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最期の日より

 そうして、僕は忘れる。


 目を覚まして、何もなかったように一人だけ忘れた。


 そして、僕はこの忘れたという事実を知らない。知らなかった。


 知らないが、僕はいつか思い知らされる日が来るのだろう。彼ら、彼女たちの事を忘れてしまう前に誰かが消えて終うのだから。


「イツキ」


 目の前にいる彼女が僕の名前を呼んだ。

 これは確か彼女が大学へ通って三ヵ月程経った時期。


 お互い時間が取れなくなって自然と会う機会も失くしてしまい、そのまま離ればなれになってしまってというお決まりの自然消滅。付き合ってたと言っても友人感覚だったから仕方がない。


 そして、僕は、僕がいなくてもそれが彼女の身に起きていたことを悟った。


「イツキ。久しぶり」


 大学に行って垢抜けた彼女を目の前に、消えて終った身内を思い出す。

 彼女はこのことに気付いているのか?


「カナ?」

「うん?」

「久しぶり」

「うん! 本当にね!」

「ど、どうしたの?」

「うん? う~ん……神様のお告げ的な?」

「的なぁ~」

「会いたくなっちゃった」


 一瞬の空白を空けて考えが止まる。


 あー。


「ちょっと最近人と話せてないの」


 ただ、黙することしかできない。


「ずっと前だけどさ。ホントずうぅっっっと前、君から聞いたかな~と思って、似たような話」

「あぁ」


 喉が渇いてきた。口の中の水分がすごい勢いでなくなっている。


「ごめん」

「どうすればいい? 私」

「ごめん」

「ねぇ」

「ごめん、無理、だ。僕には分からない」

「………」


 言葉を探そうにも探す言葉が無い。

 選べるのはただ一つだけだ。


「ごめん」

「はぁ」


 彼女はため息を吐いて、僕から目を逸らした。


「何となくそんな予感してたわ」


 普段通り。少なくとも高校時代僕が知っていた彼女の話のトーンでそう答える。


「私、どうなっちゃうの?」


 その質問にも悲壮感とかそう言うものは含まれていない。


「ぁ、」

「あー、いいわ。知らないんだったわよね」

「うん」

「なんとな~く、離れて行ったもんね~。誘ったら断りはしなかったけど」

「えっと、受験で忙しそうだったから」

「ふ~ん」


 不満はあるようだがそれは、彼女の身に起こること、それ自体に対するものではなくそれから派生する事態の事についてだろう。


「違う世界に行くわけだし?」

「学生と社会人は確かに別次元ですけどさぁ。あ、謝んないで。気が滅入るから」

「僕はどうすれば?」

「それ一番聞きたいの私。買い物だって行けないし」


 気付いていないのだ、今彼女の身に起きていること自体についても本来なら気付く事さえなかったのだろう。

 僕が以前彼女に話して、たまたまそれを彼女が覚えていたから、今認識しているに過ぎない。

 存在がかき消されるなんて、普通は思わないから。


「た、立ち話もなんですので、家来ます?」

「あー、何気に初めてだよね。行くー。工場は?」

「どうせ仕事にならない」

「だよね、ごめんね」

「一つだけ、さ。聞きたいことがあるんだけど」

「何?」

「今さ、えっと、どんな気持ち?」


 彼女ははぁ? と言う顔をして考えを巡らせるが、なかなか考えが出てこないようだ。


「どんな~?」

「うん」

「どんなー」

「ほら、怖いとか」

「そりゃないわ」

「何で?」

「知らない。不安ではないわ、不便だけど」

「そう」

「最近は自動販売機としか話してなかったわ」


 アパートもいつの間にか解約されてたし。と彼女はぼやき笑う。


 泣きそうだ。僕が。


 じりじりと照らされる道路に二人。どちらとも影は映らない。彼女の声さえも時々ノイズに飲み込まれて、聞き取ることはできないが、何を言いたいのかは分かる。


 今日なんだろうな。最後の日は。


 なんで最後の日は皆見せつけるように僕の前に表れるのだろう。


 考えて、行きつく先は同じだ。分かっているんだこの状態の皆を認識できるのは僕だけだという事を。


 劇的な変化もないまま、この年までのうのうと生きてしまった。


 僕は、もしかするとこの世にいてはいけなかったのか?


「イツキ?」

「!? 何?」


 考え事をしているといつの間にか彼女が顔を覗き込んでいた。


「ぼぉっとしてたから」

「うん。疲れてるんだ」

「仕事もほどほどにしとかないとねぇ。今日休めたのはよかったんじゃない?」

「そうかもね」


 僕がそう言うと彼女はふふふと笑う。


 でも、今日は、今日まではまだ生かせてほしい。

 彼女と過ごすこの日までは。


 ごめんなさい。

もしかすると手直しするかもしれません。しないかもしれません。

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