#8 出雲寮へ
「ふへぁ……」
今日は初日という事か、入学式以外は顔合わせと連絡事項のみで構成された午前スケジュールとなっていた。そんな中、寮へ帰宅する途中の桜花寮メンバーに一人、がっくりと肩を落としている者が居た。
「まぁまぁ、自己紹介で噛むのなんてよくあるコトじゃない」
「そうですよ、お姉さま。そんなに落ち込まないで下さい」
先程から、命と共に歩く面々が口々に慰めの言葉をかけている。
「インパクトは抜群」
「……ですよね」
命は霊葉の言葉にがっくりと肩を落とすと、再び深いため息を吐いた。
帯剣をしてしまっている以上は、ある程度目立ってしまう事は予想できた。しかし、どうしてこうも必要以上に目立ってしまうのか。
「それより、まさか私等が全員同じクラスだとはね」
「……鷹之衛も居るとは思わなかった」
「霊葉は次席なのだろう? クラス毎の差なんかは大丈夫なのか……?」
命の心境を置いて、話題は自然と新しいクラスのメンバーの事へと移っていった。
「確かに不思議ですよね。上から順なら3席の人が居ないのもおかしいですし……」
「……」
天子は首を傾げているが、命にはうっすらと理由がわかる気がした。
今日の自己紹介を聞いていても、クラスメイト達は卓越した防御魔法を習得しているか、していなかった場合でも水属性を得意とする生徒が集められているように思えた。
――やっぱり、僕を警戒して……だろうな。
命は自嘲気味に小さく頬を歪めると、透き通るような青空を見上げた。
そうすれば、全て説明はつくんだ。学年ツートップの鷹之衛さんと霊葉さんは説明するまでもないし、龍子は戦闘能力も高い上に一度見ている。天子は魔法適性を見ても適役だし、志保さんの得意属性は水だ。
女の子しかいない慣れない環境だったのもあるけれど、そんな事に気が付いてしまったから考えていた内容がどこかへ行ってしまったんだ。
それでも、どんな迷惑をかけたとしても、この忌々しい呪いを解かないと――。
「お姉さま? 命お姉さま」
「どした? 顔、怖いぞ?」
「あ――と、ごめん。何だった?」
天子に顔を覗き込まれて我に返り、笑顔を浮かべる。天子たちにこれ以上迷惑をかける訳にはいかないんだ。
「まだ夕食まで全然時間もあるし、このあと皆で商業区画に遊びに行こう……って言っていたところです」
「ああ……ごめん。私はこの後用事があって……」
「用事……?」
「うん。月夜姉さんの所に顔を出しておこうと思ってね」
伊沙那月夜。去年、天羽魔術女学園に入学した、僕と天子の一つ上の姉だ。しかしこの姉。いざと言う時や大事な所ではすごく頼りになるんだけれど、悪戯好きな性格でよく僕を玩具にして遊ぶのだ。
「で、では私も――」
「ううん。天子は皆と一緒に行って。それに私はホラ……いろいろとお世話になるかもしれないし」
あの姉さんの事だ、天子が友達の誘いを断って自分に義理を通しに来た、なんて知ったら絶対に悲しむに決まってる。
「ああ……じゃあ私たちも外した方が良さそうだね」
「ごめんね? もし間に合うようだったら合流するから……」
命はそう言って、ちょうど分かれ道の十字路で立ち止まると、不満そうに頬を膨らませる天子の背中を、軽く龍子達の方へ押しやって促した。
みんなが思っている理由と、天子が受け取った本当の理由は違うだろうけれど、隠し事をしている身としては誤解してくれるのはとてもありがたい。
「みんな、天子の事よろしくね?」
命は軽く笑いながら頭を下げると、天子たちから数歩遠ざかる。
翼先生の忠告に従って、回り道をして桜花寮に帰る皆はここで右へ、そして月夜姉さんの居る出雲寮へと向う僕はこの道を真っ直ぐだ。
「まかせて。命も、終わったら連絡すること」
「うん。了解」
龍子に手を引かれて、名残惜しそうに何度もこちらを振り返る天子たちが見えなくなるまで見送ってから道の向こうへと視線を向ける。
「……よし。いきますかっ!」
掛け声と共に気合を入れると、命は月夜の待つ出雲寮へと歩き出すのだった。