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異世界おっさん一人飯  作者: S・B


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11話 キュリオスグラニスのハニーマスタードがけ


 商隊と別れ数週間、山を二つと川を一つ越え、三つ目の山を越えている最中、清流を見つけた。


「ふぅ~~」

(綺麗な場所だ。休憩がてら水の補給をしておくか)


 山道から外れ淵へと向かっていると、丁度餌を求め水面を滑空する小型の鳥が目に入ってきた。

 あの鮮やかな羽根はキングフィッシャーか。餌である魚を狙っているのだろう。

 そんな自然豊かで長閑な景色が一変した。


 バッシャーーーン

 パクッ


「えっ………」


 突如水面から飛び出た巨大魚に鳥が食われたのだ。俺は驚きのあまり思わず声が漏れ出た。まさに弱肉強食、この山の食物連鎖を目の当たりにし時が止まる。


「ゴクリ……」

(あ、あれはキュリオスグラニス?しかもあの巨体……まさに聞いた話の通りだな)

 他の冒険者が酒場で話していたことを思い出す。ナマズの魔物で悪食。自分の縄張りに近づいた生物は全て餌。巨大になればなるほど、その食事量は増え、時には子馬でさえ食うとされる。

しかし、味は臭みは一切なく、脂は上品で身は淡白、その身はとろけるような食感でクリーミーだ、と熱く語っていた。


 俺は未だ食べたことがない。是非この機会に味わいたいものだ。恐らくここの主であろう大ナマズは、丸々太って何とも食いでがありそうだ。


「まだ日も高いが今日はここで野営するか」


 清流の淵から少し離れた場所を整えた後、近くに生えていた木の太い枝を切り、ナイフで削り形を整えていく。


「ふむ、こんなもんか」


 そして収納袋から応急処置用の裁縫道具を取り出した。一番太くて大きな針を取り出し、指先に身体強化魔法を集中してゆっくりと曲げていく。


「痛っ」


 魔物の革さえ貫ける針は、想像以上に硬く苦戦するも、何とか理想の形に曲げる事が出来た。それを防水性の高いアーススパイダーの糸で縛り、削り出した枝の先端と繋げば、


「よし出来た。即席の割にはいいんじゃないか」


 釣り竿の完成だ。勿論狙うは主であるキュリオスグラニスだが、何かしら釣れればいい。

 それに久しぶりの釣りだ。

 予定よりも早くリオンに着きそうだし、この辺で一息つくのもいいだろう。

 自分の影が水面に映らないよう、音を立てずにそっと淵へと近づいていく。先ほど近くの岩をひっくり返して捕まえたワームを針に付け糸を垂らした。


――ポチャン


 小さな音を立て沈んでいく針。後は待つのみ。どうせすぐに釣れることはないだろうと、周りの景色を見回してみる。

 木々の葉がそよ風に揺れる音と、清流が淵へと流れ込む緩やかな水の音が混ざり合い、時折聞こえる小鳥の鳴き声と相まって、まるで癒しの音楽を奏でているようだ。

 茂った葉の隙間から木漏れ日がキラキラと水面を照らし、淵へと流れ落ちる水しぶきが小さな虹をかけていた。

 ボーっとしながら、自然豊かで穏やかな景色と癒しの音に浸っていると、


ーツンッ


 突然竿に小さな反応が伝わってきた。


(今か!?いや、まだ待て。次だ、次に合わせる)


 弱いアタリが針から糸へ、そして竿から俺の手に伝わってくる。今にも竿を上げたい気持ちを抑え、次の強い当たりを待っていると、


ートンッ


(ここだ!)


 当たりに合わせ勢いよく竿を上げると、獲物が釣り上げられた。釣り上げられたのだが……


「蛙?」


 真っ白な蛙が釣れてしまった。いや、ただの蛙ではないのだろう。かなり強い魔力を感じる。魔物の類だとは思うが、こんな蛙は今まで見たことも聞いたこともない。

 驚いながらも、その釣り上げた白い蛙を観察しているが、今も釣り上げられた事を気にせず、モグモグと口を動かしエサを食べ続けている。


(こいつを食ってみるか?いや、こいつをエサにして主を狙ってみるのも……)


 釣り上げた白蛙の使い道を考えながら、糸を手繰り寄せようと腕を伸ばしたその時、


ーシュッ

「おっと!」


 一本の矢が俺に向かって飛んできた。咄嗟に伸ばした腕を引っ込め後ろへと飛び退いた。


「これは警告だ。今すぐアルビー様を解放しろ!」


 すると、耳元で声が聞こえる。風魔法の応用だろうか。相手の口調から随分と怒っているようだが何故かわからない。当てはまるとすれば……


「もしかして、この白蛙のことか?」


 感知スキルで気配がする木の上へ、釣り竿を掲げ叫ぶと、一人の男性エルフが飛び降り姿を現した。


「そうだ、次は外さぬぞ!さっさとアルビー様を解放しろ。ヒューマンの男」


 向こう岸から怒りの形相でこちらに向かって矢をつがえながら叫ばれた。


「わ、わかった。直ぐに針を外すから待ってくれ」

「おかしな真似はするなよ」


 エルフとのやり取りを無視し、未だ食事を楽しんでいる白蛙を手繰り寄せ、針を外しそっと足元へ放った。


「これでいいか?俺はこの淵で見たキュリオスグラニスを狙って釣りをしていただけなんだが、偶然こいつが掛かっただけなんだ。悪意はない」


 俺は両手を軽く上げ敵意がないことをアピールしながら数歩後退った。


「ふむふむ、なるほど。えっ、そうだったんですか!?もうちょっと危機感を持って下さい!」


 白蛙へと歩み寄ったエルフは、なにやら会話を始めた。まさか蛙と話せるとは、凄いなエルフ……



「お前の言っている事は本当のようだな。ふぅ~~ その、すまなかった……」


 そして息を吐きながら弓の弦を緩めて、俺へと頭を下げてきた。


「俺はオーランド。この森を守る戦士だ」

「俺はバン。リタリアを目指して旅をしている冒険者だ」


 男性エルフが勘違いとわかってくれた後、お互いに自己紹介をし、理由を尋ねた。

 なんと、白蛙はこの山に棲まう水の精霊らしく、俺は精霊を捕まえにきた悪いヒューマンと勘違いしたらしい。


「そいつが精霊ねぇ~ 食い意地の張った蛙にしか見えないんだがな……」


 ワームを美味そうに食べ続けている白蛙を見ながらそう尋ねると、


「ははは……これでもアルビー様は上位の水精霊なんだぞ。アルビー様のおかげで、山の水は枯れず水害も無く、豊かな山の恵みが育まれているんだ」


 たしかに白い蛙は珍しいが、そこまで凄い精霊とは信じられない。

 しかし、オーランドが嘘を言っているようには見えない。恐らく伝承や山岳信仰の類なのだろう。

 そんなことを考えていると、再び白蛙とオーランドが会話を始め、差し出されたオーランドの掌の上にピョコンと乗る白蛙。そしてオーランドがゆっくりと白蛙を天に掲げると、周囲の魔力の収束が感じ取れた。


ーザザーーー


 次の瞬間、突如淵の水が轟音とともに割れ、水底が露わになると、俺が狙っていた巨大なキュリオスグラニスが横たわりビタンビタンと飛び跳ねていた。


「アルビー様から、釣りを邪魔した詫びだそうだ」

「お、おう……」


 これで信じざるを得なくなった。凄いな白蛙!いや、精霊アルビー様。

 

「しかし、こいつは美味そうだな……」


 キュリオスグラニスを見て、唾を飲み込みながらそう呟くオーランドとアルビー様。


「なら三人で一緒に食わないか?」

「いいのか?」

「ゲコゲコ!?」


 俺の誘いに、被せ気味で嬉しそうに返事をするオーランドと、嬉しそうに何度も飛び跳ねるアルビー様。


「ああ、ここまでの大物だ。一人では食べきれない。それに、一人で味わって食べる飯も美味いが、誰かと分かち合いながら食べる飯も、また美味いしな」


 食べ切れなければ収納袋に入れれば済むが、ここで出会ったのも何かの縁だ。新米商人達と別れ、しばらく一人旅だったことで、久しぶりに誰かと会話をしながら食事を楽しみたかった。


「なら、バンを我が里へ招待しよう。俺の妻は料理上手だし、弟も料理人を目指している。そいつをご馳走に変えてくれるだろうさ」

「本当か!?しかし、ヒューマンの俺が里を訪ねてもいいのか?」

「構わんよ。悪しき者であれば結界が弾く。バンなら大丈夫だろう。なんたってアルビー様のお墨付きだからな。それに里には獣人やドワーフも少ないが暮らしているし、魔人の行商人もたまに来るぞ」

「そ、そうなのか!?」


 俺は前世のファンタジー知識で、勝手にエルフは閉鎖的な種族と思い込んでいたようだ。


「よし、そうと決まれば早速里へ向かおう。ヒューマンのバンの足でも、日暮れまでには里に着くはずだ」

「わ、わかった」

「俺達の後についてきてくれ」


 アルビー様が地を蹴り大きく飛び跳ね、オーランドの左肩に乗ると、今度はオーランドが風魔法を纏い、大きくジャンプし近くの大木の太い枝へと飛び乗った。そして木々の枝から枝へと飛び移り森の奥へと進んでいく。


「……やってみるか」


 俺も身体強化の魔法を纏いジャンプし、オーランドがいた枝へと飛び乗る。ミシミシっと嫌な音が足元から聞こえたので、慌てて次の枝へと飛び移る。背負う大剣が重いのか、俺自身が重いのか……


 ひとまず、背中の大剣(あいぼう)を収納袋へと仕舞い、枝伝いにオーランドの後を追う。途中、木の枝の上で待っていてくれたが、俺の姿を確認するとまた森の奥へと消えていく。

 感知スキルを使い、オーランドの気配を追って俺も木々の間を飛び移って山の奥へと進んでいく。これじゃあ、まるで鬼ごっこだな。

 そして、ようやく木から降りているオーランドと合流する頃には、日が沈みかけていた。


「バン、ヒューマンのくせにやるじゃないか!思ったよりも早く着いたぞ」

「はぁはぁはぁ……慣れない移動はキツかったぞ、オーランド」

「ハッハッハッ、そう言うな。腰を下ろすなら里に入ってからにしてくれ」


 俺が隣でヘバッている中、疲れを感じさせない軽やかさで、森の奥へと歩き出したオーランド。

すると突如その姿も気配も消えてしまった。


「ど、何処だ!? オーランド!?」


 目の前には鬱蒼と茂る森しか見えない。俺も恐る恐るオーランドの後に続くと、魔力の膜の様なものを付き抜ける感覚があった。そして驚くべき光景が目に入ってきた。


「我らの里にようこそ」

 

 そこに広がっていたのは、山奥とは思えないほど広々とした穏やかな平地だった。その平地を囲むのは、まるで城塞のごとき巨大な木々。

 どこまでも澄み切った青空から日の光が惜しみなく降り注ぎ、周囲の巨木の緑を一層輝かせている。

 驚くべきことに、その巨木の大枝の間には、まるで自然の一部であるかのように精巧なツリーハウスがいくつも築かれている。木の幹には螺旋状の階段が巻きつき、吊り橋が家々を結びつけ、そこはまさに空中に浮かぶ村のようだ。

 エルフたちがその細い橋や木の道を行き交い、彼らの楽しげな声が風に乗って微かに届いてくる。

 辺りに視線を巡らすと、手入れの行き届いた畑が点在し、様々な作物が規則正しく植えられ、瑞々しい葉を揺らしていた。その間には、木や石を組み合わせた商店らしき建物もいくつか並んでいる。

 まさに前世で描かれたファンタジー世界そのもの。俺が言葉を失い、この美しくも平和な光景に見とれていると、

 

「バン、何をぼーっとしているんだ?さっさと行くぞ」

「あ、ああ……」

 

 オーランドの声に我に返り、後をついていく。すると一軒のツリーハウスにたどり着いた。


「ただいま、ミランダ。帰ったぞ」

「おかえりなさい、オーランド。あら、アルビー様も、ようこそいらっしゃいました」

「ゲコ」

「もう一人、客人を連れてきた。バン、遠慮なく入ってくれ」

「お邪魔します」


 オーランドに招かれ家の中に入ると、絶世のエルフ美女に迎えられた。 

 

「いらっしゃいませ。あら、珍しい!ヒューマンのお客様なんて初めてだわ!いらっしゃいませ」

「偶然森で出会ってな。しかも土産まであるんだ」


 そう自慢げに言って俺に目配せするオーランド。俺は収納袋から、アルビー様に貰ったキュリオスグラニスを取り出した。


「こちらです」

「あらあら、まぁまぁ、凄いわね!こんな立派なキュリオスグラニスをよろしいんですか?」

「ええ、皆で食べようと提案したら、彼に里へ招かれまして……」

「そうだったんですね、主人が無理を言ったみたいですみません」

「いえいえ、お気になさらず」

 気品漂う美しさにも拘わらず、気さくで朗らかな奥さんだ。

 

「どうだ、ミランダ。凄いだろう?」

「なぜ、オーランドが自慢げなの?お客様からのお土産なのに」

「ゲコ」

「……プッ」

「フフフフフ」

「いや…………」


 ツッコミに思わず噴き出す俺につられ笑うミランダ。そして気まずそうなオーランド。


「そ、そうだ、これだけの大物だと捌くのも大変だろう。俺はスティーブを呼びに行って……!」


 そう言って、オーランドが家のドアを開くと、突然鐘の音が聞こえた。恐らく里中に響き渡っているだろう、大音量で鳴りやまない鐘の音。ただ事ではないと感じとれた。








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