10 アイザック・ルバーニ公爵令息
神殿から公爵邸へ帰ると、ある人物が彼女を待ち構えていた。
「――あら、お姉様。おかえりなさい。どこへ行っていたの?」
「……マリーナ」
エントランスで腕を組んで立っていたのはチェリシアの腹違いの妹――マリーナ・ロクサーヌだった。
ロクサーヌ公爵家の次女であり、社交界の華と謳われる美貌を持つマリーナ。
年はチェリシアの一つ下。つまり、父は母がチェリシアを妊娠している最中に、義母と関係を持っていたということだ。
(昔はあなたのことを恨んでいたけれど……今はもうどうでもいい)
マリーナは母親譲りの美しい銀髪に、菫色の瞳を持っている。
彼女に比べると、暗いブラウンの髪のチェリシアは地味で目立たなかった。
いつも社交界の中心にいるマリーナと比べて、チェリシアは壁の花となっていた。
(まぁ、華やかな見た目に似つかわしく、性格は最悪だけどね)
マリーナの性格を一言で言うとしたら、我儘でぶりっ子。
前世で例えるなら、異性には好かれるが、同性には嫌われるタイプの女である。
「ちょっと用があってね、お出かけしていたの」
「用~?嘘つかないで、お姉様が用事なんてあるわけないでしょ?」
マリーナはいやらしい笑みを浮かべながらチェリシアに近付いた。
「どうしてそんなことが言えるの?私だって、お出かけくらいするわ」
「嘘よ。だってお姉様、友達なんていないじゃない。恋人もいないし、ドレスや宝石を買いに行くお金もないでしょう?」
「……」
チェリシアは悔しさで唇を噛んだ。
溺愛する両親から何でも望みを叶えてもらってきたマリーナと違って、チェリシアは何も与えられてこなかった。
――悔しい、どうしてチェリシアだけがそんな目に遭わないといけないのよ。
父も母も異母妹も、彼女に何の恨みがあるというのか。
「嘘じゃないわ。ちょっと前に知り合った友人に会いに行っていたのよ」
「へぇ?お姉様ってお友達なんていたのね。一体どんなお方か気になるわ。よかったら今度紹介してくれないかしら?」
マリーナの赤い唇が弧を描いた。
「ええ、もちろんよ。とっても素敵なお方だから、妹であるあなたにもぜひ会ってもらいたいわ」
「まぁ、そんなに素敵な人なのね……」
マリーナは笑いを堪えきれないのか、口元を手で押さえた。
どうやらチェリシアが強がりを言っていると思っているようだ。
(ふん、今に見てなさいよ!その間抜け面をあっと驚かせてやるんだから!)
チェリシアの言う友達とは、レイドとアンリーシェのことである。
レイドは数回、アンリーシェに関しては一回しか話したことが無いレベルだが、まぁ友達でいいだろう。
チェリシアはマリーナを上から下まで眺めた。
いつも華やかな装いの彼女だが、今日はいつにも増して気合が入っている。
リボンとフリルがふんだんに使われた華美たドレスは、彼女によく似合っていた。
「ところで、あなたはどこかへ行く予定だったの?」
「私?私はね……」
マリーナが楽しそうにクルッと一周回った。
「――ルバーニ公子がここに来るのよ!」
「……あら、まぁ」
ルバーニ公子とは、つい最近マリーナの婚約者となった貴族令息のことである。
社交界の華と謳われるマリーナの横に並んでも違和感がないほど、容姿端麗だと聞いている。
マリーナも地位が高く、美しい男性を捕まえられて機嫌が良さそうだった。
「だからお姉様は部屋から出ないでちょうだい。みずぼらしいお姉様を見たら、ルバーニ公子の気分が悪くなっちゃうかもしれないでしょう?」
「……あー、はいはい。ルバーニ公子がいる間は部屋にこもらせてもらうわ」
チェリシアは着ていたローブを脱ぎながら面倒くさそうに言葉を返した。
「わかったなら早くどっか行ってよ!もうすぐルバーニ公子が来るんだから!」
「わかったわかった、行くから」
マリーナはチェリシアの背中を思いきり押し、彼女は転んでしまった。
「キャアッ!」
床に膝をついた彼女は、痛みにうめき声を上げた。
頭上から嘲笑う声が降り注いだ。
「ちょっとお姉様ったら、何やってるのよ。みっともないわね」
「プッ、お嬢様ったら何て下品な……」
メイドにも嗤われ、チェリシアの顔が真っ赤になった。
恥ずかしい、穴があったら入りたいとはまさにこういうことを言うのか。
座り込んだまま俯いていたそのとき、突然誰かに手を差し伸べられた。
「――令嬢、大丈夫ですか?」
「……!」
顔を上げると、端正な顔立ちの青年が視界に入った。
青い髪に、金色の瞳。一体どこの誰だろう。
服装を見る限りどこかのお貴族様のようだが、どうしてここにいるのか。
「さぁ、私の手を取って。立てますか?」
「は、はい……ありがとうございます……」
チェリシアは手を重ね、ゆっくりと立ち上がった。
彼はかなりの長身で、女性の中でも高い方であるチェリシアより頭二つ分ほど大きい。
「――ル、ルバーニ公子!」
「……ルバーニ?」
声に振り返ると、顔を真っ赤にしたマリーナがこちらを睨みつけていた。
「ご挨拶が遅れました。アイザック・ルバーニと申します。本日、ロクサーヌ公爵令嬢とのお茶会に参加するために公爵邸を訪れたのですが……」
ルバーニ公子――アイザックの視線が目の前にいるチェリシアに戻された。
どうやら彼は、彼女を婚約相手だと勘違いしているようだ。
「あ、いえ、私はマリーナではなく……」
「――マリーナ・ロクサーヌは私です!」
焦ったマリーナが二人を引き裂くようにして前に出た。
「……そちらのご令嬢でしたか」
アイザックはチェリシアからマリーナに視線を移した。
彼女はその隙を狙い、アイザックをチェリシアから引き剥がした。
「ルバーニ公子、早く行きましょう。お茶の準備はできているんです」
「いえ、まだ彼女の名前を聞いていな……」
「さぁ、早く!」
マリーナは有無を言わさずアイザックの手を引き、彼を部屋へ連れて行った。
(マリーナったら強引ねぇ……ルバーニ公子はあの子には勿体ないわ)
彼女に手を引かれて去って行くアイザックが、一瞬だけチェリシアの方を振り返った。
その瞳の奥に秘められた感情の意味に、彼女が気付くことはなかった。
(そうだ!せっかくだし、聖女お披露目パーティーに着て行くドレスでも選ぼうかな?)
二人が立ち去ったあと、チェリシアも部屋へ戻った。
その道中、一人の侍女が彼女に声をかけた。
「……お嬢様、お嬢様宛てに贈り物が届いているようです」
「贈り物……?」
いつも偉そうにふんぞり返っている侍女が、今日は委縮したようにチェリシアを見つめていた。
彼女は侍女から大きめのプレゼントボックスを受け取った。
「一体誰から……って、レイド殿下!?」
箱に添えられていたカードに書かれていたのは、間違いなくレイドの名前だった。
侍女の態度がいつもと違うのはそのせいだったのか。
冷酷無慈悲な血の皇子として有名なレイド・フォン・ベレニウム第二皇子のことだ。
すぐには開けることができなかった。
(レイドが私にプレゼントですって……?爆薬でも入れてるのかしら?)
それとも誰かの生首?どちらにせよ最悪だ。
チェリシアはどうにでもなれ、と何も考えずに箱のリボンを解いた。
――中から姿を現したのは、一着のドレスだった。
レイドから贈られたのは青を基調としたAラインのドレスで、裾と袖の部分には豪華なレースがあしらわれている。
そして、入っていたのはドレスだけではなかった。
「髪飾りにイヤリング、ネックレスまで……?」
しかもどれも高価な宝石が使われているものだった。
生まれて初めての異性からのプレゼントに、チェリシアは困惑した。
(男性が女性にドレスや装飾品をプレゼントするのは好意を抱いているという証……)
もしかして、レイドは本当にチェリシアのことを……?
彼女は胸をときめかせながら添えられていたメッセージカードを開いた。
『いつも服がダサくて見てられないから、次のパーティーはもっとマシな格好で来い』
余計なお世話だわ。
ホンット、喋らなければ良い男なんだから。




