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「きっと、それは」のほかのおはなし  作者: 篠宮 楓
近づきたいと思うのは、付き合えば本能じゃねぇの?
18/18

ぐったりと体重を預けてきた身体を両腕で抱きしめて、桐原は由比の呼吸が整うのを待った。

由比が俯いてくれてよかったと思う。

確実に、だらしなくにやけた顔をしている自信がある。



もう一度、キスしても……?


そんな期待を込めて由比の様子を窺ってみるけれど、肩で息をしているのをみると多分ここで続きは無理だろうと諦める。

流石に会社の倉庫。遅い時間とはいえ、営業や広報はまだ社内にいるかもしれない。


仕方ないか、と息を吐き出しながら、自分の胸元に顔を埋める由比の頭をゆっくりと撫ぜた。



やばい、なんだこの幸せな感じ。

俺、なんでこんなにこいつにはまってんだ?

マジで、手放したくねぇ。

ていうか、これ。今日、持って帰っていいかな。うちに。



由比が聞いていたら、物じゃない! と怒りだしそうな事を思い浮かべながら、子供をあやすように背中を軽くぽんぽんと叩いた。

「ん……」

それに反応するように、由比が声を上げる。

それさえも、可愛い。

自分の思考に苦笑しつつ、そういえば……と桐原は口を開いた。


「お前結構遅くまで残ってたな。もし、忙しいなら手伝うぞ?」


そんで、そのままうちに連れて帰る……というのは、心の内で呟いて。



由比は気怠そうな様子で顔を少し上げると、下ろしていた手で桐原のシャツをきゅっと掴んだ。

その手が微かに震えていることに気が付いて、桐原の中で喜びと罪悪感がないまぜになる。

自分に感じてくれたことと、少し無理やりだった事実と。

でもこうでもしないと先に進めないと割り切って、由比を見下ろした。



「忙しくは……ない、です」


大丈夫と続ける言葉を、途中で遮る。

「そんな事ないだろ。忙しくもない奴が、こんな時間まで残業とかありえないし。遠慮してるなら……」

「遠慮とかじゃ、なくって」

はぁ、と息をついて由比は視線を逸らした。

少し迷うような仕草を見せたけれど、促す様に声を掛ければ小さく息をついて口を開く。



「桐原主任を、待っていたくて」


「……は?」



思ってもみなかった言葉に、思わず問い返した。

由比は恥ずかしそうに目を伏せて、シャツを掴む手に力を込めた。

「あんまり仕事中に話せないから、帰るの待ってみようかなって……。ちょうど、当番の日だったから……」

「そんなの、一言いえば早く終わらせたのに」

会って話せなくても、文明の利器という携帯があるのに。

嬉しいけれど、女をこんな時間まで残業させたくはない。

それが由比であるなら、当然の事。


少し詰問するような声音になってしまったらしい。

落ち込むように肩を落として、由比はシャツを掴んでいた手を下ろしてぽつりと呟いた。



「……主任の仕事、邪魔したくなかったから」



「―」



由比の言葉を聞いた途端、桐原は両腕に無意識に力が入った。

思い切り抱きしめて、由比の首筋に唇をつける。

くすぐったいのか、ん、と鼻にかかる声が耳元で聞こえる。


「あ、あの、主任?」

驚いたように声を上げる由比から手を離し、壁に肩を押し付けた。


「もう駄目だ」

「え?」


否定的な言葉に、由比の眉尻が下がる。

けれど桐原は、それどころじゃなかった。


潤む瞳を向けられて、しかも自分の仕事を邪魔したくないからとか可愛い事を言われて、我慢し通しだった理性という名のストッパーががっつり外れてしまったのだから。



「もう無理、お前がなんと言おうと無理。待てないし、待ちたくない」


「えっ、あの? 待つって何を?」


続いた言葉に、意味が分からないとばかりに由比が首を傾げる。

露わになる首筋に、どくりと鼓動が高鳴る。



「もう勘弁してくれ。……上条、お前明日用事ある?」

「え? 用事?」

いきなり関係のない事を聞かれて首を傾げるが、勢いに押されて何もないと答える。

それを聞いた桐原は、由比の腕を掴むとぐいっと引っ張って歩き出した。

倉庫の外へと。



今日は金曜、そして明日は休日である週末。

桐原は由比の腕を掴んだまま倉庫の鍵を閉めてると、勢いのまま地下駐車場の出入り口から外に出た。



「あのっ、桐原主任! どうかしたんですか?」


焦ったような声に、思わず早足になっていた自分に気が付いて桐原は足を止めた。



落ち着け、落ち着け俺! ここまで待ったんだ、なんとかあと三十分くらい頑張れ俺!



内心自分を宥めつつ、ごめんなと由比を振り返った。


「さっきの言葉が嬉しくて、つい。これからうちこねぇか? 夕飯、作ってやるから」

「え? 主任がですか?」

「あぁ、簡単なものならできるし」

連れ込む理由だから。


言葉に出さなかった部分が由比にとって一番聞かなければならないものだったけれど、当たり前のように桐原は口にしない。

由比は嬉しそうに頷くと、小さく頷いた。

「ぜひお供します、主任!」

満面の笑みに、なんとなくだましている状況の桐原に罪悪感がもたげる。

いや、飯は作る。ちゃんと作るぞ。うん。


「ご飯も嬉しいけど……まだ一緒にいられるのが、一番嬉しかったりして」


恥ずかしそうに笑うその表情に、仕草に、罪悪感は遠く彼方に吹き飛んだ。



「あぁ、じゃ行くか。たまには、タクシーで帰ってみよう。うん」

電車で帰るより、十五分は早く帰れる。

「え、でも……」

「いいって、早く食いたいからさ」


飯の前に、主にお前を!




珍しく笑う桐原に、由比は無警戒の笑みを返した。





タクシーに乗せられて桐原の自宅に連いていった由比のその後は……、ご想像にお任せします(笑)



少なくとも、夕飯は食べられなかったという事だけお伝えして。




「決して無理やりはしてないからな!」←桐原の雄叫び


完結です^^

ありがとうございました。

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