72. 冬支度 (2)
72話目です。
「見つけた。」
魔狼は、ヴィーの姿を捉えてそう言った。
その次の瞬間、魔狼の姿が消えた。
ダン!!
ヴィーは、魔狼に組み敷かれていた。
油断していた訳ではない。
速すぎて、反応出来なかったのだ。
ギリギリと両肩に魔狼の前足の爪が食い込んでくる。
魔狼の体重と加わる力・・・・圧迫されて息も苦しい。
「ぐっ・・・!」
(やばい!今度こそ絶体絶命?!前におにぎりをカツアゲして、今度は私の命?!先に倒したレッドブルを食べろよ!そっちの方が絶対!美味しいし、食いでがあるじゃん!!)
「確かにそうだがな・・・相変わらず騒がしい奴だな・・・・だが、久しぶり。」
口調は軽いが、瞳は相変わらずギラギラしていて、殺気を出している。
(久しぶりって、右前足を挙げられても、口元が血でぬらぬらしながらじゃ怖さ倍増だよ!)
「むっ?そうか?血で汚れてしまっていたか・・・・この辺りに水場はないしな・・・」
(私の”洗濯”魔術なら綺麗になるけどな!)
「そうか?ならばそれをやってくれ。」
「・・・・!?・・・」
口から血をポタポタと落としながら魔狼は言う。
この状況で信じられない事を聞いた。
ヴィーの事など露ほども脅威に感じていないのだろう。
分かってはいるが、かなり悔しい。
今すぐ一矢報いたいところだが、それは得策ではないと判断した。
この状態からでは、何も出来ない。
まずは、魔狼からある程度離れることを優先するべきだ。
痛みを堪えながら、ところでと聞いてみる。
「・・・・・・何で、私の考えてることが・・筒抜けなんでしょうか?」
「それは、お前が考えていることをそのまま口にしているからではないか?頭悪いなお前は・・」
「・・・・・・!!何てこと――――――――――――?!」
「ほんとに!うるさいなっ!」
べしっ!!
バンッッ!!
興奮して気が高ぶっている魔狼は、前足で加減もなしで思いっきりヴィーを叩き飛ばした。
「!!」
そのままヴィーの体は宙を勢い良く飛んでいき、地面に叩きつけられ、何度かバウンドして止まった。
物理攻撃を受ける事によって組み敷かれた状態から脱したヴィーだが、あちこち怪我を負ったらしく、ぎこちなく体を起こした。
かなり乱暴な方法を選んだ事はわかっているが、他に思いつかなかった。
しかし身体強化の魔術を施していなければ、確実に今の一撃で死んでいたか、かなりの重症を負ったはずだ。
顔からも血がしたたり、痛みに顔を歪めている。
「・・・・・取り乱してすみません・・・”洗濯”魔術をかけさせていただきます。」
殊更丁寧な態度で、隙を作るつもりで提案した魔術をかけることを伝える。
感情は表に出さない。
他の思惑を悟れてはダメだ。
「おお、早くやれ。」
魔狼は威圧を放ちつつ、血塗れた顎をしゃくった。
「・・・・・・・」
呼吸を整え、痛みを堪えながらヴィーは布札を取り出し、”洗濯”魔術を発動させる。
今、魔狼を刺激してはいけない。
間髪入れずに殺されるに違いない。
この前は、”おにぎり”目当てだったのだとしても、今回も見逃すとは限らないのだ。
前は話しが通じたのに何で今回は通じない?・・・なんて思考は邪魔だ。
ヴィー自身も魔獣を狩って生きている。
魔獣相手に、こちらが狩られる側になることがあっても不思議じゃないのだ。
そして今相対しているのは。
襲ってきた相手は。
自分より遥かに強い高位の魔獣、こちらの都合など魔狼には関係ない。
力の差が絶対な時もある。
「キャイン!キャイン!キャイン!キャイン!キャイン!キャイン!ごぼぼっ・・・!」
ヴィーが魔狼にかけたのは、ジャンピングスパイダーたちにかけた段階の”洗濯”魔術だった。
魔狼の鳴き声が響くが、ヴィーは肩で息をしているがその場を動かず黙って見ている。
「キャイン!キャイン!キャイン!キャイン!キャイン!キャイン!ごぼぼっ・・!」
「脱水、爽やかミントな香り付き、乾燥。」
平坦な声が術を続ける。
「キャイン!キャイン!キャイン!キャイン!キャイン!キャイ―ン!」
”洗濯”終わって、辺りに爽やかなミントの香りが漂い始めたが、魔狼は目を回してヘロヘロだった。
口元の血など汚れが全部落ちて、綺麗なものだ。
「・・・・・・・」
やはりこの程度では魔狼は倒せないなと、くい込んだ爪で傷ついた肩を撫でながら思う。
次はどうする?どうすればいい?
もう一度”洗濯”したら、気絶くらいはしてくれるだろうか?
撫でた手を見やるとベットリと赤い血が付いていた。
まだ、大丈夫。
このくらいでは死にはしない。
そう自分を鼓舞する。
震えそうになるのを懸命に抑えながら。
そうっと見やると魔狼が気絶していたので、無言でその場から立ち去った。
ヴィーは冷静に怯えて、怒っていた。
怒りの度合いの方がかなり大きいが。
だからこそ、動ける。
怯えに負けたら、動けなくなってしまう。
確かに狩られる側になることもあるのは理性ではわかっているが、やはり感情では・・・・ムカつくのは抑えられなかった。
(見つけただって?いったい何のつもりだ?嬲るのが目的か?思いっきり前足で吹っ飛ばしやがって!あちこち痛いったらないし・・・!どっかの骨がいったかな・・・)
顔から流れ出る血を拭いつつ、身体能力向上の魔術を発動させて、万が一を考え、走らず足早に歩いている。
少しは傷の治りが早くなるだろう。
早歩きなのは、前回は走って魔狼の狩猟本能を刺激したためだ。
だが、ヴィーの元々の身体能力・身体能力向上・身体強化の魔術が合わさった早歩きは、かなり早い。
既に、魔狼も遥か向こうで、姿は見えない。
匂いで追ってこられるかもしれないが、魔狼自身も今は爽やかミントの香り付きだ。
何だか滑稽だと、短く笑うが、笑うと痛みが体を走る。
早くどこかに落ち着いて、傷の手当てをしたいが、もっともっと出来るだけ魔狼から距離を取りたい。
(どのみち逃げられないんだったら、今度追いついて来た時には、全力で攻撃してくれるわ!)
”洗濯”魔術の全工程を刻んである布札を始め、持っているあらゆる布札と、グローブに刻んである魔法陣を確認した。
***************************
ヴィーの”洗濯”魔術を受けて、目を回してヘロヘロになって気絶していた魔狼は、ぼんやりと意識を取り戻した。
ジャンピングスパイダーを屠った段階のものを受けても、気絶で済んでしまう。
少し脳震盪を起こした程度のダメージしかないらしい。
「・・・・・しまった、逃がした。」
狩り直後で興奮していたとはいえ、飛び掛かって組み敷いた。
逃げられてはならないと、小さい体に爪を喰い込ませた。
その上ちょっとイラついただけで、加減をせずに前足で叩き飛ばした。
冷静になってみれば、人間の子供など、あれで死んでしまってもおかしくなかったのだ。
それほど、魔狼の力は強い。
だから、前回は本当に慎重に加減して、軽く触るようにしていたのに。
「・・・謝ったら、許してくれるだろうか・・・?」
聞きたいことがあったのだ。
だから、ずっと探していたのに。
「・・・・人がたくさんいる場所まで行って、もう一度探すしかないのか?」
”オニギリ”をくれたあの人間の子供を探す方法を考えていたが、お腹が空いて狩りをしていたのを思い出した。
「まずは、腹ごしらえが先だな・・・・・・いただきます。」




