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死の運命の弾き方  作者: タカツキビヨン


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第28話 大演習迷宮・薔薇色の炎

火柱が広場を呑み込み、その衝撃が遠く離れた区画にまで走った。

爆煙と水蒸気が立ち込める中、ルビアは長杖を構えたまま正面を見据えていた。


熱によって歪んだ空気の向こうに、ミリアスの姿は見えない。

先ほどまで周囲に残っていた生徒たちも、余波を避けてさらに遠くへ退いている。


風が吹いた。


立ち込めていた白煙が、ゆっくりと左右へ裂けていく。


最初に見えたのは、半ば崩れた土壁だった。

その表面を覆っていた水はほとんど蒸発し、所々から白い湯気を噴き出している。


それでも、ミリアスは立っていた。


黒紺の戦闘服には焦げ跡が残り、頬も熱で薄く赤らんでいる。

標準杖を握る手もわずかに震えていたが、安全結界は発動していない。


耐えた。


水と土を重ね、風で熱を逃がしながら、ルビアの炎を受け切ったのだ。


ミリアスは一度大きく息を吐くと、崩れた土壁の陰から前へ出た。


「すごいね、ルビアちゃん」


その声には恐怖よりも、隠しきれない興奮が滲んでいた。


ルビアの眉がわずかに動く。


「まだ笑う余裕があるの?」


「ちょっと怖かったけど」


ミリアスは標準杖を構え直した。


「でも、楽しい」


その言葉を、ルビアは理解できなかった。


勝たなければならない。進み続けなければならない。

立ち止まれば、自分の価値を疑われる。


ルビアにとって戦いとは、自分がここに立つ資格を証明するためのものだった。


それを、楽しいと。


どうして、そんなふうに笑えるのか。


ルビアは答えず、長杖の先へ再び炎を集めた。


先ほどの大規模魔法で、身体の内側にはすでに熱が残っている。

それでも、初撃の立ち上がりはまだ速い。


赤い火線が放たれた。


ミリアスは攻撃が完成する前から水壁を前方へ置き、その背後を土で支える。


火線が水へ触れた瞬間、大量の蒸気が生まれた。


ミリアスはそこへ風を流し込み、蒸気を前方へ押し出す。

白煙がルビアの視界を覆うのと同時に、魔力を地面へ通し、足元の石畳を崩した。


ルビアの身体がわずかに傾く。


蒸気の中を、雷が走った。


ルビアは地面を蹴って跳び上がる。

紫白色の雷光が、直前まで立っていた石畳を砕いた。


空中へ逃れたルビアを、ミリアスは待っていた。


水の鞭が伸び、足首へ絡みつこうと迫る。


ルビアは長杖の先端から炎を噴き出し、その反動で空中の軌道を強引に変えた。

水鞭が戦闘服の裾を掠める。


着地。


間を置かず、ルビアは次の火線を放った。


ミリアスの水壁と正面から衝突し、爆発が起きる。


白煙と熱風が、2人の間へ広がった。


戦いは拮抗しているように見える。


だが、単純な魔法の威力ではルビアが上だった。


彼女の炎は、1発ごとにミリアスの防御を大きく削っている。

水だけでは蒸発させられ、土だけでは焼き抜かれる。

風だけでは、炎の軌道を完全には変えられない。


ミリアスは複数の属性を組み合わせて、ようやく攻撃を凌いでいた。


一方で、ミリアスの魔法は、まだルビアへ決定的な一撃を届かせていない。


火力。

立ち上がり。

攻撃の圧力。


どれもルビアが上回っている。


それでも、時間が経つほどミリアスは炎へ対応し始めていた。


攻撃が届く前に水を置き、その背後を土で支える。

生じた蒸気は風で制御し、ルビアの視界を奪いながら、その内部へ雷を通す。


複数の魔法をつなぎ、その場で新しい解答を作り続けていた。


天才。


その言葉が、最も似合う戦い方だった。


ミリアスが、水と風を重ねて炎を横へ逸らす。


すぐさま石畳が隆起し、土で形作られた巨大な腕がルビアへ伸びた。


ルビアは長杖を向ける。


炎が土の腕を焼き払った。


だが。


ほんのわずかに、発動までの間があった。

遠くから見ている生徒なら、気づかないほどの遅れ。


ミリアスは気づいた。


「あれ?」


思わず、声が漏れる。


確信したわけではない。


ミリアスは水弾を複数作り、角度をずらして放った。


ルビアが杖を払う。


火線が水弾を正確に撃ち抜いた。


だが、また。


最初の攻撃より、ほんの少しだけ遅れている。


ミリアスは標準杖を構え直し、ルビアの次の動きを注意深く見つめた。


「ルビアちゃん」


「何?」


「さっきより、少し遅い?」


その瞬間、ルビアの赤い瞳が細くなった。

長杖を握る指へ、無意識に力が入る。


炎を放つたび、処理しきれない熱が身体の奥へ残っていた。


指先から腕へ。胸から頭へ。

思考と術式の間へ、熱い膜を挟まれたように反応が鈍っていく。


ルビア自身、それが何を意味するのかは分かっていた。


だが。


認めるつもりはない。


遅くなったのではない。

あの程度の炎で、ミリアスを倒し切ろうとしたことが間違いだった。


足りないのは、自分の速さではない。


出力だ。


ならば受け切れないだけの炎を放てばいい。


ルビアは長杖を握り直した。


杖先へ組み込まれた魔石が、深い赤へ染まっていく。

先ほどまでとは比較にならない勢いで、周囲のマナが引き寄せられた。


空気が熱で歪む。


遠くへ退避していた生徒たちが、その異変を感じて足を止めた。


「なんだ、あれ……」


誰かが呟く。


ルビアの銀髪。


その毛先に、赤い光が灯っていた。


炎。


だが。


普通の赤ではない。


薔薇色。


銀髪の先端が、炎を宿したように揺れている。


髪そのものを焼いているわけではなかった。

薔薇色の炎が彼女の髪へ溶け込み、毛先の一本一本を彩っている。


この場に残った生徒の中に、その姿を見たことがある者はいなかった。


ミリアスも目を見開く。


「……綺麗」


思わず漏れた声だった。


ルビアは答えない。


灰白色の長杖を持ち上げる。


薔薇色の炎が彼女の周囲を渦巻き、石畳を急速に赤熱させた。

地面に残っていた水分は一瞬で蒸発し、崩れた建物の木製の窓枠から火が上がる。


「避けなさい」


ルビアが告げた。


ミリアスの表情が変わる。


口元には、まだ楽しそうな笑みが残っていた。

だが、目だけは完全に本気だった。


「うん」


4つの属性が、同時に膨れ上がる。


水が円環を作り、その内側へ厚い土壁が立ち上がる。

さらに風が何層にも重なり、雷が防御術式の内部を走った。


4属性の複合防御。


ミリアスも、先ほどの遅れには気づいている。


それでも、その隙へ攻撃を差し込もうとはしなかった。


標準杖を両手で構え、次に来る炎を正面から受け止めるつもりで、

ルビアを見据えている。


ルビアの長杖が振り下ろされた。


放たれた炎は、槍でも刃でもなかった。


巨大な薔薇が咲き開くように、幾重もの火炎が広場を覆っていく。


赤。


薔薇色。


白。


中心部では、色すら失われるほど熱が凝縮されていた。


ミリアスの4属性防御と、薔薇色の炎が衝突する。


一瞬。


音が消えた。


次の瞬間、中央区画一帯が激しく揺れた。


爆発とともに、炎、水蒸気、岩片、雷、風が一斉に広がる。

衝撃は広場を越え、遠く離れた区画にまで伝わっていった。


退避していた生徒たちも足元をすくわれる。

防御魔法が割れ、安全結界が次々に反応した。


青い光。


1人。


2人。


3人。


戦闘とは無関係だった生徒まで、余波だけで強制退場していく。


爆煙の中に、ミリアスの姿は見えない。


ルビアは長杖を下ろさなかった。


呼吸が乱れている。


指先は熱く、腕の内側には焼けるような痛みが走っていた。

身体の奥へ残った熱は、もう気づかないふりをできる量ではない。


それでも、赤い瞳は爆煙の中心だけを見つめていた。


風が吹く。

煙が裂ける。

土壁は、ほとんど崩れていた。


水の円環も蒸発している。

雷は消え。

風の層も破られていた。


それでも。


ミリアスは立っていた。


戦闘服の一部は黒く焦げ、頬にも薄い赤みが残っている。

標準杖を握る両手は震えていたが、安全結界は発動していない。


耐えた。


4属性すべてを使い、炎に削られるたびに防御を組み替えながら。


ルビアの炎を受け切った。


ミリアスは荒い息を吐いた。


それから、笑った。


「すごいね、ルビアちゃん」


ルビアの眉が動く。


「まだ笑う余裕があるの?」


「ちょっと怖かったけど」


ミリアスは震える腕を持ち上げ、標準杖を構え直す。


「でも、やっぱり楽しい」


その言葉を、ルビアは理解できなかった。

どうして、そんなふうに笑えるのか。


ルビアは再び魔力を集め始めた。


身体の内側で、熱が膨れ上がる。

次の術式を組み上げようとする。


だが、先ほどよりも明確に遅かった。


ミリアスも、その遅れには気づいている。


それでも、隙へ飛び込もうとはしなかった。


杖を構え直し、次に放たれる炎を正面から迎え撃つように、ルビアを見据えている。


その時。


地面の下から、低い振動が伝わってきた。


ルビアとミリアスが、ほとんど同時に広場の外へ視線を向ける。


廃墟区画の奥。


石畳が大きく隆起し、周囲の石壁が音を立てて崩れ始めていた。


先ほどの大規模魔法の衝突と振動が、

地下区画を移動していた高危険度個体を刺激したのだ。


本来なら、さらに深い場所を徘徊しているはずの魔獣を、

地上へ引き寄せてしまった。


巨大な爪が、石畳を下から突き破る。


続いて、黒い甲殻が姿を現した。


幾重にも連なった脚が、崩れた地面を押し広げる。


百足に似た長い胴体。

頭部には、複数の赤い目。


背中からは、刃のように尖った外殻が伸びている。


その全長は、先ほど2人が倒した黒晶獅子を大きく上回っていた。


高危険度魔獣。


さらに、その咆哮と振動へ引き寄せられたのか、

廃墟の周囲から小型魔獣の群れまで姿を現し始める。


1体。


5体。


10体。


その数は、今も増え続けていた。


離れた場所に残っていた生徒たちは、今度こそ広場へ背を向け、

本格的に退避を始める。


もはや、誰も2人の勝負を見届けようとはしなかった。


巨大魔獣の複数の赤い目が、ルビアとミリアスを捉える。


無数の脚が石畳を一斉に打ち、巨体が地面を滑るように動き出した。


ミリアスは、迫る魔獣へ標準杖を向ける。


それから隣に立つルビアを見た。


「続きは、これを倒してから?」


どこか楽しそうな声音だった。


まるで目の前の危機さえ、次の遊びを見つけたように。


ルビアは乱れた呼吸を悟らせないよう、長杖を構え直す。


「好きにしなさい」


短く答えた。


薔薇色の炎は、まだ銀髪の先で揺れている。


指先から腕へ。


胸から頭へ。


逃がしきれない熱は、すでに身体の奥深くへ溜まっていた。


それでも、ルビアは退かなかった。


2人の視線が、同時に巨大魔獣へ向けられる。


次の瞬間、薔薇色の炎と4色の魔法が、再び迷宮を照らした。

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