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死の運命の弾き方  作者: タカツキビヨン


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第12話 少女たちの放課後

初日の放課後。


シルン魔導学院の中央食堂は、早くも新入生たちの声で満ちていた。


白石造りの広い空間には、貴族の舞踏会場でも通じそうなほどの余裕がある。

高い天井には青白い魔導灯が浮かび、

大きな窓の向こうには夕日に染まり始めた中立都市の街並みが見えていた。


その一角で、ミリアス・セレネは早速、何人かの女子生徒に囲まれていた。


「触媒庫すごかったよね! 壁が全部杖で、こっち向いてるみたいで!」


ミリアスは両手を大きく動かしながら話す。

周囲の少女たちは、楽しそうに笑っていた。


「ミリアスさん、4属性全部に反応してたよね」


「やっぱりすごい」


「でも、先生に怒られてなかった?」


「怒られた! 12個取ろうとしたら、死ぬぞって言われた!」


そう言うと、また笑いが起きた。


ミリアスも明るく楽しそうに笑い、

その場の空気が沈まないよう自然と声を弾ませた。

そうすることは、昔から得意だった。


天才は、楽しそうでなければならない。


すごいねと言われれば笑い、羨ましいと言われれば照れたふりをする。

大変ではないかと聞かれれば、大丈夫だと答える。

いつからそう思うようになったのかは、自分でも覚えていない。


けれど、そうして笑っていれば、周囲も安心して笑ってくれた。


「でも、ユアンくんもすごかったよね」


誰かがそう言った。


ミリアスは、ぱちりと瞬きをする。


「うん。杖には反応しなかったけど、素材の方で変な反応が起きたんだよね。あれ、本当に不思議だった」


「魔力なしなのに?」


「そう。それが逆に、ってことなのかな。ディムローくん、すごく気にしてたし」


言いながら、ミリアスは昨日の教室を思い出した。

自分は、また少しタイミングを間違えた。


ルビア・フォルテアが何かを言いかけた時、気づかずに割り込んでしまったのだ。


今朝、触媒庫へ向かう前に、一度だけ謝っている。


「昨日はごめんね」と伝えると、ルビアは「別に」とだけ答えた。


本当に気にしていないような顔だった。

けれど、たぶん少しだけ、「別に」ではなかったのだと思う。


ミリアスは、目の前の皿に乗った焼き菓子を小さくつつく。


悪気はなかった。


でも、悪気がなければ何でもいいわけではない。

それくらいは分かっている。


フォークの先が、焼き菓子の表面へ小さな跡を残した。


「ミリアスさん?」


声をかけられ、ミリアスはその跡を隠すように焼き菓子を切り分けてから、

顔を上げて笑った。


「ううん、何でもない! それより、この食堂の焼き菓子おいしいね。毎日これ出るのかな?」


「毎日は太るんじゃない?」


「え、魔法で何とかならない?」


「ならないと思う」


また笑いが起きる。

ミリアスも一緒に笑った。


ユアンの剣と虚環銀のことは、やはり気になる。気になるものは仕方がない。


けれど次は、それだけに夢中にならず、ちゃんと周りも見よう。


ミリアスは焼き菓子を一口かじり、今度は少しだけ意識して、

目の前の少女たちの顔を見た。



メルディ・トリステアは、触媒の仮登録に必要な確認を終えた後、

中央棟へ続く回廊をゆっくり歩いていた。


選んだ首飾りが正式に引き渡されるのは、

所有者登録と安全確認、学院側の承認がすべて終わってからになる。


それでも、首元にはまだ、触媒へ触れた時の感覚が残っている気がした。


細い鎖。

透明な石。

胸元へ静かに収まった、白い光の重さ。


手元にないはずなのに、そこにあるような感覚だけが消えなかった。


聖女。


食堂でも、触媒庫でも、誰かがそう呟いていた。


その呼び名には慣れている。慣れてしまってはいるが、平気でいることとは違った。


メルディは窓の外へ視線を向ける。

夕方の光が、学院の白い壁を淡く染めていた。


聖邦を離れても、自分につけられた名は変わらない。


けれど、ここなら少しは違うものが見えるかもしれない。


聖女として求められるまま、人を救い続けること。

そのたびに、届かなかった命まで忘れないこと。


それが本当に、自分に与えられた祝福なのか。

それとも、誰かがそう呼ぶことに決めただけの役割なのか。


まだ答えは分からない。


だから、ここへ来た。


治癒を学ぶためだけではない。

聖邦の中では見えなかったものを、聖邦の外から確かめるために。


今日見えたものを、静かに思い返す。


ユアンは、まだ痛みを隠していた。


治癒は受けているはずだが、

左腕を動かす時だけ、ほんのわずかに肩の動きが固くなる。


ルビア・フォルテアは、長杖へ魔力を流した直後、

右手の指先へ一瞬だけ熱の赤みを滲ませていた。

けれど、次に見た時にはもう消えていた。


少なくとも本人は、何も起きなかったように振る舞っていた。

何でもないふりをする速さだけが、妙に身体へ馴染んでいるように見えた。


ミリアス・セレネは、明るく振る舞っていた。

それは本当に彼女の性格なのだろう。


けれど時折、笑顔へ戻るまでに、ほんのわずかな間があるようにも見えた。


みんな、何かを隠している。


隠しているつもりがなくても、

身体や声や目が、ほんの少しだけ本当のことを漏らす。

メルディは、それに気づいてしまう。


気づきたくなくても。


回廊の向こうから歩いてきた生徒が、段差へ足を取られかけた。


メルディの視線が、無意識にそちらへ向く。


転ばない。

怪我もない。


それを確かめてからでなければ、前へ視線を戻せなかった。


気づいたからといって、触れていいとは限らない。

救いたいと思ったからといって、救えるとも限らない。


「救う」。


それは綺麗な言葉だ。

けれど、その言葉の中には、救えなかったものも一緒に積もっていく。


メルディは胸元へ手を当てた。


「……明日から、ですね」


小さく呟く。


初日は終わった。


本格的な授業は、まだ始まっていない。

それでも、すでにいくつもの痛みが見えた。


明日もきっと、誰かの痛みに気づいてしまう。


それでも今度は、「聖女だから」ではなく、

自分が手を伸ばしたいと思った時に手を伸ばしたかった。


メルディは胸元から手を離し、夕暮れの回廊を静かに歩き始めた。



ルビア・フォルテアは、長杖の追加確認を終え、触媒管理室を出たところだった。

右手には、触媒庫で掴み取った灰白色の長杖がある。


正式な所有者登録は、まだ完了していない。


ただ、触媒庫での反応後、杖の炎はルビアが握った途端に安定した。

追加確認でも異常な暴発は起こらず、

他の候補者へ再選定させる意味も薄いと判断されたらしい。


そのため学院は、授業と学院内訓練に限り、条件付きでの使用を認めた。


杖はまだ学院の管理物。

学院外への持ち出しも、独自の加工も許可されていない。


それでも今は、確かにルビアの右手にあった。


灰白色の木肌。

薄紫色の魔石。

魔力を流した時だけ、深い薔薇色を宿す長杖。


急ぐ理由はなく、寮へ戻るにはまだ早い。

食事をする気分にもなれず、ルビアは長杖を手にしたまま、

学院の廊下を歩いていた。


白石の床。

高い窓。

壁に刻まれた銀白の術式。


世界最高峰の学院に相応しい、整った静けさがある。

けれど今のルビアには、その整いすぎた静けさが少しだけ腹立たしかった。


また言えなかった。


試験場では検査官に、教室ではミリアスに、今日はザルティに遮られた。

まるで世界が、あの少年と話すことを邪魔しているみたいだった。


そこまで考え、ルビアはすぐに眉を寄せた。


馬鹿みたい。世界に意思などない。

ただ間が悪く、自分が言い出すまでに時間をかけすぎているだけだ。


本当は、誰かに邪魔されたことより、

たった一言を口にするまで時間をかけすぎる自分の方が腹立たしかった。


最初は、礼を言うつもりだった。


頼んだわけではない。

彼が勝手に飛び込み、勝手に傷ついただけだ。

それでも、赤い光は自分に届かなかった。


その事実を知りながら、何も言わずに済ませることもできなかった。

だから礼くらいは言うべきだと考えた。


そのはずだった。


けれど時間が経つほど、言葉の形が崩れていく。


礼を言うだけなら、もう遅すぎる。

問いただすだけなら、もっと簡単だった。


では、自分は何を言いたかったのか。


それが一番分からない。


ルビアは足を止めた。

窓の外では、夕方の光が学院の中庭を照らしている。

新入生たちが数人、楽しそうに歩いていた。


自分とは関係のない景色だった。


そういえば、ミリアス・セレネにも謝られた。


悪気がなかったことくらい、分かっている。

だから余計に、責めようがなかった。


別に、と答えた。


本当に別に、と思った。

少なくとも、そういうことにした。


けれど今思い返すと、自分は少しだけ怒っていたのかもしれない。


ミリアスにではない。


遮られたことに。


あるいは、遮られるまで言い出せなかった自分に。


「……本当に、面倒」


小さく呟く。

その声は、廊下の静けさへ吸い込まれた。


右手の中にある長杖へ、視線を落とす。


触媒庫では、あれほど簡単だった。

ザルティの制止も、燃え上がる炎も関係なく、欲しいと思った杖へ手を伸ばした。


拒まれたなら掴み取り、選ばれたなら受け取ればいい。

自分は、そうやって生きてきた。


それなのに、ユアンへ向けるたった一言だけは、どうしても掴めなかった。


長杖の追加確認では、職員の管理下でわずかに魔力を流した。

薄紫色の魔石が一瞬だけ薔薇色に灯り、すぐに静まった。


問題はない。

職員はそう判断した。


右手の指先へ一瞬だけ熱が滲んだことも、すぐに消えた。


誰にも見せる必要はない。

炎が自分をどうするのか。

そんなことは、自分が一番よく知っている。


弱点ではない。

欠陥ではない。

フォルテアの炎は、力だ。


そうでなければならない。

そうでなければ、自分が何のためにここにいるのか分からなくなる。


ルビアは長杖を握る指へ、わずかに力を込めた。


瞼の奥が少し重い。

昨夜も、深く眠れなかった。


いつものことだ。


少し休めば済む程度の疲労であり、わざわざ気に留めるほどではない。

制服の内側には、大公家から持たされた疲労回復薬が入っている。


ルビアは一度だけ小瓶の冷たい表面へ触れたが、取り出さずに指を離した。


まだ必要ない。

まだ立っていられる。


その時、また別のことを思い出した。


ユアンが、決闘魔法を選んでいたこと。


魔力を持たないくせに。

魔法を撃てないくせに。

決闘魔法。


あまりにも場違いな選択だった。


それなのに、彼は消さなかった。

ザルティに問われても、残した。


「魔法使いの戦い方を知りたいから」


そう答えていた。


嘘ではないのだろう。

だが、全部ではない気がした。


そもそも、彼はルビアの魔導板を見ていた。


見ていないと嘘をついた。

嘘が下手だった。


まさか、自分の履修を見て決めたのではないか。

そんな考えが一瞬だけ浮かび、ルビアはすぐに打ち消した。


根拠などない。


偶然、同じ科目を選んだだけかもしれない。

それに、そんな理由で履修を決めるほど、彼は愚かでは――。


ない、と思いたかった。


「……愚かではあるわね」


小さく訂正する。


試験場で、自分と赤い光の間に飛び込んできた。


魔力もないのに。

身体強化もなく。

死ぬかもしれないのに。


普通に考えれば、愚かだ。

けれど、何も考えていなかったわけではない。


ディムローが言っていた。

剣の形と、動きが合っていたと。

なら、あれは衝動だけではない。


それがまた、分からなかった。


何のために、そんな動きを練習していたのか。

何のために、自分の前へ立ったのか。


ルビアは再び歩き出そうとして、足を止めた。


ユアン。


先ほど、自分は自然にそう呼んでいた。


彼の名前を。


初対面のはずの少年を。


なぜか、当然のように。


その事実に気づき、ルビアはしばらく動けなかった。


呼び捨てにしたこと自体は、おかしくない。

同級生で、貴族でもない。

名前を呼ばずに話すことだってできたはずだ。


けれど、考えるより先に名前が出ていた。

それが、妙に落ち着かなかった。


「……ユアン」


試しに、小さく呟いてみる。


廊下には誰もいない。

それでも、声にした瞬間、胸の奥が少しだけざわついた。


ルビアはすぐに唇を結ぶ。


何をしているのか。

本当に、何をしているのか。


礼を言うだけ。


ただ、それだけのはずだった。

なのに、どうしてこんなに面倒なのか。


もう一度だけ呼びかけそうになり、ルビアは長杖を握った右手へ力を込めた。


言えなかった言葉は、まだ胸の奥に残っている。

礼を言うための言葉は、まだ見つからない。


それなのに、彼の名前だけは先に口へ馴染み始めていた。

そのことが、消えない熱のように胸の奥へ残った。


静かに。


腹立たしいほど、静かに。


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