第20話:封印の儀と試練
翌日、ユウトはエルディオに案内され、森の奥へと足を踏み入れていた。
昨日の話で聞いた“封印”と“結界”――その場所へ向かうためだ。
森の空気は昼間でもどこか冷たく、奥へ進むほど静寂が濃くなる。
鳥の声すら遠ざかり、聞こえるのは足音と、時折木々が風に軋む音だけ。
やがて道なき道を進んでいると、不意に目の前の景色がゆらりと揺れた。
皮膚がざわつく。
まるで見えない膜を通り抜けたような感覚の後、そこには苔むした岩肌に囲まれた洞窟の入口が現れた。
『ここが封印の間へ続く道じゃ。普通の者には見えぬよう結界が張られておる。』
エルディオの言葉に、ユウトはごくりと唾を飲み込む。
胸の奥で、得体の知れない緊張が膨らんでいく。
洞窟の中はひんやりとしており、空気はどこか重く粘りつくようだった。
壁に埋め込まれた鉱石がかすかに青白く光り、足元は湿って滑りやすい。
水滴が時折天井から落ち、石畳を打つ音がやけに大きく響いた。
進むたびに背中を冷たい視線でなぞられるような感覚がして、ユウトは思わず肩をすくめる。
しばらく進むと、空間が急に開けた。
そこは天井が高く、ドーム状の広間。中央には複雑な紋様が描かれた石の祭壇が鎮座していた。
そこには文字らしきものが刻まれ、淡く光っている。
見ているだけで胸が圧迫されるようで、少し息苦しい。
『さぁ、始めるぞ。』
エルディオが低く告げた。
「俺は……何をすればいい?」
『わしが封印の補強に関する力のコントロールを行う。お主は、ここに手を当て、己の内にある力を紋に流し込むのじゃ。じゃが、ただ力を押し付けるのではない。結界と自分を繋ぎ、一つになる感覚を意識せよ。』
ユウトは深く息を吐くと、祭壇の前に膝をつき、両手をそっとかざす。
冷たい石の感触の奥には、どこか生き物のような脈動があった。
『では、ゆくぞ?』
その声と共に、エルディオは意識を集中させると、その体がうっすらと青く光り輝いていった。
ユウトは習うように目を閉じて集中する。
手を当て、自分の中で感じたあの力を、祭壇に伝えるようにイメージする。
(力を流す…力を流す…)
言い聞かせるように少しずつ力を強めていく…が、脳裏には余計な雑念が押し寄せる。
失敗したらどうしよう。自分なんかで本当にできるのか――。
その瞬間、祭壇が強く脈動し、拒絶するような衝撃がユウトの体を弾き飛ばした。
ダンッ!
「ぐっ……!」
背中から床に落ち、視界が白く瞬き、全身に痺れるような痛みが走る。
何かに“拒まれた”のだと直感でわかった。
『……やはり、一度では無理か。』
落ち着いた口調のエルディオだが、その目にはわずかな焦りが宿っていた。
「……ごめん、うまくできなかった。」
『気にするな。確かにお主の力は感じられた。じゃが、封印が拒否をしたようじゃな。恐らくお主を試しておるのじゃろう。素性も、そして力も見極めようとしている。』
ユウトは歯を食いしばり、拳を握る。
恐怖も不安も、そして自分への苛立ちもあった。
いきなりうまくいくなんて思っていなかったが、”拒否された”という結果に少し気持ちが後ろ向きになる。
(それでも、守らねばならないものがある!)
その思いが背中を押していた。
「……もう一度やらせてください。今度こそ!」
『わかった。…ゆくぞ!』
再び手を祭壇にかざす。
今度は焦りを振り払い、意識を一点に集中させた。
(力を流す…力を流す…)
先ほどと同じように、少しずつ力を強めていく。
だが、結界は簡単に受け入れてくれない。
ユウトの掌から流れた力は、祭壇の入り口辺りでとどまってるような感じがする。
それでも、負けずに力を込めていく。
掌から胸にかけて焼けるような熱さ、頭が割れそうな圧迫感がユウトを襲う。
全身の血が逆流するような感覚に、吐き気さえ覚えた。
(……負けるな。ここで踏ん張れ。諦めるな!)
歯を食いしばり、必死に意識を結界に合わせる。
…その瞬間!
ふいに、すっと、掌の辺りに滞留していた力が流れていくのを感じた。
冷たい石の奥に、確かな熱が灯る。
それは自分の内にある力と共鳴しているかのようだった。
深い呼吸を重ね、決意を強くもち、力を流し続ける。
やがて祭壇が柔らかく脈動し始めた。
石の紋様が淡く光り、熱がユウトの掌から流れ込む感覚が広がる。
恐怖は薄れ、かわりに確かな一体感が胸を満たした。
『……通ったか。』
エルディオの低い声が響いた瞬間、広間全体がふっと軽くなる。
重苦しかった空気が少し和らいでいた。
ユウトは全身から力が抜けるような疲労を感じ、膝をついた。
汗が額を流れ、呼吸が乱れる。
だが胸の奥には不思議な達成感が広がっていた。
「……できた……のか?」
『ああ。お主の力が封印に届いた。これで弱まっていた封印も補強することができた。おそらく力が漏れ出すことも封印が弱まることもしばらくは無いじゃろう。…よくやったな。』
エルディオの言葉に、ユウトは小さく笑った。
体は限界に近いが、心は妙に軽かった。
守り人として、ほんの少し前に進めた気がした。
その後、二人はしばし黙って広間に腰を下ろした。
ユウトは息を整えながら、ふと思い出したようにエルディオに声をかける。
「……そういえば、白い本のこと、聞こうと思ってたんだ。正直、ほとんど読めないんだけど……これって、この世界の普通の文字なの?」
エルディオは少し目を細めて頷いた。
『そこに書かれた文字は古き時代のものじゃ。いにしえの術者たちの文よ。だから今の世でも読み解ける者はほとんどおらん。』
「……ってことは、急いで全部読めるようにならなくてもいいのか?」
『そうじゃな。すべてを読む必要はない。だが、いざという時に知っておかねばならぬ頁がある。それは、わしから伝えよう。わしの役目でもあるしな。』
それは、果たしてユウトに言った言葉か、自身に言った言葉か…
その口調は、どこか決意を感じられるものだった。
しばらくして二人は立ち上がり、ユウトは重い足を引きずるようにして洞窟を後にした。
疲労は深く、体は重い。だが不思議な高揚感もあった。
(村の、この地の脅威はいったん退けられた。村のみんなを守れた…んだよな)
その想いを胸に、ユウトは一度立ち止まって大きく息をつく。
少しの安堵と、まだ続く道のりを見据えて、疲れた体を引きずりながらも前に進むように村へと帰っていった。




