表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
雪の鴉  作者: 悒燈
2/3

 あくる日の朝、カラスは鳥かごの中で目を覚ましました。


 鳥かごのそばにはアルが座っており、ぼんやりと窓の外を眺めていました。


「ごめんね、ここには食べさせてあげるものが何もないんだ」


 アルは、カラスが目を覚ましたことに気がつくと、謝りました。


「ここには動物も、植物もいないから。あるのは空と雪だけなんだ」


 そこでカラスは、初めて気づきました。この家もまた、少年と同じく色の無いものでできているのでした。壁も天井も全部が真っ白で、雪のようにふわふわとしています。


 恐ろしいと思ったのは、最初だけでした。すぐに、それが自然なことだと受け入れられるようになりました。


 ……いいえ。彼女は最初から、それを受け入れていたのです。

 だって今まで、それを見ても何もおかしいと思わなかったのですから。


「いいえ、心配しないでください」


 だから、カラスは首を横に振りました。

 それは彼女の望む、きれいな世界そのものだったのです。


「どうしてでしょうか。ここの来てから一度もおなかがすかないのです。どうしてなのか、私にもわからないけれど……」


 そこでカラスは、アルが鳥籠の中を心配そうに覗き込んでいることに気づきました。

 その姿は、カラスにとってひどく無防備に見えました。


「あなたは怖くないのですか?」


 カラスは訊きました。


「籠の中の鳥といえば、ふつうはもっと小さくて、可愛らしいものでしょう? それが、よりにもよってカラスだなんて」


 「いいえ」


 アルは首を横に振りました。


「僕にとっては、立派なお姿です。この、全てが死んだ白い大地の中で、あなただけが生きている。僕はあなたの温かい羽根を見ると、そう思えてくるのです」


 アルはうっとりとした声で言い、鳥籠へ手を寄せました。


「どうかその身体を、僕に抱かせて下さい」


 それは、カラスにとって、とてもとてもうれしいことでした。

 こんな美しい人に抱きしめられたら、どうなってしまうのだろう。そう考えただけで、よろこびは止まりませんでした。


 それでも、カラスは首を振りました。


「それは、いけません」


 カラスの声は、苦しそうでした。本当は、彼の体が欲しい、触れてほしくてたまらない。そんな想いを抱きながらも、決してそれを口にしてはいけない。


「私の体に触れると、あなたの体は崩れてしまいます。どうかやめてください」


 それが、わかってしまったからでした。


「どうして、それがわかるのですか」


 それでも、アルは諦めませんでした。いつもはただ穏やかに外を見つめているだけのアルの瞳に、今までにない、熱を持った何かが灯りました。


「最初にあなたが私に触れたとき、あなたの体は少しずつ崩れていきました。私の体は凍えて、熱も意識も、失いかけていたのに。今の私は、あなたが触れるには熱すぎるのです」


 それは、カラスにとっての恐怖でした。

 なぜならそれは、途方もなく耐え難い誘惑であったかからです。


「私とあなたでは、違うのです」


 その誘惑を断ち切るように、カラスは言いました。


 大切なものだからこそ、触れてはいけないものがある。かつて黒服の紳士が彼女に言った言葉を、いまさらになってカラスは思い出しました。

 カラスの中で、忘れかけていたはずの記憶が、ほんの少しだけ色をつけて戻り始めました。


 だけど、アルは。


「だからこそ、僕はあなたに触れたいのです」


 アルは、熱の籠った声でいいました。それは、カラスが初めて感じた、アルの感情でした。


「あなたのぬくもりは僕にはない。それは生きている証です。いのちの証明なのです。ぼくはそれにあこがれて、ずっとずっと、探していました。それをようやく見つけたのです」


 それはアルの想いでした。

 例えその先に破滅が待っていたとしても。求め、愛することは止められない。それが、生きとし生けるものの魂なのだと。

 それは、真っ白な少年ですら、同じなのだと。

 カラスは、悟りました。


「……本当に、いいのですか?」


 カラスはもう、あらがうことはできません。

 だから、最後にもういちど、アルに問いました。


「自分の存在さえ投げ捨ててまで、あこがれる価値のあるものですか?」


 アルは頷き、鳥籠を指先で触れます。

 その瞬間、鳥籠は繊細な氷細工のようにバラバラに壊れ、跡形もなく崩れていきました。


 もう、二人を遮るものは何もありません。

 アルはカラスに手を伸ばし、カラスはアルに飛び込んで。


 そして、二人がふれあった、その時。




 全てが、壊れました。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ