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第19話:封印の影と提案


 熊型魔物の亡骸を見下ろしながら、ユウトは深く息をついた。


 戦いの興奮は収まりつつも、胸の奥では不穏なざわつきが残っている。


 こんな場所にあの魔物が現れた理由を考えれば、落ち着いてなどいられなかった。


 握った拳を開くと、掌に残る微かな熱が、先ほどまでの死闘の現実を思い出させる。


 生きている。けれど、それは偶然の結果だ。


 もし動きが一瞬でも遅れていたら――そう考えるだけで、背筋が冷えた。


『……やはりか。』


 背後から低い声がした。


 振り返ると、エルディオが目を閉じたまま呟いていた。


 幽霊のはずなのに、その佇まいは生者以上の重みを帯びている。


「やはりって、何が?」


『あの魔物は偶然ではない。封印を狙う何者かの“使い魔”じゃな。』


 その言葉にユウトは目を見開いた。


 自分の予感が確信へと変わっていく。


 エルディオは椅子に腰を下ろし、指先で口元を軽く叩きながら考え込む。


「……その、例のヤツってのが封印されてるのって、ここじゃないんだよね?」


『ああ。ここではなくもっと森の奥じゃ。強力な結界で隠された洞窟の中にある。普通の者なら決して辿り着けぬが、わしと、恐らくお主ならば入れるじゃろう。』


 ぐっと、ユウトは息を呑む。


 自分のいる世界のすぐ近くにそんな場所が広がっていたという事実に、背筋が冷えるような感覚を覚えた。


「……じゃあ、あの魔物は、その結界を破るために?」


『あるいは揺さぶるためじゃろうな。なにかしらこの地にきっかけを与えて、封印の内側に潜むものを解き放とうとしておるのかもしれぬ。』


 エルディオの声には怒りというより、深い憂いがあった。


 彼にとって封印は命を賭して守ってきたもの。


 その危機が迫っているのだと、ユウトは改めて実感した。


 胸が締めつけられる。村人たちの笑顔が頭をよぎる。


 昨日までの自分なら、守り人なんてただの肩書きだと思っていた。


 だが今は――その重みが、確かに存在していた。


「じゃあ、どっちにしろ、このままじゃ危ないってことだよな。どうすればいい?俺は…俺は、何ができる?」


 エルディオは小さく息を吐き、ユウトを見据えた。


『結界を一時的に強める必要がある。わし一人では今の姿では力が足りぬ。お主の力を借りねばならん。』


「俺に……出来ることがあるんですね?」


 ユウトの声は焦りとわずかな安堵が混ざったものだった。


 エルディオは少し目を細め、静かに言葉を続けた。


『今のお主に、できることは多くない。だが、お主には白き封書に拒まれなんだという事実がある。それはこの地の結界に干渉できる証でもあるのじゃ。小さな力でも、今は貴重だ。』


 少しでも、自分にできることがある。


 そう思った瞬間、わずかな恐怖が形を変えていく。


 役に立ちたい――その想いが胸に広がった。


「……やらせてください。俺にできることがあるなら、全力でやります。」


 エルディオは小さく頷いた。


『決まりじゃな。では明日、封印の地へ向かう。封印の結界を補強する儀を行おう。』


 封印の地――その言葉を思い浮かべただけで、背筋が粟立つ。


 何が眠っているのか、想像すらしたくない。


 …だが、もう逃げる選択肢はなかった。


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 小屋を後にする頃には夕暮れが村を包んでいた。


(結局今日は、この本についてはほとんど聞けなかったな……)


 あの後、エルディオは準備があるといって地下へ向かってしまった。


 特に手伝えることはないとの事だったので、ユウトはそのまま村へ帰って来たのだった。


 広場では子どもたちが駆け回り、年寄りが縁側で世間話をしている。


 そんな光景が、今はひどく尊く見えた。


「……絶対に守らないと。」


 ぽつりと呟いた声は誰にも届かない。


 だが、その胸の奥には新たな決意が芽生えていた。


------------------------------


 その夜、村では噂が広がっていた。


「守り人さまが素手で熊の魔物を倒した!」


「いや、邪霊を祓ったって話だぞ!」


「いやいや、きっと神の加護じゃ!」


 ――今日も今日とて、ユウトの知らぬ間に、またひとつ“伝説”が生まれていった。


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