9話
「エルフさん?」
目の前には耳の長い女性が立っている。
そして、透き通るような長い銀髪が風に揺れていて幻想の世界から出て来たように見えた。
「まよねえずという調味料を広めたのは貴殿か?」
「え、あ、ああ、僕ですけど、どうかされましたか」
「そうか!貴殿か!あのまよねえずという物はいいものだな!」
あっという間に詰め寄られ、両肩をガシッとつかまれた。見た目からは想像できない力だ。
「私はまよねえずを極めたい!極めたいのだ!」
ちょっと、興奮し過ぎて唾液が顔にかかりますから!って、かかってますから!
「極めたいって…とりあえず落ち着いて落ち着いて下さい、ね?まずは、そうだ!名前を聞かせてくれるかな?僕はケンジ、君は?」
「ああ、すまない。私はナターシャという、この通りエルフ族なのだが、ようやく村から出られる年齢になったので修行の旅に出たのだ」
エルフは長命と聞くし、きっと見た目と年齢は違うんだろうなぁ。これで歳上とか考えられないけど。
「これでも私は料理人なのだ。村では祭の際、料理を担当させてもらっていた。まずは村から出たら食材探しの旅をしようと思っていた所、初めて訪れたこの街でまよねえずに出会ったのだ。何にでも合うこの調味料に感動していたんだ。本当に素晴らしい!」
「は、はぁ、そんなに喜んで頂けて嬉しいですが、一緒に作ったタルタルソースも試して頂けましたか?」
「は?タルタルソース…タルタルソースとは?」
ですから、顔が近いですって。
「マヨネーズに刻んだゆで玉子、ピクルスなどを入れた物なんですけど、マヨネーズと違って揚げ物に付けて食べると美味しいですよ」
「なんと、既にまよねえずを進化させている物まで作ったとは…恐れ入りました……」
ナターシャは目をウルウルさせて、乗せていた肩の手を残したまま崩れていく。
と思ったら、すぐに復活して、
「私をケンジ殿の弟子にして欲しい!」
傍から見るとキスをしているような距離で言うのだった……。
チコリがナターシャに懐いていて、脚に抱き付いたり、抱き上げられたりきている。まぁ、見ていても悪い人間ではないと思うので、数分の内に弟子入りを許しましたよ。チラッチラッと見てくるし。
こうなりゃもう何でもありでしょ。日本の物が異世界にあったり、妖精の様なエルフに弟子入りされたり。人手が集まったと前向きに思って、とりあえず宿に戻る事にした。
オルカの宿でラムとナターシャ、おまけのチコリで酒場のメニューを考える事にした。
ラムは食べる専門みたいだが、かなり飲み歩いているらしいので、この世界で受けそうなアイディアは出せそうだ。ナターシャは料理人だし当然として、残るチコリは和み担当だ。これも立派な仕事だな。
「それじゃ、ナターシャは新しい料理や調理法が知りたいんだな。その辺は順に教えるから、こちらの計画も助けて欲しい」
「新しい酒造りと酒場の確立か……難しそうだが弟子入りさせてくれたんだから、もちろん手伝わせてもらうよ」
ナターシャはチコリを膝の上に乗せて笑顔で言う。
「私の計画はこうよ! この街を酒発祥の地として飲ん兵衛が崇められる様に新しい酒を開発します。そして、居心地の良い酒場の経営ね。とりあえずのメンバーは私にケンジ、大家のマイヤーズさん、飛び入りのナターシャさんにチコリちゃん。醸造は修道院のマリーナさんに委託を頼む予定だし、後は店をやるには何かと便利だから魔法使いを近日抱き込みたいと思ってるわ」
「店はどこに開店させるんだ?」
「最初はマイヤーズさんの店舗の一角を借りて、角打ちみたいな感じで始めようと思うの。資金を貯めるところから始めなきゃいけないんだから、贅沢は言えないしね」
初期費用は日本から持ってきた物をこっちで売って稼いだらしい。あっちではちょっとした安い物でもこっちではお宝だったりするのだろう。
「了解した。それじゃあ、ナターシャには夕飯を作ってもらおうかな。料理の腕を見ておきたいし、エルフの作る料理も興味があるからね」
ナターシャの長い耳はピクピク動いていた。
「任せて下さい。美味しい料理を作りますよ」