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異世界おっさん一人飯  作者: S・B


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3話 七色茸のリゾット

三話 七色茸のリゾット


 秋も終わりに差し掛かり冬の気配がちらほらと感じる時期。今日も朝から冒険者ギルドの依頼掲示板を眺めていると、いつもの調薬材料や魔物討伐の依頼に混じって、一際目を引く依頼があった。

 

 採取依頼 七色茸

 報酬 百グラム銀貨一枚

 依頼主 ジロール男爵家料理長

 面接有り

 

 「七色茸」か。聞き慣れない名だが、貴族の料理人が茸の採取を依頼とは、何とも興味をそそる。美味そうな料理の気配がしてならない。そして報酬は百グラム銀貨一枚と、採取依頼にしては破格だ。一体どれほど貴重な茸なのだろうか。料理長の腕にかかれば、どんな絶品料理に変身するのだろう。

 面接有り、とあるが、駄目で元々だ。俺は掲示板から依頼書を剥がし、ギルドの受付へと差し出した。

 

「この依頼を受けたいんだが」

「かしこまりました。ジロール男爵家からのご依頼ですね。バン様でしたら、これまでの実績と評判から問題ないかと存じます。礼儀作法も心得ていらっしゃいますし。こちらが紹介状です。お持ちになって訪ねください」

「ああ、ありがとう」

 

 貴族からの依頼は、高額な報酬に見合うだけの信用が必要とされるため、面接の前にギルド職員による冒険者の素性審査があるらしい。最低限の礼儀作法や言葉遣い、そしてこれまでの依頼達成率やトラブルの有無などが考慮される。

 どうやら俺は、無事に受領できるラインに達していたようだ。これも、一つ一つの依頼を無理なく真面目に取り組んできた成果だろう。


 早速、貴族街へと足を運ぶ。領都の中心から少し離れた、平民街に近い場所にひっそりと佇むジロール邸には、すぐに到着した。周囲を高い壁に囲まれた屋敷は、派手さはないが落ち着いた気品を漂わせている。

 

「何か御用でしょうか?」

 

 重厚な木製の門の前で立ち尽くしていると、門番に声をかけられた。制服をきちんと着こなした、真面目そうな男だ。

 

「こちらを」

 

 俺はすぐに懐からギルドの紹介状を取り出して手渡した。門番はそれを受け取り、内容を注意深く確認した。彼の表情に警戒心が解け、僅かに安堵の色が浮かぶ。

 

「どうぞこちらへ」

 

 すると門番は、正面玄関とは反対側の、使用人や業者が出入りするらしい裏口へと俺を案内した。貴族と平民、冒険者との間には、こうした目に見えない境界線があることを改めて認識する。

 裏口には、清潔な身なりのメイドが立っていた。門番は彼女に、


「料理長へ冒険者が見えになったと伝えてくれ。ギルドからの紹介状も持ってる」


と告げると、自分の持ち場に戻っていった。

 

「どうぞ、ご案内いたします」

 

 メイドに導かれ、屋敷の中へと足を踏み入れる。豪華絢爛というわけではないが、手入れの行き届いた調度品が並び、上質な暮らしぶりがうかがえる。通されたのは、大きな厨房の脇にある、来客用の小さな応接室のような場所だった。そこで待っていると、コック帽を小脇に抱えた、恰幅の良い年配の男性が入ってきた。白髭を丁寧に整え、その瞳には長年の経験が宿っている。

 

「君が、この依頼を受ける冒険者かね?」

 

 朗々とした声だが、どこか温かみがある。

 

「ええ、バンと申します。冒険者ギルドから参りました」

「ふむ、バンか。なるほど、なかなか頼りになりそうな風貌だ。ギルドの評価も良いようだな。早速だが、七色茸を採取してきてほしい」

「ありがとうございます。あの、正直なところ、七色茸というものがどんなキノコなのか、全く見当もつかないのですが……もし差し支えなければ、少し教えていただけるとありがたいのですが」

「やはり知らぬか。無理もない。「七色茸」というのは、このフラン王国内でも珍しい金茸というキノコの中でも、特に最高級品を指す特別な呼び名なのだ」

「金茸の最高級品……」

 

 その言葉を聞いただけで、全身がゾクゾクとした。美味いものへの探求心を持つ俺にとって、「最高級品」「特別な呼び名」という響きは、何よりも心を惹きつける。

 

「美味そうですね……!想像するだけで、もう腹が鳴りそうです」

 

 思わず本音が口をついたが、料理長は不快そうな顔をするどころか、にこりと笑った。

 

「ハッハッハ!食い意地が張っているのは良い傾向だ。美味いものを知っている者にこそ、良い食材は見つけられるというもの。ああ、驚くほどに美味いぞ。それに……」

 

 料理長は、依頼の詳細を語り始めた。このジロール男爵家には、近々他家に嫁ぐことになる美しい令嬢がいるそうだ。その令嬢が幼い頃、病に伏せた際に食欲を失っていたが、当時たまたま手に入った七色茸を使った料理を出したところ、たちまち笑顔を取り戻し、たいそう喜んで平らげたという。


「その時の、お嬢様の嬉しそうな顔が忘れられないくてな。出来れば嫁ぐ前にもう一度召し上がって貰いたいんだ」


 料理長の言葉には、食材への愛情だけでなく、仕える主への深い忠誠心と、令嬢に対する親のような温かい情が滲んでいた。なんとも忠義に厚い、そして情け深い人だと思った。


 金茸は針葉樹や松の木の近くに、秋に生えるキノコで、フラン王国内では三大キノコの一つとして知られているらしい。その名の通り、金色に近い鮮やかな黄色をしており、果物のような甘酸っぱい香りが特徴だという。肉厚で歯ごたえも良く、後味には香辛料のようなピリッとした刺激も楽しめるそうだ。しかし、近年は気候の変化か環境の変化か、めっきり採取量が減ってしまっているという。

 

「で、これが金茸だ」

 

 そう言うと、料理長は「ちょっと待っておれ」と言い残して部屋を出て行き、すぐにザルに盛られた金茸を持って戻ってきた。それは確かに、金貨のような美しい黄色をしている。瑞々しく、見るからに美味しそうだ。

 

「本当に金色だ……!初めて見ました」

「ああ、これでも十分に美しいし、美味いキノコなのだが、七色茸はもっとこう、神々しいほどに光り輝いているのだ」

「光るんですか!?」

 

 俺は目を見開いた。キノコが光るなど、聞いたことがない。

 

「うむ。しかも大きさはこの金茸の数倍はある。私が最後に扱ったのは、もう十数年も前の話になるだろうか。それ以来、いくら探しても一切見かけなくなった。村の者も、近年はとんと見つけられないと言っている」

「それは、まさに幻の食材ですね」

 

 こんなファンタジー感満載の食材が現実にあるのだという事実に、心が震えた。

 

「ああ、その幻の七色茸を、今回君に探し出してきてほしいのだ」

「わかりました」

 

 俺は静かに頷いた。個人的に食材採取の依頼ほど燃える性質だ。まして、それが美味いとなれば、これ以上のモチベーションはない。

 

「一つ、お願いがあるのですが」

 

 俺は思い切って切り出した。

 

「なんだね?」

「もし七色茸を手に入れることができたら、その料理を俺にも味見させていただけませんか?正直、どんな味なのか、凄く興味がありまして」

 

 一瞬、料理長は驚いたような顔をしたが、すぐに理解したようにフッと口元を緩めた。

 

「う〜む……まあ、良いだろう。本来なら貴族の食卓に上るものだが、君が命懸けで採取してくるのだ。その褒美として、採取した暁には、一皿提供しよう」

「本当ですか!?ありがとうございます!光栄です!必ずや期待に応えてみせます!」

 

 料理長の了承を得て、俄然やる気が湧いてきた。あの七色茸を使った料理を味わえるかもしれない。その一心で、俺は森の奥深くへ挑む決意を固めた。

 その後、料理長は金茸を屋敷に納品しているという山村を紹介してくれた。王都の森を抜け、さらに奥へ進んだ山麓にあるらしい。山の幸、特に!野菜や山菜やキノコが豊富で、高級店や貴族の御用達の村として知られているそうだ。

 ここ王都から歩いて一日ほどの距離だという。そんな近い場所に特別な村があったとは知らなかった。いや、もしかしたら、その存在は意図的に隠されているのかも。高貴な人々の食を支える秘密の供給地なのだろう。


 ジロール邸を後にした俺は、冒険者ギルド近くにある馴染みの道具店へと足を向けた。

 

「よう、バン。生きてたか?」

「久しぶりだな、マッチェ。ああ、おかげさまでな」

「で、今日は何が必要だ?」

 

 店主のマッチェが、カウンターの中から気軽に声をかけてきた。元冒険者だけあって、俺のような下級から中級の冒険者御用達の道具屋を営んでいる。表通りの店に比べれば品揃えは少ないが、 品質の良いものを手頃な価格で提供してくれる、頼れる存在だ。

 

「数日分の携帯食と、回復ポーションと魔力ポーションを一本ずつ頼む」

「あいよ。今回の依頼は、遠出になりそうか?」

 

 マッチェは手際よく商品を揃えながら尋ねてくる。

 

「ああ、ちょっとな。森の奥まで行くことになると思う」

「そうか。気をつけて行ってこいよ」

「ああ、分かってるさ」

 

 道具を受け取り支払う。


 秋風が心地よいフランシアの街を後に、俺は紹介された山村へと向かった。領都の喧騒が遠ざかり、木々のざわめきと鳥のさえずりが耳に心地良い。道の両脇には色とりどりの落ち葉が積もり、まるで敷き詰められた絨毯の上を歩いているかのようだ。踏みしめるたびに、カサカサと乾いた音が響く。森へと近づくにつれて、空気がひんやりと澄んでくるのを感じた。


 夜営をし、丁度一日ほどの道のりを経て、やがて目的の山村が視界に入ってきた。小高い丘の上に点在する木造りの家々は、夕日に照らされて暖かい光を放っている。辺りの空気には、どこか懐かしい土の匂いと、木々の清々しい香りが混じり合っていた。遠くからでも、穏やかで豊かな暮らしが営まれているのが伝わってくるようだ。

 村に入ると、中央の広場では、温厚そうな老人が一人腰掛けていた。俺に気づくと、ゆっくりと立ち上がり、穏やかな笑みを見せてくれた。この村の長老だろうか。

 

「旅の者かね?こんな時期に、珍しいな」

「ええ、ジロール男爵邸の料理長にご紹介いただいたのですが、七色茸を探しに参りました」

「七色茸とな!それはまた、ずいぶんと久しぶりに聞く名じゃ。近年ではめっきり見かけなくなった、幻の茸だが……」

 

 老人は目を細め、遠い昔を懐かしむような表情を浮かべた。その口調からは、七色茸が村の伝説にすらなりつつあるような響きを感じた。

 

「もしよろしければ、少しお話を聞かせていただけませんか?七色茸が生息する場所や、何か手がかりになるようなことをご存知でしたら」

「ふむ……よかろう。七色茸は奥深い森の、特に樹齢数百年の古い松の木の根元にひっそりと生えることが多いと、古くから村に伝わっておる。そして、夜になると微かに光を放つとも言われておるな……。見る角度では様々な色合いになるという。じゃが、森の奥は魔物どもの縄張りじゃ。特に夕暮れ時や夜間は危険が増す。気をつけて行きなされ」

 

 老人の言葉に、期待と同時に警戒心が湧き上がる。危険を冒してでも手に入れる価値のある、幻の食材。それを納品した時の料理長の歓喜に満ちあふれた表情が目に浮かぶ。そして何よりも、あの七色茸を使った料理を味わえるかもしれないという期待が、俺の胸を高鳴らせた。危険は承知の上だ。

 

「貴重なお話をありがとうございます。行ってきます」

「森は欲をかくほど牙を剥く。もしなにか異変を感じたり、危険だと判断したりしたならば、決して無理はせず、いつでもこの村に戻ってくるんじゃぞ」

 

 老人の温かい言葉に励まされ、俺は村の奥へと続く森の小道を進んだ。彼の言葉の優しさが、張り詰めた心を少しだけ和らげてくれた。

 木々は生い茂り、昼間だというのに薄暗い。太陽の光は葉陰に遮られ、僅かに差し込む木漏れ日だけが頼りだ。足元には落ち葉が深く積もり、歩くたびにカサカサと乾いた音を立てる。辺りの空気はさらに湿り気を帯び、土と枯れ葉、そして得体の知れない森独特の濃密な香りが鼻腔をくすぐる。まるで、森そのものが生きているかのような気配だ。

 老人の言葉を頼りに、樹齢の古い松の木を探しながら森の中を彷徨う。幹が太く、威厳のある姿の松を探して歩く。時折、鮮やかな色の毒キノコや、珍しい形をしたキノコを見つけるが、どれも黄金色とは違う。焦らず、注意深く周囲を観察しながら、ゆっくりと奥へと足を進めていく。魔物の気配にも常に気を配り、耳を澄ます。


 どれほど時間が経っただろうか。日が西に傾き始め、森の中に徐々に夕闇が忍び寄ってきた。木々のシルエットがぼやけ始め、視界が悪くなる。そろそろ安全な場所を見つけて野営の準備を考え始めたその時、ふと足元で微かな光を感じた。


(なんだ!?何か光っているぞ……!?)


 目を凝らして見ると、深い落ち葉の下から微弱ながらも確かに、柔らかい黄金色の光が漏れている。しかし見る角度を変えると様々な色の光に変わった。心臓がドクンと大きく跳ねた。慎重に周囲を見回し、危険がないことを確認してから、手に持った木の枝でそっと落ち葉を払いのけた。そこに現れたのは……。


(もしかして……こ、これが七色茸か!)


 息を呑むほどの美しさだった。料理長に見せてもらった金茸よりもずっと大きく、両掌を広げたほどもある巨大なカサは、まるで精巧に作られた髪飾りのように神々しく輝いている。その輝きは、周囲の薄暗闇の中で、まるで自ら光を放っているかのようだ。肉厚なカサの下からは、微かに果物のような甘酸っぱい、それでいてどこかスパイシーな独特の香りが漂ってくる。その存在感に、思わず立ち尽くしてしまった。


 興奮を抑えながら、すぐに周囲を警戒する。老人が言っていたように、ここは既に魔物の縄張りだ。貴重な七色茸を見つけたという高揚感を押し殺し、耳を澄ませ、物音や気配を探る。静寂が支配する森の中で、自分の心臓の音だけが大きく響いているように感じた。

 その時、背後の茂みからガサガサという大きな音と共に、鋭い唸り声が響いた。

 

「グルルルル……!」

 

 ゾッとするような威圧感。

 

「まずい!」

 

 咄嗟に身を翻すと、そこにいたのは全身が漆黒の毛で覆われた巨大な狼だった。通常の狼のゆうに二倍はあるだろうか。鋭い牙を剥き出し、赤い瞳が獲物を定めるようにこちらを睨んでいる。


 ブラックウルフ。

この森の奥深くに生息する、凶暴で知能も高い魔物だ。こいつの縄張りに踏み込んでしまったらしい。

 ブラックウルフは低い姿勢のまま、じりじりと間合いを詰めてくる。その一歩一歩に、恐るべき力と俊敏性が秘められているのが分かる。油断すれば一瞬で喉元を食い破られるだろう。背中に冷たい汗が伝うのを感じながら、俺はゆっくりと、しかし淀みなく背中の大剣を抜いた。金属が鞘から滑り出す音が、森の静寂に響く。

 

「グルルル……!」

 

 魔狼の喉が再び唸り、次の瞬間、まるで黒い弾丸のように地面を蹴って飛びかかってきた!

 俺は咄嗟に身を屈め、ブラックウルフの巨体を紙一重でかわす。鋭い爪が空を切る「ヒュンッ!」という音が耳元で響き、冷たい風が頬を撫でた。体勢を立て直す間もなく、奴は素早く向きを変え、獲物を取り逃がすまいと再び襲いかかってくる。


(速い!想像以上だ!)


 ブラックウルフのスピードに舌を巻く。その動きは洗練されており、野生の獣の勘に裏打ちされている。普通の狼とは桁違いの俊敏さと判断力だ。剣を構え、魔狼の次の一手に全神経を注ぐ。

 三度目の突進。今度は避けるのではなく、大剣で真正面から受け止めた。魔狼の鋭利な牙が俺の剣に食い込み、激しい金属音が森に響き渡る。「キィィィン!」と耳鳴りがするほどの衝突音だ。強烈な力に押されそうになるが、全身に力を込めてなんとか踏ん張り、ブラックウルフの動きを封じる。その間にも、奴は牙と爪で執拗に攻め立ててくる。

 

「ハアアア!」

 

 俺は渾身の力を込め、剣を横に薙ぎ払う。魔狼は咄嗟に身を引いたが、その胴には俺の剣の切っ先が掠め、赤い筋が走った。

 

「グル……アウ……」

 

 傷を負った魔狼は、警戒の色を濃くしながらも、再び牙を剥いて威嚇してくる。しかし、その動きには先ほどの勢いがない。怯んだわけではないが、明らかに傷の痛みで隙が生まれている。


(今だ!仕留める!)


 俺は剣に風魔法を込めた。付与魔法だ。薄く緑色の光が剣身を包み込み、周囲の空気が僅かに震える。風刃を纏った剣は、斬れ味と速度が増す。

 

「くらえ!」

 

 風魔法を帯びた剣を、魔狼に向かって突き出した。魔狼は避ける間もなく、その一撃を受ける。

 

「ギャンッ!」

 

 断末魔の悲痛な叫び声を上げ、ブラックウルフはその場に倒れ伏した。黒い毛皮の塊の、生命の力が急速に失われていくのが見て取れた。体から力が抜け、ぐったりとしている。もはや動くことはないだろう。

 激しい呼吸と高鳴る心臓を抑えるため、深呼吸し気持ちを鎮める。辺りの静寂が、激しい戦いの終わりを告げていた。なんとか、勝てた。

 ブラックウルフの亡骸を一瞥し、再び七色茸へと向き直る。採取する前に、周囲に他の魔物が潜んでいないか、もう一度慎重に確認する。もう大丈夫そうだ。


 採取した七色茸を、傷つけないよう丁寧に用意していた布で包み、さらに防水加工された携帯していた鞄にしまう。ずっしりとした重みが、その肉厚さを物語っていた。これで料理長との約束は果たせる。そして、こいつの料理を味わうことができる。この大きさならば十分すぎるほどだろう。報酬も期待できる。

 喜びを噛み締めながら、俺は来た道を焦らずも急ぎ引き返し始めた。闇がさらに深まる森の中、鞄の中の七色茸から漏れる微かな光が、まるで道標のように足元を僅かに照らしてくれた。それは、単なる光ではなく、森の神秘が宿った灯火のようだった。


 翌朝、領都に戻った俺は、再びジロール邸の門を叩いた。昨日の門番が立っていたが、俺の顔を見るなり、堅苦しい単調な表情から一転して、驚きと好意的な笑顔で出迎えてくれた。どうやら、俺が無事に戻ってきたこと自体が、彼にとっては意外だったようだ。

 

「待っていたぞ、冒険者。まさか再び訪ねてくるとは!料理長が、それはもう、首を長くして待っているぞ」

 

 門番は嬉しそうにそう告げ、昨日とは違い、まるで賓客を迎えるかのように丁寧に裏口へと案内してくれた。その態度の変化に、貴族社会における幻の食材の価値と、それを探し出した俺への敬意を感じた。

 今回は、直接キッチンの入り口へと通された。広い厨房の中は、朝から活気にあふれていた。湯気と食材の豊かな香りが立ち込め、料理人たちが忙しく動き回っている。その中心に、料理長が待ち構えていた。

 

「おお、バン!戻ってきたか!無事だったか!」

 

 俺の姿を見るなり、料理長は駆け寄ってきた。そして、俺が差し出した鞄を見るなり、その瞳は期待に輝いた。

 

「見事だ!それは、まさしく……!」

 

 慎重に鞄を開け、七色茸を取り出した。包みを開けると、昨日森の中で見たそのままの、神々しい光を放つ大きなキノコが現れる。厨房の照明の下で、その輝きは一層変化し際立っていた。

 

「素晴らしい……!これほどの大きさで、これほど光り輝いている七色茸は、私もかつて見たことがない!ああ、よくぞ、よくぞ見つけてきてくれた!」

 

 料理長は感極まった様子で七色茸を手に取り、まるで宝物でも扱うかのように、注意深くその色や形、そして香りを確かめている。その手つきには、食材に対する深い敬意と愛情が込められていた。

 

「ありがとう、バン!本当にありがとう!これで、お嬢様もきっと喜ばれる!」

 

 料理長は心底感謝の言葉を述べた。俺も、彼の喜ぶ姿を見て、危険を冒した甲斐があったと心から思った。

 

「約束通り、君にもこの七色茸を使った料理を振る舞おう。今日の夕食には、これをたっぷり使ったリゾットを作る予定だ。君は少し休んで、夕食時にまた来るといい」

 

 料理長の言葉に、俺の期待は最高潮に達した。伝説の食材を使った、至高の料理。一体どんな味がするのだろうか。考えるだけで、すでに腹が鳴りそうだ。


 夕食の時間に再びジロール邸を訪ねると、門番も笑顔で迎え入れ、昼間よりも丁寧な様子でキッチンの脇にある小さな応接室へと案内してくれた。厨房からは、昼間にも増して芳醇で複雑な香りが漂ってきている。既にリゾットは完成間近なのだろう。


 その後、しばらくして料理長が満面の笑みで現れた。

 

「待たせたな、バン。さあ、食ってくれ」

 

 そう言って、料理長は自ら、黄金色に光輝くリゾットが盛り付けられた皿を運んできた。皿の上で、米粒一つ一つが黄金色の濃厚なソースをたっぷりと吸い込み、湯気と共に立ち上る香りは、甘く、スパイシーで、今まで嗅いだことのないような複雑さと深みを持っていた。まるで、森の神秘と太陽の恵みが凝縮されたかのような香りだ。

 

「いただきます」

 

 料理長に促され、俺は姿勢を正し、目の前のリゾットにスプーンを伸ばした。一粒たりとも零さぬよう、慎重に、ゆっくりと口へと運んだ。

 その入れた瞬間、信じられない風味が口の中いっぱいに広がった。

 初めは、陽光を浴びた果実のような、鮮烈な甘さと爽やかな酸味が舌を優しく包み込む。それは森の清々しさを思わせるような、明るい味わいだった。そしてすぐに、深く凝縮されたキノコの旨味と、土の滋味、そして後から追いかけてくる、微かにピリッとした上品な辛味が加わる。肉厚な七色茸のしっかりとした歯ごたえも心地よく、噛むほどに豊かな香りが鼻腔を抜け、全身を駆け巡る。甘み、酸味、旨味、辛味、そして香りが複雑に絡み合い、調和している。それは、まさに素晴らしいという言葉では到底表現しきれないほどの、未知なる味覚体験だった。

 

「こ、これは……!」

 

 思わず、感嘆の声が漏れた。今まで食べたどんなキノコ料理とも違う。どころか、どんな料理とも比較できない。これは、完全に真新しい次元の違う味だった。

 

「どうだ?美味いだろう?」

 

 料理長は、我が子を褒められるかのような、満足そうな笑顔で見ている。

 

「ええ!美味いです!美味すぎます!生まれて初めて、こんなにも美味しいキノコ料理を食べました!これが、七色茸……!」

 

 俺は七色茸のリゾットを、一瞬たりともその風味を逃すまいと、ゆっくりと、そして大切に味わうように食べ進めた。スプーンを運ぶたびに、新しい発見があるような、深く複雑な味わいだった。皿が空になるのが惜しいとさえ思った。食べ終わると何故か前進の肌が敏感に感じる。余りの美味さに肌さえ喜んでるのだろうか。俺は我に返り、改めて料理長に心からの感謝の言葉を述べた。

 

「本当にありがとうございました。依頼の報酬だけでなく、こんなにも素晴らしい料理をご馳走していただいてしまって」

「いやいや、礼を言うのはこちらの方だ、バン。君があんなにも見事な七色茸を見つけてきてくれたおかげだ。お嬢様も、あのリゾットを一口召し上がっただけで、見る見るうちに笑顔を取り戻されたよ。本当に、あの幼き日と同じように嬉しそうに食べてくれた。私も、長年この家で料理人を務めているが、お嬢様への最後のご奉公が出来て満足だ」

 

 料理長は、その時の光景を思い出したのか、少し目を潤ませていた。彼の言葉を聞いて、俺も胸が熱くなった。自分が探し出したものが、人の心をこれほどまでに温め、喜ばせることができるのかと、深い感動を覚えた。

 

「もし今後何か珍しい食材や、これはと思うものを見つけたら、ぜひ私のところへ持ってきてくれ。君ならば、きっと素晴らしいものを見つけられるだろう」

 

 料理長の言葉は、単なる社交辞令ではなく、本心からの期待が込められているのが分かった。俺は満面の笑みを返した。


 

 ジロール邸を後にした俺は、冒険者ギルドに戻り、依頼完了の報告を済ませる。受付嬢は、無事な帰還と依頼達成に驚きつつも、手際よく手続きを進めてくれた。しかし、


「バン様、なんか肌が凄く綺麗になってませんか?」

「うん?そうか?」

「はい、以前とはまったく違うように見えます。もしかして七色茸を召し上がりました?」

「あ、ああ、採取の褒美として一皿頂いたぞ」

「や、やはり、噂は本当のようですね」


 受付嬢の話では七色茸には美容効果があるそうだ。食すと肌の調子が整えられ、シミやそばかすさえ消えるという。なるほど……それも高額で幻のキノコと呼ばれる所以なのかもしれない。貴族が欲しがるわけだ。

 報酬として受け取ったのは、銀貨五枚。採取依頼としては破格の金額だった。あの大きさ、あの輝きならば、百グラム銀貨一枚の基準をはるかに超える価値があったのだろう。

 報酬を受け取りギルドを出る。秋の夜長のフランシアの街は、飲兵衛達の笑い声に満ちていた。心地良い喧騒の中で、あの七色茸のリゾットの忘れがたい味が、五感全てを支配していた。

 今回の依頼は、人生を変えるほどの美味なる体験をもたらしてくれた。

 次にどんな美味しいものに出会えるだろうか。宿へとを歩きながら、俺は早くも次に出会う見知らぬ料理に胸を躍らせていた。

 

 その後、冒険者ギルドの掲示板には、常時依頼として七色茸の採取依頼が張り出されている。依頼主は冒険者ギルド女性職員一同と書かれていた。

 

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― 新着の感想 ―
危険を乗り越えて辿り着いた一皿のリゾットに込められた想いと味の深さが、とても丁寧に描かれていて感動しました。料理が人の心を結ぶことの温かさを感じる優しい物語でした。
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