最期の戦い
一方秋山達も蘇った暴霊達と戦っていた。
彼等が向かったのはコンサートホール。そこに居たのは大量のマタタビ達と、彼等を指揮する1体の暴霊。嘗て秋山が倒した赤い虫の暴霊、ソロだ。以前現れた時と違って身体はぼろぼろになり、肩のバイオリンも壊れている。弓は音を奏でるのではなく、マタタビの指揮及び攻撃に使用するようだ。
「どこかで見た顔だと思ったら、お前だったか」
「久しぶりだなぁ。あと少しで、あと少しで遥を最高のバイオリニストに出来たのに!」
「何度も言うが、お前には無理だ」
すぐさまアヌビスに変身し、まずステッキを地面に突き刺した。昨夜使用した技を使用するのだ。
「下がってろ」
部下に指示してその場から退かすと、早速地中から大量の鎖を出し、マタタビを全て捕らえた。彼等は光に飲み込まれてすぐに爆発した。ソロだけはどうにか攻撃を免れ、アヌビスに攻撃を仕掛けてきた。
「雑魚ほどよく群がる」
「雑魚だとぉっ!?」
弓を剣のように振り回して攻撃してくる暴霊。アヌビスはそれを簡単に防ぎ、隙が出来たところで相手にダメージを食らわせた。いくら怪物になったとしても中身は元人間。戦いに慣れていない者が多いのだ。
だがソロも黙っていない。自らの声で不協和音を奏でて墓守達を怯ませ、アヌビスに斬りかかった。この攻撃はアヌビスも食らってしまった。
「ちっ、コイツ……」
アヌビスがステッキを前に突いた。すると再び大量の鎖が放たれ、ソロの身体を拘束した。身動きが取れなくなった暴霊に、アヌビスが最後の一撃を与える。
「はい、終了」
突き刺したステッキを勢いよく引き抜くと、ソロは霧のようになって消えてしまった。
変身を解くと、秋山は携帯を確認した。次の暴霊を倒しに行くのだ。
「近いのは……ここか」
部下を全員呼び寄せ、秋山は次の地点を指示した。
1度は殺されたもののすぐに暴霊となって蘇った術師・ケルビム。以前は墓守達に向けていた剣を、今度は主・マモンに向けている。
暴霊になるためには強い未練や怨念が必要。降霊術を使用していたということも考えられるが、この場合、家族を守りたい、金谷を殺したいという強い念がケルビムをこの場に留めたという方が納得がいくだろう。
「死ね、金谷ぁっ!」
何の策も無しにマモンに突っ込むケルビム。そんな攻撃、術師の主であるこの男には通用しない。鎌で剣を払いのけ、更に暴霊の腕を斬りつけた。更にマモンは、怯んでバランスを崩したケルビムを突き倒し、彼の首を強く踏みつけた。
「たかが暴霊に何が出来ましょう?」
そこへ0が救出に向かった。まず銃でマモンの気を逸らし、続けて大剣で相手を蹴り付けた。作戦は成功し、マモンはケルビムから離れた。
倒れたケルビムに0が手を差し伸べる。ケルビムはその手を取ってすぐに起き上がった。
「こういうことだったんだな」
「妹を守ってくれたみたいだな」
「俺も助けられたからな」
「そうか。だが俺も暴霊だ。この戦いが終わったら、俺を斬るが良い!」
言いながらケルビムが術師に襲いかかった。0も遅れて攻撃に向かう。
兄は生きていたが実は怪人で、その兄と友人が力を合わせ、今まで良き理解者だと思っていた男と戦っている。色々なことが立て続けに起こって、恵里の脳は混乱していた。母を捜さなければならないのだが、それも手に着かないほどだった。
アサシンが恵里に駆け寄る。ここから避難させるためだ。
「早く逃げろ! アイツは俺達が……」
「邪魔をするなぁっ!」
2人の攻撃を回避して、マモンがアサシンに襲いかかった。持っていた刀で戦うが、相手の鎌の威力は凄まじく、すぐに弾き返されてしまう。
「畜生、なんて野郎だ!」
「口に気をつけた方が良いですよ」
鎌を垂直に振り下ろすマモン。それを刀で受け止めるが、
「うっ、嘘だろ?」
鎌の攻撃に叶わず、アサシンの刀は砕けてしまった。更に身体に攻撃を受けて変身も解けてしまった。刀が無ければアサシンになることも出来ない。
弱った安藤にトドメを刺すべくマモンが歩み寄る。短剣を投げるが全て弾かれてしまった。
「使えない、必要の無い人間は死ぬべきです!」
「ちっ」
「させるかぁっ!」
マモンの背後から黒い霧が向かってくる。霧は術師の身体を拘束し、力を吸い取り始めた。だが、この男にはその攻撃も通用しない。マモンは自力で霧を払い、0に向けて衝撃波を放った。0も霧を楯のように使ってそれを弾いた。
「本当に人の邪魔ばかりしてくれますねぇ、あなた方は」
「何故沖田を狙うんだ? お前には関係無いだろ?」
「いや、俺のせいだ」
答えたのはケルビムだった。
「ヤツとの契約だ。俺がヤツに従う代わりに、恵里と母さんを見逃してもらう。でもその契約は俺が破ってしまった」
あの日、マモンと共に燃え盛る沖田家から離脱したケルビムは、静かな場所で彼と戦った。このときの彼は死にかけていたのだ。術師であり暴霊でもある。そんな状態だった。
降霊術師でも使用することが困難な術。しかしそれを持ってしても、マモンには叶わなかった。
だがマモンはトドメを刺そうとはしなかった。この、恐るべき力を秘めた男を自分の部下にしようと考えたのだ。そこで彼に提示したのがあの契約。マモンに従っていれば家族には危害が加えられない。兄は迷わずその契約に賛成した。しかし術士に従うことを選んだわけではない。いつかこの男を殺すために近づいたに過ぎなかったのだ。
真実を知って驚く0。恵里は目に涙を浮かべていた。
「そう、全ては彼のせいなのです」
その空気をマモンが壊した。墓守2人とケルビムが彼を睨みつける。
「あなたが私の契約に従っていれば、こんなことをしなくても良かったのです。いいですか、契約を破った相手にはペナルティが与えられるのです。これはそのペナルティです。私の座右の銘は有言実行でしてね。言ったことは必ず実行しなければ気が済まないのです」
「野郎……!」
「汚い口調は正しなさい」
マモンが再度0を攻撃する。すかさずケルビムがマモンに黒い弾を大量にぶつけるが、マモンはそれをものともせず、鎌で弾いてケルビムに近づき、その身体を斬りつけた。
「あっ!」
恵里が小さく悲鳴を上げる。
ダメージは負ったがケルビムは無事らしい。すぐに体勢を立て直して術士の足を剣で斬った。更にそこへ黒い弾を放ち、相手のバランスを崩した。昨夜は運悪く倒されてしまったが、彼は本来マモンを倒せるだけの力を持っているのだ。
「家族は殺させない。お前をこの場で殺す!」
倒れたマモンの頭上に剣を突き出し、それを勢い良く振り下ろそうとする。だが、そのとき、
「駄目!」
止めたのは恵里だった。
ケルビムも剣を持つ手を止めてしまった。
「殺さないで」
「何故だ、何故だ恵里? コイツは父さんを殺したんだ! 今ここで、俺がコイツにトドメを刺す!」
「生きているんでしょう、その人」
悠真の戦いを見ていて、恵里も暴霊と術師の違いを覚えた。金谷は変身前に魂を使用している。つまり、彼は生きている人間だということだ。
兄に人殺しをしてほしくない。それが、妹の願いだった。恵里は泣きながら懇願した。
「お願いだから、殺さないで……」
「恵里……」
「……はぁっ!」
隙が出来たケルビムに向けてマモンが攻撃を放った。
金貨だ。大量の金貨がケルビムめがけて飛んで行ったのだ。金貨は暴霊に攻撃を加えるとすっと消えて無くなってしまった。
ケルビムが蹌踉けた隙に、マモンは鎌を持ち、彼に向けて振り下ろした。今度は先程とは違う。刃はケルビムの身体に深く突き刺さっている。
刃が抜かれると、誠治は元の姿に戻った。傷口から溢れ出す炎が彼の身体を焼く。それが恵里にも見えるように、マモンがその場から退いた。変わり果てた兄の姿を見て恵里が叫ぶ。そしてそれを見てマモンが高らかに笑う。
安藤は恵里をその場から逃がすために急いで彼女に駆け寄り、無理矢理起こしてその場から逃げさせた。その間ずっと、恵里は兄に呼びかけていた。
「この野郎、何しやがる!」
0が霧を両手に込めてマモンに突進する。闇雲に拳を突き出す0。対するマモンは再び金貨を発射した。金貨を躱す暇もなく、0は派手に吹き飛ばされた。
「次はあなたですか。まぁ良いでしょう。あなたを殺したら、恵里さんとお母様を殺すことにしましょう」
「殺させるわけにはいかねぇんだ!」
「無理ですよ。あなた方に勝ち目は無い。墓守など、所詮その程度なのです!」
鎌を振り回して迫ってくる術師。
霧を発動しようにも、今の攻撃がかなり効いたのか、すぐに発動することが出来ない。
「くそっ」
鎧の下で目を瞑る0。するとそのとき、耳元で自分を呼ぶ声がした。驚いて目を開ける。
姿は何処にも見えない。だが、声の主はきっと誠治だ。何となくそう思った。
『俺の魂を取り込め』
「は?」
『お前の持つ霊の力で、俺の魂を取り込むのだ。俺の力を好きに使うが良い』
「霊の……そうか!」
0は声に導かれるがまま、黒い霧を誠治の方に放った。相手は確かに暴霊だが反撃はしてこない。力が霧を通じて0に流れ込んでくる。
「何をしてももう遅い! 死ねえぇっ!」
マモンの鎌が振り下ろされる。その寸前、力を完全に取り込んだ0が手を動かした。彼の手に何かが握られている。霧だ。霧が彼の手に握られているのだ。霧は鎌をしっかりと受け止めている。
鎌を止めたまま、0が立ち上がる。優勢だったマモンが押されている。
「な、何だこれは?」
「友達の家族から託されたのさ」
霧は徐々に姿を変え、ケルビムが持っていた剣の形になった。
「アイツの剣で、お前の紋章を斬る!」
この《−》の姿では自分の武器を使用することが出来ない。そのことは、これまで墓守達の動向を窺っていた誠治も知っている。だから、自身の魂を取り込ませることで、この姿の時でも武器が使用出来るようにしたのだ。
0が剣を振るうと、黒い弾が幾つも現れ、マモンの方へ飛んで行った。マモンもこれまで通り鎌で攻撃を弾こうとしたが、今回はそうは出来なかった。逆にマモンが弾き飛ばされてしまったのだ。
ただ武器を受け取ったわけではない。0はケルビムの力を己の糧に変えた上で使用している。そのため、威力も更に強まっているのだ。
「ちいっ、家族揃ってくだらないことを!」
鎌を振って衝撃波を放つ。続けて金貨を放ち、0を確実に殺そうとする。しかし、突然0の背中に生えた4枚の羽根が、彼を上空へと避難させた。翼は左右比対称の、白黒の羽根だった。
「そんな!」
上空を舞う0。彼は耳で、先程とは別の声を聞いていた。複数の人間の声だ。降霊術を身につけた誠治の知識も受け継いだということか。
皆「助けてくれ」と叫んでいるようだが、違う声も聞こえてきた。その声は「誠治、誠治」としきりにあの男の名を呼んでいたのだ。それに呼応するかのように全身に力がみなぎってくる。中で誠治も反応しているのだ。
「ふざけた真似を……うっ!」
突然マモンが胸を抑えて苦しみだした。彼が使用した魂が、体内で暴れ回っているのだ。その魂の所有者こそ、息子の名を呼んでいた者だったのだ。
「やめろ! お前は、お前の時代は終わったんだぁっ!」
「ガタガタうるせぇんだよぉっ!」
剣をしっかり握りしめて、0が急降下する。彼の目には見えている。マモンの胸に輝く淡い色の紋章が。内部から、沖田浩三氏が示してくれている。
降下すると同時に、その紋章に狙いを定めて剣を振った。刃はしっかりと光に直撃し、そこから青い炎が噴き出した。
「なっ、何をぉっ!」
「安心しろ。お前が凡人に戻っただけだ」
「そんな、私が、人間に?」
紋章が斬られ、ただの人間に戻った金谷空人の姿は無様だった。友の家族は、こんな人間に殺されてしまったのか?
変身を解いた悠真が金谷に歩み寄り、その胸ぐらを掴んだ。ちょうどそこへ、恵里と母親を逃がした安藤も戻ってきた。彼も金谷に歩み寄り、仁王立ちをして睨みつけた。
「ま、待ってくれ! 殺さないでくれ!」
「殺しはしねぇよ。ただ、お前に降霊術を教えたヤツが誰か知りたくてな」
この男は、確かに数人の術師を率いていた。降霊術に関しての知識も豊富だった。しかし彼は、降霊術を持ち出した墓守・Xではない。彼はただ社長の座が欲しくて術に手を出したまでだ。墓守でもない。
「言え! 誰から教わった!」
「い……」
「い?」
「い、偽りの、神」
どうやら問題の墓守はそう呼ばれているらしい。知りたいのはそんなものではない。正体だ。金谷を問い質そうとした、そのとき、
「危ない!」
安藤が悠真を押した。何事だと振り返ると、金谷の頭に小さな穴が空いているではないか。その穴からは絶えず赤い液体が流れ出ている。
「音がしたんだ。爆発したみたいな音が」
「爆発……?」
上をキョロキョロと見回す2人。すると、音がした方向に、人影のようなものが見えた。
日の光に照らされたそれは、赤黒い鎧に身を包んでいた。その姿は悪魔のようだった。
悪魔は数秒ほど2人を睨んだ後、その場から姿を消してしまった。
「あいつが、偽りの神なのか?」
「……さぁ」
金谷空人は氷山の一角。
彼等の戦いは、まだ始まったばかりなのだ。
後日、安藤が平岩に連絡を入れた。
残念ながら今回は面会は出来なかった。残った元術師達の取り調べで時間が作れないのだ。今、彼は警視庁の取調室の外にいる。中では2人の男女が、刑事兼墓守から厳しい取り調べを受けているのだ。
『術師の一派は壊滅したわけですが、問題の金谷空人は殺されてしまいました』
「そうか」
『相手の正体はまだ不明ですが、おそらく墓守・X、金谷の言う、偽りの神ではないかと思われます』
「偽りの神、か。わかった。連絡ありがとう。では、時間が出来たら会って話そう。兎に角、今回はお疲れさま」
安藤にねぎらいの言葉を言って平岩は電話を切った。そして中の術師、後藤英明を恐ろしい形相で睨みつけた。
「言った筈だ、調子には乗るな、と」
地獄に堕ちたであろう金谷に向けて、平岩は冷たく言い放った。
一方悠真は、いつものように大学の図書館で新聞を読んでいた。
術師の1グループが壊滅したためか、あれ以来暴霊の活動は少し収まった。それでも、強い未練さえあれば暴霊は何処でも誕生する。その芽を摘むことが、悠真達墓守の使命なのだ。
今日は暴霊が絡んでいるであろう事件は見つからなかった。新聞をしまって図書館から出た。
久々の、静かな昼。このキャンパスにも暴霊が現れたのに、中では今まで通りの平和な時間が流れている。あの日の出来事が嘘だったかのように。
だが、その中でも、まだ悲しみから抜け出せない者が1人。沖田恵里だ。恵里はただ1人、寂しそうにトボトボ歩いていた。
声をかけようか迷っていたが、やはり彼女のことが心配になって駆け寄った。悠真に声をかけられると、恵里はすぐに笑みを作った。お世辞にも上手いとは言えない、中途半端な笑みだった。
「西樹君」
「ひ、久しぶり」
あの日以来、2人は会っていなかった。
「あの……」
「ありがとう」
突然の恵里からそう言われて悠真は戸惑った。
「家族の、敵をとってくれて」
「いや、あれは沖田のお兄さんが助けてくれたおかげだよ」
「お兄ちゃんが?」
「ああ。あの人が、俺に力を貸してくれたんだ」
「そう、お兄ちゃんが……」
恵里はまた悲しそうな顔をした。
せっかく兄と再会出来たのに、すぐに金谷に殺されてしまった。父、そして兄とはもう2度と会えないのだ。
彼女の気を察した悠真は、どうにか彼女を喜ばせようと言葉を探した。が、相応しい言葉はすぐには見つからない。下手なことを言って彼女を余計に悲しませてしまっては大変だ。
と、迷っている悠真の目にあるものが見えた。それを見た瞬間、彼の口が自然に動いた。
「大丈夫」
「え?」
「2人は、今も沖田と一緒に居る」
自分の頭上を見つめる悠真を見て、恵里はその言葉を信じた。
彼には見えていた。優しい表情で恵里を見守る、沖田浩三氏と沖田誠治の姿が。まだ誠治から受け取った力が残っていたのだろうか。
まだ家族はここに居る。恵里は再び笑顔を取り戻した。悠真もひと安心だ。
「あ、この後、空いてる?」
今日は悠真の方から誘った。
「え? うん」
「じゃあ、これから何か食べに行かない? 1人じゃつまらないし」
「うん、行く」
「よし」
2人は歩き出した。
彼等の後ろ姿を、2人の霊はずっと見つめていた。




