依頼表を見つけ、思わず心の中でガッツポーズをする。
依頼 アースポワローの狩猟
報酬 十本一束で大銅貨五枚
依頼主 フラン王国農務局
年に数度しかない国からの珍しい依頼だ。
アースポワロー
植物型の魔物で性質は臆病かつ高速。根が人の足のように進化し、土に潜り身を隠し、発見されても地上に飛び出し走って逃げる。
普段から肉料理にも魚料理にも付け合わせで添えられる野菜として扱われでいるが、この時期のアースポワローは、越冬し風味が豊かでとても甘い。この時期だけはメイン料理を張れるだけのポテンシャルがあるそうだ。
冬の間に溜め込んだであろう養分をたっぷり蓄え、雪解けの水分を吸い上げたアースポワロー。どんな味がするんだろうか。想像するだけでワクワクしてくる。
俺は直ぐに依頼票を剥がし、受付へ持って行った。
「あら、バン様も地走りネギの依頼ですか。特に春先のものは絶品だと言われていますからね」
よく俺に当たる受付嬢にはお見通しらしい。嬢?いや、嬢だ。たとえ身体がふくよかで年齢が俺とそう変わりなくとも……
「ああ、まさにそれだ。難易度は高いそうだが、挑戦しがいがありそうだ」
「ええ、なんでも雪解けで土が柔らかくなっている分、討伐が難しいなんて話も聞きます。この時期のアースポワローは特に手が焼ける、と農務局のお役人様たちがこぼしていましたよ。どうか、お気をつけて」
彼女の言葉に気を引き締めつつ、依頼を請け負う。雪解け後の柔らかい土か。それは確かに、奴らにとっては土中に潜りやすい環境だろう。こっちとしては足場が悪いし、泥まみれになるのを覚悟する必要がある。
俺は足元をしっかりと固めたブーツを履き、大剣と収納袋を携えて依頼を受けた冒険者達と馬車に揺られ目的地の農場へむかう。街道は泥濘で、時折車輪が深く沈みそうになる。窓の外の景色は、冬の枯れ木に代わって、薄緑色の柔らかな新芽や、可憐な野花が目につくようになった。春の訪れを感じた。
到着した農場主は、一目見て疲れているのがわかった。やはり、雪解け後のアースポワローには相当手を焼いているのだろう。彼の顔には、依頼を受けた俺達への感謝と、早く厄介者から解放されたいという切実な願いが見て取れた。
「冒険者の皆さん! よく来てくれた! 助かるよ、本当に…」
「依頼を受けたからには、きっちりやらせてもらいます。この時期のアースポワローは特に手強いらしいですね」
「ああ、全くその通りでな! 冬の間は地中でじっとしてるかと思いきや、雪解けと同時に一気に活発になるんだ。秋口よりもさらに速度が増しているように感じる。それに、根足もこの時期は一段と力強い気がして……」
奴らは苗や種を蒔くのを妨げるだけでなく、雪解け水で柔らかくなった地面に妙な穴や筋を作って、邪魔をするらしい。特に厄介なのは、奴らが掘った穴がそのまま水たまりになり、畑をさらに泥濘化させてしまうことだという。作付けの時期がどんどん遅れてしまっていて、このままだと今年の収穫にも大きく響くと、その声には焦りと絶望が滲んでいた。
「一番被害が大きいのは、あの奥の区画だよ。日当たりが良いせいか、奴らも集まりやすいみたいでね。ただ、あそこは特に泥が深いから気を付けてくれ。場所によっては膝近くまで沈むこともある」
農場主は畑の奥の方を指差す。一面茶色くぬかるんだ畑は、確かに歩くのも一苦労しそうだ。長靴を履いていても、ずぶずぶと沈んでしまいそうな場所もあると聞き、改めて油断はできないと感じた。
「分かりました。まずはその区画から様子を見てみます」
俺は頷き、他の冒険者たちに声をかけた。今回の依頼には、俺を含めて五人の冒険者が来ていた。顔見知りもいれば、初めて組む者もいる。皆、この時期のアースポワローの報酬に惹かれて集まった手練ればかりだ。筋骨隆々の戦士、冷静な魔法使い、身軽な斥候タイプなど、それぞれの得物を携え、気合が入っている。簡単な打ち合わせを行い、各々が得意な方法でアースポワローを追い詰める。一人は土魔法で奴らの逃げ道を限定しようとし、もう一人は精密な弓で動きを止めようと試みるらしい。俺は、その俊敏さをどうにかして封じる策を考えながら、大剣を背負い直した。
「よし、行くか!」




