73. 冬支度 (3)
73話目投稿です。
王都中央の東門が見えた。
結局、魔狼は諦めたのか、見失っただけなのか、追いかけては来なかった。
索敵を駆使し、警戒して魔狼からもっともっとと距離を稼ごうとするうちに王都中央東門付近に戻ってきていた。
行きは堪能していた周囲の秋の色合いも、全く目に入ってこなかった。
そんな余裕など、どこにもなかったから。
東門には、多くの冒険者、商人なりが大勢行き交い、それに対応している門番の姿も見える。
怪我をしていようが、自力で歩いてきた者に門番は特別注意を向けたりしないので、要らぬ質問はされないだろう。
じきに陽が暮れる。
疲れた。
ほんと、疲れた。
肉体的にも精神的にも今日はボロボロだ。
冒険者ギルドまで、もつだろうか?
シープの毛を換金し終わるまで・・・。
「先に治癒術師の医師の所に行くか・・・」
そう呟くと、痛む体を叱咤して、王都中央東門を通る列に並んだ。
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「何だこれは!?」
夕方が近づくにつれ、様々な料理の匂いも入り混じった風がそよそよと入ってカーテンを揺らす、こじんまりした診療室から男性の驚いた声がした。
「何って、見ての通り怪我人です。イル医師。」
「そんな事はわかっている!両肩の爪痕に、顔の傷!体中の打撲、裂傷、あばら骨にひび数箇所!・・・・良く自力でここまで来たな、ヴィー。」
まだ触診はしていないので、見た目と歩き方で大凡の判断を下しているようだ。
(自分では見ていないけど、結構酷いのかな?うわぁ、見たくない。)
「お褒めに預かっても何もでませんが・・・」
「褒めてねぇ!!」
眉間にシワを寄せて、怒っているのは、王都中央に治癒術院を構える治癒術師のイル。
この治癒術院は夫婦で営んでいるため、イル医師の妻も治癒術師だ。
少し前に薬師も雇い入れたようで、現在は3人で役割分担しているらしい。
ヴィー自身は、この治癒術院で治癒を施してもらったことは今までなく、調合した薬を買ってもらっていた得意先の一つだった。
「冒険者の仕事もやっているんだ、多少の怪我はお前でもするだろうが・・・・何にやられた?この爪痕は、かなり大きい。この辺の魔獣のじゃないだろ?」
これより酷い状態の冒険者などいくらでも診ているはずだが、怪我の仕方で、疑問を感じたようだ。
「・・・・・・・・ギルドとかに、内緒にしてもらるなら、イル医師には話してもいいけど・・・というか痛いし辛いんで治療を先にして下さい。」
「・・・やばいだろ、こんな爪を持つやつが出たなら。」
イル医師は思案顔だ。
(痛いって言ってるのに、聞いているようで聞いちゃいない。)
「・・・・それに最初に遭ったのは、1ヶ月も前です・・・その間、誰かこんな怪我で来ましたか?イル医師、治療して下さいよ。」
「・・・・・・いや、そんな報告は聞いてないが・・・・」
(やっぱりか。
そうでなきゃ、暢気にロガリア学院祭なんてやってないだろうし・・・・いや、やってるか?
ああ、まずい。
思考が纏まらなくなって来ている。)
「なんでか知りませんが、目をつけたのは私らしいので・・・イル医師、治療を先にして下さいって。」
「・・・・・分かった、だが取り敢えず様子をみるだけだぞ?・・・それで?」
(この!オヤジは!)
「・・・・魔狼・・です。」
「!!フェ・・?!何でこの国に・・!?」
「・・・・そんなの私にも分かりません。」
魔狼は、このラフューリング王国の魔獣ではない、ラヴィンター皇国(エルフの国)にいるはずの魔獣だ。
それもかなりの高位の魔獣。
エルフの国では、神聖な魔獣として扱われているため、ヴィー一人が見て襲われたと迂闊に目撃情報として上げられない。
最悪の場合には国同士の問題になる可能性があるからだ。
王都中央にたどり着いて、治癒術院について、更に知り合いのイル医師に会って、少し安心したのか気が緩んだのか、痛みが激しくなってきている。
痛みに堪えるヴィーの体から脂汗が滲んできていた。
(限界に近いかも、クラクラしてきた・・・・・気を失いそうだ。)
「何故お前に目をつけたと言える?」
「魔狼が言ってました!」
(早く・・・してくれ・・ないかな・・)
「は?!・・・・話したのか?」
「少しだけ・・・!」
(やば・・いや・・)
自国の魔獣ではないし、高位の魔獣のため、詳細な情報はないのが現状。
思い悩んでもこれ以上は、イル医師にはどうにも出来ない。
「・・・・・は~・・わかった。取り敢えず、お前の治療が先か・・・」
(さっきから、そう言ってるじゃないか・・・・・!痛い・・んだから!!)
バンッ!!
診療室の扉が、突然乱暴に開いた。
そのせいで、周りの家具までガタガタと揺れた。
「ヴィーが治療に来たら、私が診ると言っておいただろう!!イル!!」
この治癒術院のもう一人の医師、ベルナ医師だった。
それだけは、わかった。
でも、それだけだった。
ヴィーが意識を保つのが限界な様子を見て取ると、もう一度怒鳴った。
「イル!!患者の状態も見ないで何をしている!」
「あ?・・・あ、おい!ヴィー!!」
ガンっ!
ガシャガシャガシャン!!!
ヴィーは意識を失い座っていた椅子から転げ落ちて、床に倒れた。
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意識がぼんやりと戻ってくる。
うっすら目を開けてみる。
白っぽい天井が朧ろげに見えた。
「・・・?あれ?知らない天じょ・・・!!」
待て!待て待て待て待て!自分!それ以上言っちゃダメ!
あ、危ない!危ない!!危なすぎ!!
うっかり本気で言っちゃうところだった!!
やばかった!いや、自分的には寸止め?寸止めだよね!?
まだ、ちょっと視界がぼやけているけど・・・・痛みは・・軽くなってる、良かった。
「あ、気がつかれましたか?」
「え・・・?」
後ろの窓からの夕陽の茜色に当てられて、亜麻色の髪が艶やかに輝き、心配気に細められた水色っぽい瞳が揺らめいている。
思わず本物かなと手を伸ばして、問いかけた。
「・・・天使・・?」
「・・えっ?」
少しだけ髪に触れられたけど、驚いたのか身を引いてしまった。
・・・ああ、そうだ、この治癒術院に新しく来た薬師の人だったっけ。
「ごめんなさい・・・驚かしてしまって。薬師の人・・だよね?」
「あ!はい!そうですの・・・!こちらこそ・・・すみません、勝手に驚いたのは私です。あ、謝らないで下さいな。」
気を悪くしたのか、後ろを向かれてしまった。
ありゃ・・・申し訳ない。
しょうがない、医師に変わってもらおう。
というか、この人薬師なのになんで病室にいるの?
「・・・はい・・あの、イル医師と・・・ベルナ医師は・・」
「い、今、連れて・・いえ、気がつかれたとお伝えしてきますわ。あなたは、ゆっくりしていて下さいませ。」
「はい、お願いします・・・。」
亜麻色の髪の彼女は、そのまま振り返らず病室?の扉を開けて出て行った。
まずったな。
そりゃあ、急に”天使?”なんて聞かれたら戸惑うよね~。
しかも何気に、クサイセリフだ。
何?この子、変な子!なんて思われてしまったかも~。
はっ!こんなところに、マイカ姉の影響が?!
うぅぅ、初対面なのにクサイ台詞とか・・・・・超恥ずかしーな、これ!
でも、後光が差してるみたいに見えたんだよな・・・・思わず拝んでしまいそうになったよ。
何にしても、命が助かって良かった。
次は魔狼に遭わないよう祈りつつ、遭ってしまったらどうするか・・・・考えとかなきゃな。




