Episode30
「どういうつもりだ、ザッツ・ライ」
その後、俺たちはろくに話し合いもせずに解散した。 一人で考える時間をってやつだろう。 そりゃあそうだ、今は既にメンテナンスに入ってしまっているが、これが終わってからのRMTのPKには痛覚が存在することになる。 痛みを現実と一切変わらない強さで感じることになる。 それが怖いというわけではない、恐れているわけではない。 だが、人を斬れば人が傷付く。 人を刺せば人が苦しむ。 そんな、当然で当たり前のことが実際に起こるのだ。 ゲーム内で、現実と同じように。
未だに半信半疑、信じられるわけがない。 そんな仕様にしたら、社会秩序の崩壊だ。 ゲーム内での傷害、暴力、そういった現実世界では犯罪と呼ばれることがゲーム内だからといって容認されるわけがない。 だからこそ、仮想空間に関する厳守事項と呼ばれるものが作られ、守られてきた。 過度な性描写、精神的問題が生じた場合の強制ログアウト、仮想空間に置ける肉体への影響。 主にそれらに関する詳細事項はまとめられ、仮想空間人体保護法として制定されている。 そして、今回ザッツ・ライが行おうとしていることは明らかに違法だ。 VRMMOに関する取り締まりを行っているのは総務省であり、総務省が察知すれば即刻運営停止が言い渡されてもおかしくはないほどの事案。 だが、ザッツ・ライはそれを実装すると言っている。 それも全プレイヤーに知らせず、俺たちのような『チケット』を保持する奴らのみに知らせて。
可能性を考えろ。 ザッツ・ライがそれを実装する理由だ。 最悪運営停止にもなるそれを強行する理由。 何かしら、しなければならない理由が。
「ねえよな。 ねえはずだ」
真っ先に浮かぶのは、ユーザー数を減らすこと。 増えすぎたユーザーに対処することができず、そんな手を使ったということだ。 考えられない理由ではあるが、可能性としてはある……か?
しかし、運営資金も企業規模も、ザッツ・ライはかなりのものを持っている。 だから、現状のユーザー数でも問題はない。 ましてや、黒字経営の今を無理に変える必要もない。 ユーザー数こそがこのゲームを成り立たせていると言っても良いくらいに、それは大事なもののはずだ。 人が少なければ、動く金の量は減る。 それはザッツ・ライにとっても避けたい道。
「待てよ」
そうだ。 もしもそうだとしたら妙なことがある。 それは『チケット』を持つ者だけに説明したということ。 ユーザー数を減らすためならば、全ユーザーに説明をして減らした方が得策だ。 だとすると……目的はプレイヤーキラーの排除か? 数少ない『チケット』を所持し、持たぬプレイヤーを殺し続けるプレイヤーキラーの排除。 それが目的だとすると、納得が行く。
が、そうだったとしても、その場合は『チケット』自体に対して何かしらの制限を設ければ良い。 今回のこれは『チケット』に対する仕様変更ではなく、PKという行為における仕様変更だ。 今回のような危険な道を通らずとも、プレイヤーキラーの頭数を減らす方法はいくらでも存在する。
……考えられる可能性、低い低い可能性を汲み取って、行き着く先は。
「――――――まさか」
あり得るのか、そんなことが。 そう思い、ベッドから起き上がった丁度そのとき、家の扉が開かれた。 いつかとは違い、インターホンを鳴らすこともノックをすることもなく部屋に押し入ってきたのは、現実世界ではただの知り合いでしかない一人の女。
「お、シンヤ起きてた。 朝早いんだね、意外意外」
「意外意外じゃねーよ! お前な、他人の家の鍵をなんで持ってやがんだよ!? 前回は鍵を掛け忘れてたってのがあるかもしれねーけど、今回はしっかり掛けてたよな俺!?」
「わっ、そんな大きな声出さないでって。 ほら、私って電子系強いじゃん? だからだよ、だから」
「そんなのは初耳だ! てかテメェ、それってハッキングして開けたってことか? 部屋のロックを」
「ハッキングって、そんな大層なことはしてないよ。 シンヤの部屋のロックって物凄く簡単な仕組みだからさ、電子錠も作れちゃうんだ」
ランカは言いながら、カード状の端末をパーカーのポケットから取り出す。 おい、俺の部屋はそんなにもプライバシーが存在しない部屋だったのかよ。 今すぐ引っ越してえぞ。
「……次から勝手に入ってきたら殺す。 せめて入る前に連絡しろ、分かったか」
「あはは、次からってことは今回のことは許してくれるんだ。 それに次からも入る前に連絡すればいいんだね、りょーかい! シンヤは優しいなぁ」
「……死ね、とっとと死ね」
俺が言うも、ランカは快活に笑うだけだ。 その、ひょっとしたら物凄く傷を負わせてしまうかもしれないその言葉を聞いても、こいつはそうなのだ。 一番最初に、咄嗟に今のように言ってしまったときはさすがの俺も焦ったが、ランカは俺に向け、言ったんだ。
「人はいつか死ぬ。 それまでにどれだけ楽しめるかだよ、シンヤ。 それが一秒でも一年でも十年でも百年でも、変わらない。 一秒しか生きられない人は、百年生きる人の分だけ笑えばいい。 その一秒にありったけを込めて楽しめば良いんだよ」
「知ってるよ、んなことは。 前に聞いた」
甘楽千雪だからこその言葉だと、俺はそう感じたんだ。 RMT内のランカというキャラクターではなく、現実世界の甘楽としての言葉。 俺には到底、その言葉の重さは計り知れない。 生まれてこの方、ろくな病気も経験したことはねーから。
結局、俺はその甘楽の言葉を聞いてもこう思うだけ。
そうか、そりゃ気の毒に。
ただ心の中で、そう思っただけだ。 でも、甘楽のその言葉は結構好きだった。 俺に笑えと教えてくれた人の考えと、似ているようにも感じられたのが原因だろう。
甘楽とランカが背負っているものは重すぎる。 もしも俺が背負うことになったら、一人じゃとても背負いきれない。 だから、それを一人で背負ってしまうこいつは凄い奴だ。
「私はやるよ、RMT。 PKも続ける」
「そうか」
ランカは言いながら、俺の部屋の窓際まで移動する。 そして窓脇に設置されているパネルを操作し、遮断フィルターを取り払った。
「……っ。 おい、眩しいだろ」
「シンヤ、私ってワガママなんだよ。 知ってた?」
「あ? んなこと知ってるに決まってんだろ。 どんだけ一緒にやってると思ってんだ」
「あはは、だね。 だから私はPKをするよ。 もしかしたら、人を殺すことになったとしても。 私の夢のためにみんな死ねッ! だよ」
「それまだ決め台詞にしようとしてんのか? ま、俺は正直どっちでも良いな。 見ず知らずの他人が苦しもうと死のうと、どーだって良い。 それで俺が潤うってなら、是非もない」
言いながら、俺はランカが操作したパネルに触れ、再度遮断フィルターをかける。 ランカはそれを見ると、不満そうな顔をした。
「……少し調べた。 お前の病気のことを」
「へえ、それで?」
「紫外線はよくねーって。 夜に出かけてたのも、そういうことだろ」
詳しくはどこにも載っていなかった。 だが、発色性不合症候群の奴らは紫外線を受けると、個人差はあるものの苦痛を伴うそうだ。 だからこそ自ら陽の光を浴びようとするランカの行動が分からない。 分からずとも、そんな馬鹿みたいな行動を見て見ぬ振りはできなかった。 ランカは、俺の仲間だったからだろう。
「そうだね。 けどさー、友達にそんな気遣いっていらなくない? 自分がしたいようにして、それでもお互いに気が合って。 それが、本当の意味でも友達だと思うけどなぁ」
「……友達? あ? 誰と誰が?」
「へ? 私と君だよ、私とシンヤ……ああ違うか。 私と七瀬が、だね。 だから私は陽の光を見たい」
言って、ランカは再度遮断フィルターを取り払う。 陽の光は再度、俺とランカを照らし始めた。
……いや、それよりも。 それよりも初めて名前を呼ばれた気がしたんだ。 誰かに俺の名前を呼んでもらえた。 たったそれだけのことなのに、どうしてだ。
ランカに、というわけじゃない。 人からだ。 自分自身を除いて、生まれて初めて……名前を呼ばれた気がした。 それは暖かく、少し嬉しく、わりと幸せだった気がする。 ゲームではなく、現実での俺を見てくれた気がした。 神谷七瀬という人間を見てくれた気がした。 たった、それだけのこと。
不思議だ。 自分でもどうしてか分からない。 人を助けるのに理由はいらないと良く言うが、ならばそうだ。
その逆。 人を殺すのには理由が必要なのかもしれない。 そしてたった今、その理由ができたんじゃないだろうか。
「だったら、俺の影に隠れてろ。 お前はよえーから、俺の方がよっぽどつえーから。 だから、俺が前でお前が後ろだ。 分かったか、甘楽千雪」
「あはは……優しいね、七瀬は。 うん、けど分かったよ。 ありがとう」
俺が人を殺す理由。 それは、俺のことを初めて友達だと言ってくれた奴のため。 俺のことを初めて呼んでくれた奴のため。 たった、それだけの理由で良いんじゃないだろうか。 俺は今日この瞬間、そう思ったんだ。




