1 浩人の日常
「兄貴! 待ってくださいよ!」
「早くしねえか。京介」
波戸場浩人こと浩人は舎弟の佳賀里京介を組事務所の前で待っていた。
浩人は関東最大の極道組織「十和麗月会」の三次団体である「白石組」の若頭だ。
「白石組」の組長の白石は「十和麗月会」の二次団体「九条会」の本部長をやっている。
浩人は現在29歳。若頭としては年齢は若いが十代の頃から喧嘩負けなしという噂が立つほど喧嘩が強い。
白石組は組員20名の小さな組だ。
それでもこの辺りを仕切っているのは白石組でありこれから浩人と京介はシマの見回りに行くところだ。
十代の頃、浩人はやんちゃが過ぎて喧嘩で殺されそうになったところを白石に助けられてから白石について極道の道に入った。
浩人の両親は幼い頃に他界し施設で育った。
だから白石のことは本当の親父のように思っている。
「それで例の売人の情報は確かなんだろうな?」
浩人は京介に確認する。
「はい。今日も第三公園近くの廃ビルにいるって情報です」
「そうか。じゃあ、そこに行ってみるか」
最近白石組のシマで麻薬を売ってるという噂が流れた。
白石組では麻薬はご法度である。
組長の白石は麻薬を嫌っている。
白石に言われて浩人は売人の情報を集めていてその居場所が分かったのだ。
京介は浩人の舎弟だ。三年前に白石組に入ってから何かと浩人といることが多い。
まだ24歳という若さだが頭はいい奴だ。
だから浩人も京介を重宝している。
二人は他の組員三人と組事務所から歩き出した。
浩人たちが廃ビルに辿り着くとそこには一人の売人らしき人間がいた。
売人は浩人たちを見ると逃げ出した。
「待て! このやろ!」
浩人は売人を追いかける。
売人も逃げ足が速かったが途中でゴミに躓いて倒れた。
「おい! てめえが麻薬の売人か?」
浩人が追いつき売人の男の腕を掴む。
男は浩人に殴りかかってきたがそんなパンチをくらう浩人ではない。
男の攻撃をひょいっと避けると浩人は思い切り男を殴り飛ばした。
「ぐほ!」
男はもんどりうってひっくり返る。
「お前はここが白石組のシマだと知って商売してたのか? ああ?」
浩人は男を蹴り飛ばす。
「ぐわ!」
男は悲鳴を上げた。
「答えたくなかったら答えなくていい」
浩人は拳銃を取り出した。
「ひいい! 助けてくれ! お願いだ!」
男は這いずるように逃げようとするが男の足に浩人は狙いをつけて撃った。
バン!
一発の銃声が響き渡る。
「ぎゃああ!」
足を撃たれた男はもがき苦しむ。
「今度この辺りをうろついたら次は命はないからな」
冷たく浩人は言い放つ。
「お前らこの男の後始末を頼む」
「はい。若頭」
男たちは浩人に頭を下げた。
「京介! お前は俺と来い。ついでだから繁華街の見回りをして帰る」
「はい、兄貴」
浩人と京介は売人の男の後始末を他の組員に任せて繁華街に向かう。
「そういえば京介は「金猫クラブ」のホステスとうまくやってるのか?」
京介は三ヶ月ほど前から「金猫クラブ」のホステスと同棲している。
「はい。おかげさまで交際は順調です」
「そうか。良かったな」
「そういう兄貴は女作らないんですか?」
「俺は別に女はいらん。面倒だしな」
「兄貴を狙ってる女は多いですぜ」
浩人は極道だが顔は整っていて目の鋭さを除けば一般人と見た目は変わらない。
小さい組とはいえ白石組の若頭の地位にいるためそれ目当ての女もやってくる。
浩人は女が嫌いな訳じゃないがこれといった女には今まで出会ったことはない。
「兄貴もそろそろ所帯持ったらどうですか?」
京介の言葉に浩人は苦笑いする。
「付き合ってる女もいないのにどうやって所帯持つんだよ」
「でも運命は突然にってこともありますから」
「フン、そのうちな」
浩人はそう言うと繁華街の店に入って行く。
「あら、ヒロさん。いらっしゃい」
クラブのママが浩人を見て挨拶をする。
「何か変わったことはないか?」
「ありませんよ。商売もヒロさんたちのおかげで順調ですから」
「それは良かった」
浩人が帰ろうとするとママが声をかける。
「今度はお客さんで来てくださいな」
「ああ、そのうちな」
浩人は店の外に出ると溜息をついた。
こうやってシマを見回るのは仕事とはいえクラブの女の相手は疲れる。
「女が欲しくない訳じゃないが………」
「何か言いましたか、兄貴」
「いや、なんでもねえよ」
浩人は気を取り直して次の店に入って行った。




